〈65〉嫉妬

「まなみんのこと、気になってる?」


 車内で霞が言った。


「雅也がついている。心配ないさ」

「そうね」


 そこで会話が途切れる。


 暗い道をタクシーが静かに走るなか、しばらくして霞はもう一度言い直した。


「あなたの気持ちは本当のところ、どうなのかしら? やっぱりまなみんに未練がある?」


「ないよ。はっきり振られたから割り切れてる。それに――」


「それに?」


「まなみんには雅也しかいない……いや、逆だ。雅也にはまなみんしかいないと思ってる。なぜかわからないが、こればかりは運命なんじゃないかって、思ってるから。あいつらは前世から何かあったんじゃないかってくらい」


「不思議なことを言うのね」

「変か?」


「ううん、あなたがロマンティストだってことは十分わかってるから」


 再び車の中が静かになる。荒れた道路の修復が急ピッチで進められたせいか、低速車両系タクシーの走りはスムーズだった。


「昔の玲って、お調子者だったんでしょ? 雅也くんに影響を受けた、って言ってたけど、なんで変わっちゃったのかしら?」


 突然思いついたように霞が切り出した。


「そうだな……なんでだろう……」

「あなたにもわからないことがあるの?」


 玲はしばらく黙っていたが、


「……誰にも言うなよ?」

「もちろんよ」


「俺が変わったのはおふくろが死んでからだ」


「え!」


「その後、俺のほうから雅也と距離を置き始めた。俺自身が孤立を選んでいた」


「…………」


「霞にはわかると思う。あの頃の雅也は人の死というものに接したことがなかった。俺には雅也だけじゃなく、クラスメイト全員がそう見えた。当時の俺はクラスメイト全員と関わることが嫌になっていたんだ。こいつらとは話できないって」


「何よ、それ……本当にそのこと、誰にも言ってないの?」


「ああ」


「ひょっとして、両親がいないまなみんに、シンパシーを感じてた、とか?」


「…………」


(聞くんじゃなかった……)


「ただ雅也に影響を受けたのも、事実だ。本当はそれまでも何かが違う、と思いながら生きていたんだが、あいつに才能を見せつけられて、自分にすごく腹が立った記憶がある」


「当時のあなたが雅也くんのことを凄いと思ったの?」


「あいつは昔から凄いさ。あいつが本気を出すことなんてないんだから。もしあいつがほんの少しでもやる気を出せば、俺なんて軽々と超えていくのはわかってた」


「…………」


「さっきの仮説、聞いたろ? 本当に頭おかしいと思うよ。なんで仮想世界にタイムマシン作るんだよ。そんな発想、俺にはまったくなかったよ。何がウルトラCだよ。どんなお人よしの人工知能だよ。っていうか神の領域ってなんだよ。宗教家にでもなるつもりかよ……」


「…………」


「天才を通り越して…………バカすぎだよ……」


 最後、つぶやくように言った。


「どこまで行っても男の子の世界なのね……本当に、嫉妬しちゃう」


「…………すまん……愚痴ぐちった」


「冗談よ。だけど雅也くん、変わったんじゃないかしら? 最近」


「それはきっと、誰かさんの平手打ちのせいで」


「あ……ははは……」


「でも、霞にだってデックがいたんじゃないのか?」


「あの子は……そうね。そうだったのかもね。あの子にとってわたしはそんな対象だったのかもしれない。今じゃ大差つけられちゃったけど。それにわたしはそれを望んでいたのかもしれないし」


「男って、内面はいつまでたってもガキなんだろうな」


「女だって、生まれた時から女だわ。好きな男の子供を宿したいって思うもの」


「えっ?」


「思うだけ――実際、自分でも自分のことをめんどくさい女だと思うもの。だから、そんな夢なんて、うそっぽくて、信じられなくて……」


「霞」


 玲がうつむく。


「なぁに?」


「霞…………俺さ、お、お前のために――」


「わたしの両親に会ってくれる?」


「え? ああ……いいぜ…………って、いいのか?」


「ふふ。その時が来たらね」


 そう言いながらも霞の中には、現実に引き戻される自分がいた。


「もし……俺にできることがあれば、なんでも言ってくれ」


「ありがとう」

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