〈57〉翔子の任務

「そうか。じゃあさ、未来から来た人に弱点ってあるの?」


「弱点? 私に弱点などないわ。この美貌にかかればどんな男もイチコロですわよ」


「……ではなくて、一般的な話。草吹とか」


「うーん……何とも言えないわね。ただ、よっぽどのことがない限り死ぬことはないと思う」


「じゃあこれからあなたも草吹もずっとこの世界に居続けるわけ?」


「相手さんの事はわからないけど、私はこの時代が安定するまでは監視を続けることになるわね」


「ずっと? 期限とか定められてないの?」


「滞在時間には限界があるけど、まだまだ先の話よ。極力未来に影響を与えないよう、注意しなきゃならないから難しいんだけどね」


「それについても聞きたいんだけどさ、前に『博士の遺品は隠滅する』とか言ってたじゃない? でもその一方で博士の意志を継ぐって、なんかおかしくない?」


「あなたがまさにその典型例よ」


「わたしが?」


「あなたは先生が未来から来た、ということを信じてしまった」


「まあ、そうね」


「そういったものは基本的に存在してはならないの」


「げ……」


「だけど、あなたには先生、つまり未来への意志もまた、宿っている」


「…………」


「だからセーフ」


「セーフって……」


「もしもあなたが博士の意向に沿って動かなければ、隠滅対象ってこと。あなたに絶望は許されない」


「どういうこと?」


「『自分の意志に従いなさい』って言われたんでしょ? あなたが強い意志を持ってるってことよ。運命に抗おうとする強い意志を」


「天邪鬼ってこと?」


「まさにそうね。普通に考えてみてよ。今回の地震の予兆に直前で気がついて、被害を食い止めるなんて、よっぽどひねくれた天邪鬼じゃなきゃできないわ」


(それはわたしじゃない気がするんですけど……)


「それにあなた、私のこと嫌いなんだろうけどさ、なんだかんだで話を聞きに来てるじゃない。それなりに信用してくれてるんでしょ?」


「そりゃまあ、さすがに信用せざるを得ないというか……ただそうなると結局、わたしは草吹と勝負しなければならないってことかしら?」


「すでに敵とみなされてると思うけど? あちら側の仕掛けをことごとく潰してるわけだし。あちらがしっぽを出すかどうかはわからないけどね」


「でも証拠がなかったら動けないよ。それにどうやって死ぬことがない相手を倒せばいいの?」


「それはあなたが考えて」


「え?」


「私だってわかんないもの。同業者としての基本的なスタンスは一緒だとしても、違う時空から来てるから。私とは違うところもいっぱいあるだろうし、下手なことは言えないわ」


「だけどさ、自分が気づかない間にいきなりコントロールされちゃ、手出しできないよ」


「それもそうね」


「手堅く勝てる方法ないかしら?」


「自分で考えて」


「……さっきから冷たくない?」


「だって、私が教えたらあなたの意志を阻害することになるじゃない?」


「…………」


「本当よ。あなたのためを思うからこそ――」


「めんどくさくなったんでしょ?」


「…………」


「…………」


「……しょうがないなあ。ヒントね」


「うんうん」


「答えはすぐ近くにあるわ」


「どういうこと?」


「少しは考えなさいよ。相手はなんのために地震のアラートを止めたのか?」


「……大惨事を引き起こしたかった」


「何のために?」


「さあ? なんでだろ?」


「事故が起きたら病院に行く人が増えるでしょ? その人たちがコントロールされたら、この世界の趨勢は決まるわ」


「……あ! そういうことか。草吹は本気でこの世界を壊すつもりだったの?」


「そうかもね」


「だけどそれと草吹の弱点がどう――」


「ちょっと待って! 明日から私、ここにはいないから」


 翔子が突然、目を輝かせて言った。


「なんで?」


「たった今わかったんだけど、大学にかっこいい男が来るみたいなのよ! 警察のお偉いさんみたいな。ダンディなおじさまなの!」


「あのさ、これまでの話、すごく感傷的でまじめで大事なことだったと思うんだけど、気のせい? というか本当にそれが理由なの? それ以前にあなた、そんなことに予知能力使ってるの?」


「そうよ。常にアンテナ張ってるの。だから私に会いたければ夜にしてね!」


「その前にさっきの答えを教えてよ!」


「ヒントは出してあげたじゃない。あとは自分で考えなさい」


「……わかったわよ」



 ◆◇◆



 大学からの帰り道、霞が走りながら京子に連絡する。


「お母さん、忙しいところごめん。ちょっと調べておいてほしいことがあるの」


『どうしたの?』


「今地震の被害の激しい中で、傷一つついていない場所があるはず。例えば、博士の家、大学、そしておそらく大学病院。ほかにそういったところがないか調べてほしいの。そしてそれぞれの共通点があれば、それも。『来訪者』の存在する場所の目印になるかも」


『今じゃないとできないわね。わかったわ』


「ありがとう」


 霞は連絡を切った。


(そういえば京子さんは草吹についても何か調べているかも。地震が落ち着いたら聞いてみよう)


 そんなことを考えながら、霞は走り続けた。境井翔子の言葉を思い返しながら。

 

 ――結局はまねっこだからよ。オリジナルを越えられない


(『来訪者』だかなんだか知らないけど、負けるもんですか!)



 ――あなたに絶望は許されない


(絶望なんかして、たまるもんですか!)



 ――大学にかっこいい男が来るみたいなのよ! 警察のお偉いさんみたいな。ダンディなおじさまなの


(かっこいい男なんて! ……あれ?)



 霞の足が止まる。


(警察のお偉いさん? ダンディなおじさま? まさか、署……いやいやいやいや……)

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