第20話 先回りデジャヴ

〈58〉玲

「ところでかすみんの趣味ってなーに?」


 応接間でみんなと夕食のビーフシチューを食べていた時、おもむろに真奈美が聞いてきた。


「趣味? うーん、そうね。ダーツとか、かしら?」


「へー、かっこいい!」


「おっとそうだ、こないだオレら四人で自分のこと語り合ったんだけどさ、雅也とまなみんからは聞いてなかったんだ、お前らどんな感じで生きてきたんだ?」


 思いついたかのように良助が二人にたずねる。


「え、どんなって、普通だよ」


「お前の普通は普通じゃないんだよ!」


 雅也の言葉を見透かしていたかのように良助が返した。


「雅也はどっちかっていうと、熱しやすく冷めやすいタイプだよな」


 玲が代わりに答える。


「うん、確かにそうかも」


「趣味はなんだ?」


「筋トレ」


「は?」


 意外そうな声をあげて真奈美が雅也を見た。


「筋肉つけようと思っててさ。デックみたいな体にあこがれてるんだよ」


「やめてよ! そういうの!」


「え?」

「なんで?」


 真奈美の拒否反応に良助も雅也も驚いた。


「あ、いや、なんでもないわ(……つい想像しちゃったじゃない)」


 真奈美は思った。


「だけど僕、筋肉つかないんだよ」


(それが意外にいい体してるのよね。きたえがいがありそう)


 霞は思った。


「オレも数年前までそうだったぜ。っていうか逆に今はだいぶ落ちたけど」


(……こいつ……結構……胸……あるな)


 涼音は思った。



 ◆◇◆



 翌朝、目を覚ました霞は真奈美が朝食を作っている間を見計らって京子に連絡をとった。


「おはよう。昨日の件だけど」


『おはよう。あんたに言われた通り、その3か所はまったくの無傷みたいね』


「やっぱりそうか」


『他には似たような場所は見当たらなかったわ』


「わかった。ありがとう」


『あと、草吹の件だけど、住所を調べたら、大学病院だった』


「やっぱり!」


『そちらで何か情報つかんでる?』


「あ、大学病院でコントロールされる件だけど、お父さんが言ってた、うちの人間が狙われているっていうのは間違いないみたいよ」


『今のところは、そうみたいね』


「え?」


『大学病院側は悪意センサーの無効化が可能な人間を特定できている。つまり、センサーの仕組みもばれているし、彼らが引っかかることもない。そうでしょ?』


「すごい! よくわかったね」


『そりゃ私だって借りを返すつもりだからね! だから今、逆探知張ってるのよ。あいつらがしっぽを出す瞬間を逃さないように』


「そ、そっか……他にも何かあったら、また教えて」


 やたら気合いが入った京子にそう答え、霞は連絡を切った。



 ◆◇◆



 歩いて大学に到着した後、雅也と良助が大学病院に向けて出発すると、他の四人は予約していた第3演算室に入って作業にかかった。まずは二つの動画の時間差の割り出し。


「そういえば演算室の予約、簡単に取れたの?」


 霞が思い出したようにたずねた。


「地震直後だから誰も使わないってだけよ。構内だってほら、誰もいないじゃない?」


「確かにそうね」


 真奈美にうなずいたそのとき、準備を終えた涼音がスイッチを入れた。サーバーの音が大きくなる。


「……設定……完了……2時間……くらい」


「演算室だとさすがに早いな」

「二つのデータの時間間隔を調べるだけだしね」


 玲と真奈美の声を聞きながら、霞はドアを向いた。


(二人とも無事に帰って来てくれるといいんだけど……)



 ◆◇◆



 第4演算室に移り、同じように涼音が準備にかかる。こちらは過去の情報とソフトデータとの照合。


「……データベースに……つなぐの……手伝って」


「わかったわ」


 涼音の指示通りに霞が配線を始めようとしたとき、


「思ったんだが、作業を分けた方が効率が良くないか?」


 設計を眺めていた玲が言った。


「そうね。演算室、どこも空いてるみたいだし。このままだとどれくらいかかるのかな?」


「……3時間……くらい」


「あ、そんなもんなんだ」


「……分けないほうが……いいと……思う」


 真奈美に答えると同時に涼音が演算を起動させる。サーバーのファンが音をたて始めた。


「ん? これだと、ソフトの内容をアシュレイは知り得るんだよな?」


「……うん……あ!」


 涼音が何かに気づいたが、玲はそのまま考え込む。


 そして、しばらくして口を開いた。


「まなみん、あと数日、この二つの演算室の予約、押さえておけるか?」


「できると思うけど、なんで?」


「この結果次第で、道が開けるかもしれん」


 そう言って立ち上がると、玲は演算室のドアを開けて出て行った。



 ◆◇◆



 第3演算室に戻ってきた四人。テーブルで弁当を食べていると、ファンの音が小さくなり始めた。さっそく涼音が演算結果をモニターに表示する。


「……二つの……時間差……二年……程度」


「思ったより短いな。たった二年間であれだけ変わるってことか? 何が起きるんだ?」


 玲が箸を止めて考える。そのとき真奈美の端末が鳴った。


「あ、雅也? 大丈夫だった?」

『大丈夫。聞きたいことは聞けた』


「そう、よかった。あたしたち第3か第4演算室にいるから。余震に気をつけて帰ってきてね」


 連絡を切った真奈美が不安そうな霞に向かって言った。


「無事だってさ」


「よかった……(けど、コントローラー埋め込まれたりしてないかしら?)」



 ◆◇◆



 再び第4演算室に移った四人。静かになった部屋の中で涼音がモニターとにらめっこしていたとき、


「……ん?」


「どうした?」


「……大学に……該当する情報……ないみたい」


「ということはあのソフトは大学病院のオリジナルの可能性が高いということか?」


「……そう……みたい」


(研究のやり取りがまったくない、となると大学病院はスカンディナビア経由のみで博士の存在を特定した、ということか? そんなこと可能なのか?)


 そのとき雅也と良助が帰ってきた。


「お帰り! 遅かったわね。どうだった?」


 真奈美が二人を出迎える。


「こいつ、完全に大学病院に喧嘩売ってきやがった!」


「いや、その方が相手の態度がはっきりするんじゃないかな、と思って」


「どういうことだ?」


 玲の言葉を気にせず、二人がゆっくり椅子に座る。


「単純にリアルホロって存在すると思いますか? って聞いたんだ。そしたら、聞いたことないって。大学病院では研究されてないと思うって」


 雅也がシャルロットをほおばりながら話し始めた。


「ふーん。それで?」


 真奈美が二人にコップを手渡しながら聞いた。


「ホロと視覚映像については、ヘッドセットを装着して見る世界は視覚記憶に残るみたい。仮想世界、学校もだけど、技術的には現実世界のホロとは別物なんだって」


「ほかには?」


「僕らが借りたソフトのことは何も言ってこなかった」

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