〈63〉運命の夜

 食事が終わって片づけが終わった女子三人が応接間に戻ってくると、玲たちは相変わらずソファで考え込んでいた。


「そうだ! 雅也くんにお願いがあるの。まなみんに食洗器作ってあげてよ」


 思い出したかのように霞が手を合わせて言った。


「なんですか? それ」


「『全自動食器洗い機』よ。自炊女子の救世主」


「あ、なんとなくわかりました。じゃあちょっとスペース見てきますね」


 そのまま立ち上がった雅也は一人でキッチンに入って行く。


「別に今じゃなくていいのに」


「本当に無意識に動いちゃうのね……雅也くん」


 真奈美と霞が目を見合わせたその時だった。



 ――バタン!



「玲! 出口はどこだ!」


 突然戻ってきた雅也が叫んだ。


「な、なんだ? どうした?」


「入口はわからない、そして出口もない。そんなこと、あるのか?」


「お、ついに狂ったか!」


 雅也の言葉に良助がソファから立ち上がった。


「いや、まだわからない。わからないけど……」


 そう言って呼吸を整えながらソファに座る。そして少し自分の気持ちを落ち着かせてから、しゃべり始めた。


「僕らは何か考え違いをしているんだろうな、と思った。そこでもう一度逆算してみたんだ。すると、残ったものがあった。博士はメッセージだったんだ!」



 みんな、わけがわからない。



「……ごめん。言い直す。もし、博士自身が未来からのメッセージだったとしたら?」


「おじいちゃんは未来から来たってこと?」


 真奈美の言葉にうなずき、雅也が続ける。


「リアルホロって実現可能なんだろうか、ってずっと疑問だったんだ。だけど、現代の物理学で成立するとはとても思えないんだよ。となると、未来の技術ってことになる。であれば、将来的にはタイムマシンが完成している、ということだ。じゃあなんのために博士は現在に来たのか?」


 そこまで言って、雅也は声を落として続けた。



「博士は『未来から来た人工知能システム内の電子情報・・・・だった』という仮説」



 一同、沈黙。



「博士が未来の技術で作られた物理的な『もの』だとして、それをタイムマシンで過去に送ることが可能かどうか? を考えると、非常に困難だと思った。もっと簡単な方法はないか? と考え、仮想世界を・・・・・経由する・・・・方法・・に思い至ったんだ」


「どういうことだ?」


 玲がまゆをひそめる。


「仮想世界に仮想タイムマシンを作れば『情報を過去に送信することができるんじゃないか?』ということだよ」


「…………なんだと?」


「未来の何者かが博士の情報マニュアルをパッケージ化して過去の仮想世界に送り込んだ。そしてそれを受け取った人工知能が解凍し、その情報に従って電気で実体化させた。そのまま現在に至り、僕らにメッセージを残し、消えた。消える瞬間に電流を放出し、それがコンセントから逆流してブレーカーを落とした」


 そこまで言って雅也は周りの様子をうかがう。


「物理的に、可能なのかしら?」


 霞に意見を求められた玲も黙ったまま。


「じゃ、じゃあ、なぜ博士は消える必要があったんだ?」


 納得いかない良助が身を乗り出して聞いた。


「博士の存在を知った『人工知能システムのコアではない部門・・・・・・・・』が博士に接触しようとし、未来の情報を必要以上に集めようとしたから。目的を達成していた博士は、僕らに最後、いくつかの手掛かりを残して消えることを選んだ」


「ちょっと待て! そもそも仮想世界を作ったのは博士だろ? にわとりが先か卵が先かじゃねーが、『博士が仮想世界を作った』という前提がくつがえっちまうんじゃねーか?」


「僕は『仮想世界を作った博士』と『未来から来た博士の情報』は別人だと考えてる。元の博士がどうなったのかはわからないけど、いつの間にか未来から来た博士の情報にすり替わってたんじゃないかって」


「なんでそーなる!?」


「この仮説のさらに先の仮説なんだけど、『未来の博士』の時代、人類はすでに滅亡しているんじゃないかって思ったんだ」


「は?」


「完全に雅也くんワールドね。どういうことかしら?」


 混乱する良助の横から霞が口を出した。


「アシュレイの『人類の最大多数の最大幸福のために作られた』という前提がなくなったらどうなるのか? ということを考えたんだ。人類が滅亡したらアシュレイは役目を果たせなくなってしまう。たとえホログラムを生産したところでそれは人間ではないし、目的を完全に失ってしまうことになる」


「うんうん。それで?」


「ところが、そこから未来のアシュレイはウルトラCを繰り出す。タイムマシンを作って、未来からのメッセージを送ることで、人類が滅亡しないように過去から歴史を変えることを」


「いやいやいやいや、しかしだな、玲はどう思うよ?」


「雅也の意見に補足したいことがある」


「え?」


「俺と雅也は、博士から聞いていた。失われた30年について。博士がはっきり言ったんだ。アシュレイは『人類の最大多数の最大幸福』を追求する目的で作られた。ただ、そこには『人類の子孫の繁栄』という概念が欠落していた。『人類の最大多数の最大幸福』と『人類の子孫の繁栄』は、まったく矛盾するものではないにせよ、子孫の繁栄を想定していなかったため、人類は他人とのリアルな交流を減らし、出生率は激減してしまった。その減った人口分をアシュレイはホログラムで解消しようとした、と」


「そう。だから僕は博士が『未来のアシュレイの意志』だったんじゃないか? と思ったんだ。人類が滅亡して『人類の最大多数の最大幸福』を達成することができなくなったアシュレイの」


「…………」


「だからもっと手がかりがほしいんだ。まなみん、僕らに会う前に博士がどんなことを言っていたか、思い出せない?」


 全員が真奈美の方を向いた。


「ま……まなみん?」

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