農協おくりびと 81話から90話

落合順平

農協おくりびと (81)町はずれのゴルフ練習場 

町はずれのゴルフ練習場へちひろが到着したのは、午後5時15分。

山崎から電話をもらってから、すでに4時間が経過している。

(まだいるんだろうか?。2日酔いのキュウリ農家は、練習場に?)

半信半疑のちひろが、受付カウンターへ向かう。


 「初めてなのですが・・・」フロントへ声をかける。

愛想の良さそうな受付嬢から「伺っております。ちひろ様ですね」と

予想外の反応がかえってきた。


 「大輔くんは、1階の11番打席で練習中です。

 会員登録はすでに済んでおりますので、こちらをお持ちになって

 大輔くんの隣り、12番へどうぞ」


 笑顔の受付嬢が、現金チャージ式のICカードを差し出す。

「すでに上限の10000円が、チャージされています。

当練習場は、何度でも使えるチャージ方式のTSPカードを使用しておりますので」


 「はぁ・・・すでに10000円分が、これに入っているわけですか。

 ちなみに、打ちっぱなしのボールは、1球当たりおいくらでしょうか?」


 「朝9時までが、1球5円。

 9時以降、20時までが1球当たり、7円。

 21時以降が、6円となっております。

 5年前までは終夜営業をしておりましたが、人手不足のためいまは土日のみ

 終夜営業としております」


 愛想の良い受付嬢にペコリと頭を下げてから、ちひろがロビーを急ぎ足で横切る。

大きなガラス越しに、練習場の様子がつぶさに見える。

1階と2階に、それぞれ30の打席が有る。

奥行きが200ヤードほどある広大な敷地は、すべて人工芝でおおわれている。

(1ヤードは90センチ。200ヤードは、180m)

このあたりで、いちばん大きな規模をほこるゴルフの練習場だ。


 5時過ぎという中途半端な時間のためだろうか、人の姿は少ない。

客の姿が散見する中、目当ての山崎は、すぐに見つかった。

(あら。まだ頑張って練習をしていたんだ、キュウリ農家の2日酔いクンは。

どれどれ、もと高校球児のエース君は、いったいどんな球を打つのかしら・・・)

ちひろが見守る中。山崎がゆっくりと5番アイアンをふりかざす。

 

 しなやかに振り下ろされたアイアンが、マット上のボールを見事にとらえる。

打ち出されたボールの伸びが、明らかに他の客と異なる。

鋭い音を残して飛び出した打球は、おじぎもせず、最深部に向かって一直線に飛ぶ。

そのまま軽い音を立て、奥のネットに突き刺さる。


 (あら・・・プロを目指していたというのは、まんざら嘘ではなさそうです)


 10メートルほど離れてちひろが見守る中。

山崎が次のボールに向かって、クラブを構える。

振り下ろされたアイアン、がふたたび鋭くボールを捉える。

さきほどとまったく同じ軌道をたどった白球が、パサリと最奥のネットへ届く。


 (まったく同じ球筋ですねぇ・・・テレビで見る男子ゴルファーのようです)


 アイアンを構え直した山崎が、ボールを打ち出すための準備に入る。

途中で違和感を感じた山崎が、ふと、周囲に向かって視線をあげる。

10メートルほど離れた場所に居る、ちひろの存在に気が付く。


 「なんだよ。来たんなら声をかけろ。待ちくたびれていたんだぜ」


 「あら。疲れているようになんか、全然見えません。

 4時間も打ち込んでいるはずなのに、おそろしい球を打つのね、あなたって。

 まるで、昨日までプロを目指していた人間みたいです」


 「その通りだ。これでもいちおう、本気でプロを目指した過去を持っている。

 高校を卒業してから、4年間。

 大学へ行かず、ゴルフ場の研修生として、プロテストの合格を目指して練習してきた」

 

 「えっ・・・・」


 ちひろの眼が丸くなる。

高校野球の投手をしていたことはすでに知っているが、ゴルフのプロテストを

目指していたという話は、たったいま、はじめて耳にしたからだ。



(82)へつづく

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