〈56〉逆境こそ花

「これが昨日確認した動画。一つ目は今朝の地震で同じ状況が発生した。そして二つ目。何も映っていない。これどういうことか、わかる?」


「えっと、ごめんなさい、抽象的な質問は苦手なの」


 霞の剣幕に翔子がのけぞる。


「例えばここに、あなたが以前言っていたように、視覚映像として残らないホログラムが歩いてるとしたら?」


「面白い推理ね。確かにその可能性はあるわ」


「じゃあ、この動画が意味しているものって、何かしら?」


「意味があるの?」

「あなただったらわかるんじゃない?」


「残念ながらわからないわね」

「そこをなんとか、頑張って考えてよ」


「…………」

「…………」


「例えば――」

「例えば?」


「誰もいないとか?」

「そのまんまじゃない!」


「時期的に、前の動画から比べて、ある程度経過しているのであれば――」

「あれば?」


「人類滅亡、かもね」

「え、やっぱり?」


「いわゆるバッドエンドってやつ?」

「じゃあ、どうすればいいの?」


「そうね……木村先生は何か言われてなかった?」


「博士?」


「そう。人間の意志について」

「私には『自分の意志に従いなさい』って言ってた」


「なら、それが答えよ」

「どういうこと?」


「一つ目の動画についてだけど、これが地震を示していることは間違いないわよね?」


「そうね」


「地震は予知することはできても、めることはできた?」


「できなかった」


「ということは、それは人間の意志ではどうしようもない部分ということ。一部例外はあるけど」


「ということは二つ目は?」


「人間の意志次第で変えることができる未来、じゃない?」


「うーん、ほかの話にも増してよくわからないなー」


「一つ目と二つ目の関連性を考えてごらんなさい」

「どういうこと?」


「例えば、『地震が起きた、だから人類は……』」


「滅びた?」


「それだったらこの二つ目の世界になるってことよ」


「じゃあ『地震が起きた、だから人類は滅びなかった』とか?」


「悪くはないけど、よくわからない言い方ね」


「じゃあ『地震が起きた、だから人類は再び生きる力を取り戻した』とか?」


「そうそう、そんな感じ」

「でもそれっておかしくない?」


「なんで?」

「だって地震って社会に対するダメージでしょ? なんでポジティブなの?」


「あれ? わかってないの? 人間って『逆境こそ花』な生き物なのよ」


「え?」


「大昔は大河文明っていって、大きな川の周りに文明が栄えたの。なぜだかわかる?」


「作物を育てるのに適していたからじゃない?」


「それもあるわね、ほかには?」

「水運が栄えたから?」


「それもあるけど――」

「じゃあ何よ?」


「洪水が起きるからよ」


「は?」


「この話の流れでわからない?」

「まったくわかってないかも」


「洪水が起きるとそれまでの努力すべてが流されて、水の泡になっちゃう。それを避けるために工夫することが文明につながったわけよ。なんでもかんでも思うままになる世界だったら、怠けるだけでしょ?」


「あ、そういうこと!」


「中学で習う範囲だと思うけど?」

「そういえばリーダーシップが必要だったって」


「そうそう、そういうこと」


「だけど話が見えない」


「じゃあ、仮の話ね。今回の地震、もしあなたたちが気づかずに、アラートが流れなかったとする。で、多くの人が死んだとする。仮想世界も消滅したとする。人類滅亡につながるかな?」


「つながるかも」


「本当にそう? 仮想世界がなくなって逆にリアルでしか生きることができなくなった人類は、たくましくなって逆に繁栄するかもよ?」


「わたしたちは地震に気づかなかったほうがよかった、ってこと?」


「そうではないけど、逆に今後どうすれば人間がたくましく生きられるようになるか、考えなくちゃいけないわよね? 人口大幅減少期の真っただ中、もうすぐレッドリスト入り、という状況で」


「なるほど」


「だから困難を乗り越える強さを持ちつつ、自分の意志に従えってことじゃない? 人間は一人だけでは生きていけない。だから他人に希望を与えるリーダーシップが必要なんじゃない? 自分の運命だけじゃなく、人類の命運を変えるほどの意志力を持ちなさいってことなんじゃないかな?」


「とりあえずなんとなくわかったことにする。で、次の質問。実体のあるホログラムって、存在するの?」


「えっ? どういうこと?」


「そのままの意味よ」


「……まったくわからないわ」


「あのさー、あなた、わたしの記憶を見たんじゃないの?」


「そんなに長い時間見てないわ。あの日の事を少しだけよ。知ってるでしょ?」


「じゃあさ、例えば大学病院が人間の代わりになるものを開発しているとして、受付ホログラムみたいな存在が実際に物理的に活動できるようになったとしたら、人間なんていらなくなるんじゃないの?」


「なんで?」


「だって人工知能が人間以上の存在を作ることにならないかしら?」


「どうして?」


「年も取らないし、知的レベルも高い、究極の存在じゃない?」


「うーん……私は違うと思うね」

「なぜ?」


「結局はまねっこだからよ。オリジナルを越えられない」


「そうなの? 本当に?」


「だって、どれだけ本物の人間に似せようと思っても、本物よりも本物らしくすることなんて、できないじゃない?」


「これまた説得力あるけどよくわからない話だね」


「それはあなたの頭が悪いからよ」


「(ぐっ……)ところであなた、博士と同じ方法でこの世界に来たの?」


「お、いい質問ね。違う、と言っておきましょうか。私は木村先生の後発だからね」

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