農協おくりびと (82)プロのゴルファー 

「なんか飲むかい?」

クラブを置いた山崎が、ちひろにつかつかと近づいてくる。

「あ・・・じゃわたしは、コーラーを」

「コーラ?。炭酸の利いた飲み物なんかガキが飲むもんだ、時代遅れだろう」

こっちがおすすめだと、山崎が缶コーヒーのスイッチを押す。


 「甘さ控えめで大人の味。しかもプレミアム仕様と来ている。

 なんでもかんでもプレミアムとつけて、似たか寄ったかの商品を売る時代だ。

 しかし、つい最近発売されたこいつは本物だ。

 おすすめだ。ひと口でいいから騙されたと思って、飲んでみな」


 「おすすめが有るのなら、何がいいなんて最初に聞く必要はないでしょ」


 「嫌ならいい。もう1本別に、あんたのためにコーラを買う」


 「いいです飲みますから。強引なんだからもう、2日酔いの酔っ払いは」


 カタンと落ちる音がして、山崎がもう一本別のコーヒーを取り出す。

出てきたのは苦みが売りのブラックコーヒーだ。


 「プロテストを目指していたといったけど、いつのことなの、それって」


 「ついこの間までだ。

 甲子園を目指して猛練習したが、3年生の夏、準決勝で負けてすべてが終わった。

 高校野球なんて甲子園に行けなきゃ、砂糖の入らない苦いだけのコーヒーみたいなもんだ。

 ベスト4と言えば聞こえはいいが、4位には表彰台もメダルも無い。

 優勝しなければ、甲子園への道もない。

 負けた奴には何もない。勝負の世界は、昔からそういう決まりになっている」


 「それで野球をあきらめて、今度は、ゴルフの世界へ飛び込んだというわけ?」

 

 「大学へ行かないかわり、4年間、ゴルフに打ち込ませてくれと親父に直訴した。

 ゴルフ場の研修生として寮に住み込み、コースで練習させてもらうかわりに、

 あらゆる雑用をこなすという、生き方を選んだ」


 「4年間で芽が出なければゴルフを諦めるという覚悟で、取り組んだのね。

 ふ~ん、あなたらしい選択だわね」

 

 「ツアープロになるには、日本プロゴルフ協会が実施しているプロテストに

 合格する必要がある。

 男子ツアーの場合、16歳以上ならだれでも受験できる。

 だが、少しくらいゴルフがうまい程度で合格するほど、プロの道は甘くはない。

 合格率は、5~9%程度だ。

 必死で頑張った結果。俺は3年目に、プロテストに合格した」


 「やれば出来る子なのね、やっぱり、あなたって子は」


 「プロテストには合格した。

 だが、ここから本当の試練がやってくる。

 合格しても、トーナメントツアーに参加できるわけじゃない。

 トップのツアーに参加できるのは、獲得した賞金が70位までの選手と、

 海外からの優待選手や、永久シード選手をふくめた100人程度。

 それ以外の選手は下部のトーナメントで優勝しなければ、トップツアーには出られない。

 下部組織で上位進出を狙っているプロゴルファーの卵が、日本にはおよそ、

 5000人以上いるといわれている」


 「でも、プロテストに合格したという事は、あなたは5000人のうちの

 1人にもぐりこんだということでしょう。

 それだけでも快挙だと思うわ、わたしは」


 「下部ツアーでも、金額は少ないものの賞金は出る。

 だが予選で落ちてしまえば、賞金は1円ももらえない。

 運よく最高峰のツアーに出られても、予選に落ちれば、やっぱり無収入と言うことになる。

 つまり。ゴルフという競技は、4日間競技のうちの前半2日間は

 報酬を獲得するための、権利を競うことになる。

 3日目。決勝ラウンドに残ることができれば、たとえ最下位でも賞金がもらえる。

 だが2日目で終わった奴は、無一文のまま次の試合を待つことになる。

 2日目で終わった奴と、3日目に生き残ったやつでは、天と地ほどの差がつくんだ。

 ゴルフという賞金を奪い合う競技はね」


 「で、あなたは、その賞金争いレースのどこまで、勝ち上がることが出来たの?」

 

 「ステップアップのツアーで、4位までいったことがある。

 だが、ステップアップして上位のツアーへ出場できるのは、3位入賞者までだ。

 4位の奴には、何もない。

 表彰台から外れた奴は涙を我慢して、次のツアーでチャンスを奪い取るしかない。

 しかし。4位の成績を最高に、あとは常に10位前後を低迷したんだ、

 あの頃の俺のゴルフは」


 


(83)へつづく

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