第22話 星を見る二人

〈64〉精いっぱいの愛情

 真奈美の顔は蒼白だった。


「おじいちゃんの……こと?」


「うん、どんなことでもいい、過去と未来につながるような話で、何か思い出せることはない?」


「それは……あたしが最初におじいちゃんに預けられた日から?」


「そう。できれば君のお父さん、お母さんの話も。君がどうやって育てられたか、とかも」


 雅也に言われるまま、過去を振り返る真奈美。


 だが、思い出そうとするほど記憶は不鮮明になり、なぜか涙があふれてきた。


「ごめんなさい……わからない……何もわからないの……」


「まなみん……」


 頭を抱えて泣く彼女に霞が寄り添う。


「今日はもう遅い。一度解散して、明日また集まらないか?」


「そうね。まなみんも雅也くんもお疲れだと思う。仕切り直しましょう」


 玲と霞が言ってみんなが立ち上がったとき、


「雅也」


 真奈美が泣き顔で呼び止めた。


「お願い、ここにいて」


 ぽかんとする雅也の肩を良助がポンと叩いて、にっと笑った。


「また明日な!」


 真奈美と雅也を部屋に残し、みんなが外に出た。



 ◆◇◆



「はー」


 玄関から道路まで出た四人は、大きくため息をついた。


「なんなんだよ、オレらがこれまでやってきたことって結局、誰かに誘導されてたってことか? 敷かれたレールを走らされてたってことか?」


「まだ、わからないわ」


 霞はそう言ったが、全員の気持ちを代弁していたのは良助だった。当然みんな、博士が人間であってほしいと願っていたし、見えない脅威にあらがっているつもりだった。しかし真相を解明しようとすればするほど、そこから遠ざかっていくことに、虚しさを感じずにはいられなかった。


「雅也くんの考えていること、どう思う?」


 続ける言葉を見つけられない霞は、玲に話をふった。


「あの晩の博士の情報、俺はてっきりエラーだとばかり思っていたんだ」


「ひょっとしてあの失踪リストのこと?」


「ああ。だからあのことはまなみんにはもちろん、雅也にも言ってなかった。だが、あいつが無理やりこじ開けてしまった気がする」


「あの2040年4月1日が『あの博士が未来からやってきた日』だったってこと?」


「それについては何と言えばいいのか、俺にもよくわからない。いや、何もわからないのが正直なところだ。もちろんまなみんの過去の視野記憶を見たらはっきりするのかもしれん。だが――」


「そうね。さすがに無理ね。本人が自分から言い出さない限り」


 そこまで言って霞も黙った。


「けどよ、博士がオレたちに残したメッセージっていったい――」


 真剣な表情で良助がつぶやいたそのとき、


「……こういう……こと……かな?」


 涼音が良助の腕をがしっと掴んだ。


「えっ?」

「……一緒に……行こ」


「え、えーっ? じゃ、じゃあな、お二人さーん」


 涼音に引っ張られていく良助が情けない声で手を振った。


 玲と霞はしばらくあっけにとられていたが、すぐに笑って手を振りかえす。


「涼音にまで気を使わせちゃったみたいね」


「じゃあ、俺たち――」


「ちょっとつき合ってもらえるかしら?」


「あ、ああ。いいぜ」


 玲と霞も歩き出した。



 ◆◇◆



 公園で二人は白衣のままブランコに乗る。玲も霞も無言。


 ブランコの金具が小さくきしむ音が響く。


「今日は星が綺麗ね」


 空を見上げて霞が言った。


「そうだな」


 玲も星空をあおぐ。


「君の方が――とか、言わないの?」


「言われたら怒るくせに」

「ふふ、そうね」


 思わず失笑がこぼれた。


「天邪鬼だよな。霞は」


「本当にそうだわ。気がつかないうちに、自分で罠を張りまくってるものね」


 開き直りながらブランコを少し、揺らしてみる。


(というか完全に精神分裂気味だわ。わたし)


 自分の心が揺れていることを認めつつも、今ここで、こうして二人でいることが自然な気がして逆につらい。自分が抱えていること、言えないことが多すぎて、もどかしい。そんな自分を彼はどう思っているのだろう。どこまで気づいているのだろうか?


 そんなことを考えても仕方がないのはわかっているのだけど……。


 しばらくして、空を見上げたまま、霞が口を開いた。


「どうして……何も聞かないの?」


「ん?」


「……どうして…………何も聞かないの?」


「待とうと思って」


「え?」


「霞が本当に俺に心を開いてくれるまで、待とうと思って」


「…………」


 空を見上げたまま、なぜか涙があふれ出していた。


「え? おい、どうした?」


「……ごめんね…………天邪鬼で」


「えっ?」


「ごめん…………わたし、人から優しくされることに慣れてないの……」


 その言葉を聞いた玲はゆっくりと立ちあがると、霞の後ろに回り、ブランコごと霞を抱きしめた。


「ゆっくりでいいからさ」


「……うん」


 彼の早い鼓動が聞こえるようだった。


「けど、誰かに……見られてる気がする……」


「なにっ?」


 玲があわてて手を離し、きょろきょろする。


「うふふ。冗談よ」

「なんだよ、びっくりしたよ」


「いつもやられてばっかりだから、少し仕返し」

「なんでだよ!」


 霞が小悪魔っぽく笑う。

 玲はもう一度同じように霞を抱きしめた。


「あなたの予測だと、この演算の後、何が待っているの?」


 ささやくように聞いた。


「そうだな……これまでの仮説と結果を照らし合わせれば、博士が未来から来た経緯が特定できるかもしれない。俺はそっちにかかって、雅也には科学の未来への手がかりを探してもらうつもりだ。その上でみんなに協力してもらって、仮想タイムマシンの開発に取り掛かることになる……かな? 表向きは」


「裏向きがあるのかしら?」


「ああ。あまり考えたくはないが」

「すごく聞きたいんだけど?」


「あくまで可能性の一つ、ということにしてほしいんだが……」

「もちろんよ」


「未来がわかるということが、どういうことか? そしてそれが万が一、一般に公開されてしまったらどうなるのか? という点で、俺と雅也はもう一度意見が分かれそうな気がする」


「…………」


「どれほどの演算結果が出るかにもよるが、『時をつなぐ演算』が可能、という事実は、すさまじい危険を秘めている。涼音はそれに気づいていたから、今の演算結果を隔離して進めているが、雅也はきっとノバスコシアの『未来の世界』を調べ上げ、演算結果をつなげて未来を先取りしていこうとするだろう。すると、未来がどんどん上書きされ、アシュレイが自らの蓋・・・・を開けてしまうことにつながると思うんだ」


「アシュレイの、蓋?」


「ああ。もしタイムマシンの可能性が証明されてしまえば、それこそ俺たちの存在価値など、微塵みじんもなくなってしまうからな」


「そんな!」


「だから、そんな状況を目前にした時の、突っ走る雅也と保守的な俺、想像できないか?」


「…………」


「雅也は、博士の次の創造主クリエイターになるかもしれない」


 玲は再び星空を見上げた。


「あなたは? あなたは何になるの?」


「俺には、ここまでしか想像できない」


「うそでしょ?」


「いや、本当だ。雅也とまなみんには、勝てそうにない」


 玲が微笑む。


 見上げていた霞はうつむきながらつぶやいた。


「わたし、やり残したことがあった…………今、気がついた」


「えっ?」


「研究室に行かなくちゃ」


 そう言ってブランコから立ち上がる。


「じゃあ俺も行くよ」


「ありがたいけど、あなたは先に休んで。何か、とんでもないことが起こりそうな気がするの。あなたには明日、大事な役目が待っているはずだから」


 近づいて、玲のほおに口づけする。


「わかった。じゃあ研究室まで送るよ。送らせてくれ。このままだと俺も、寝つけそうにない」


 霞の気持ちが離れていないと感じたのか、玲は落ち着いた優しい口調に戻っていた。



 星空の下、二人は立ち上がり、歩き始める。


 そして公園を出たところで、タクシーを拾った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る