〈47〉朝食で女子トーク

 アパートの前で棒立ちのまま、霞はさっきまでの出来事を思い返していた。


(えーっと、本部を出て研究所に行ったわよね? そしたら……どうなったんだっけ? 記憶があやふやだわ) 


 かぶりを振ってポケットに手を突っ込む。そこには京子からもらったアメジストのネックレスが入っていた。


(そうだ! 京子さんに調べてもらって、それから変な女がなんか言ってたけど、あれ? なんだっけ?)


 手のひらに乗るアメジストが自分の目にブレて映る。


(ひょっとしてわたし、酔っぱらってる? めちゃくちゃ身体が重いんだけど……やばい、立ちくらみしてきた。とりあえず玲たちと合流しなきゃ)


 そう思った霞はペンダントをポケットにねじこむと、薄暗くなりかけの道をふらふらと歩き出した。



 ――ピンポーン♪


 真奈美の家に到着し、呼び鈴を押したところで霞は強烈なめまいを感じ、思わずドアにもたれかかる。


(昨日まともに寝られなかったからかな?)


 痛みに耐えつつドアの前で待つが、誰も迎えに出てこない。中からはかすかにサーバーの騒音が聞こえる。


(ひょっとしてサーバーの音で聞こえなかった?)


 呼吸も苦しくなり、耐えかねた霞がもう一度呼び鈴を押そうとしたとき、中から階段を駆け下りる音が聞こえてきた。


 ――ガチャ


「霞!」


 ドアを開けた玲を見てほっとしたのか、思わず表情が緩む。


「ただいまー」


「お、おかえり……なんか、やけに疲れてないか?」

「……大丈夫?」


 玲とその後ろに控えていた涼音に声をかけられながら、よろよろと中に入る。


「いやー、異常に疲れた気がするわ、お邪魔しま――」


 ――バタン


 霞は突然、気を失って倒れた。



 ◆◇◆



(あ……あれ?)


 目覚めると、霞は真奈美の部屋のベッドに横たわっていた。


(そうか……確か玲の顔を見て安心しちゃったからか、気が抜けてそのまま意識失ったんだ。わたしとしたことが……ってまなみんは?)


 カーテンの向こう側は明るくなっていたが、部屋の中には誰もいない。


(まさか、昨日のうちに何かあったとか?)


 一抹の不安がよぎり、がばっと起き上がる。そのときベッドの横に自分の白衣が畳まれているのに気づき、少し落ち着いた。



 そっと一階に下りると、応接間のサーバーはまだ騒音を発していた。何かの演算中なのだろう。


 そのまま素通りし、キッチンのドアを開けてみる。


 ――ガチャ


「あ、おはよー!」


 そこには髪を後ろで結び、朝食を作っている真奈美がいた。


「おはよう」


「よく眠れた?」

「おかげさまでぐっすり」


「朝ご飯できたから二階で食べよ!」

「ありがとう」



 ◆◇◆



 二人でお盆に載せて二階の真奈美の部屋に運ぶ。


「いただきます!」

「いただきます!」


 今朝の献立はサラダとガーリックトーストとオムレツとフレッシュジュース。


「まなみん、ちょっと聞きたいんだけど」


「なぁに?」


「いつも自分でご飯作ってるの?」


「まあね。フードデリバリーだとなんか味気なくて。でも最近手抜きが多いんだけどね」


「ひょっとして……料理上手?」


「え、そうかなぁ? 昨日雅也にも言われたけど」


「そりゃ言うわ。わたし今、目から何かが落ちたもん」


「え、そう? だけどたいしたもの作ってないよ」


「昨日の朝は雅也くんと一緒に迎えたんだっけ?」


「うん、そうだよ。なにもなかったけどね。当たり前だけど」


「あー、そういうことだったんだ――」


「え? なにが?」


「いや、雅也くん、昨日妙にそわそわしてたじゃない?」


「そうだっけ?」


「あれ、絶対まなみんのこと考えて悶々としてたんだよ」


「違うよ。ただ同情してくれただけだよ」


「いや、絶対そうだよ。こんな朝食出されたらなおさら。あたしがまなみんを嫁にほしいくらいだもん。天使に見える」


「やだなぁ、なに言ってんのよ。かすみんこそ昨日大変だったんだから」


 真奈美が笑いながら言った言葉に霞の顔がひきつる。


「え?」


「覚えてないでしょ」


「……まったく……何も」


「かすみん、寝言で『玲……』って言ってたの。そしたらあの玲が、めちゃくちゃきょどっちゃって」


「うそ!」


「ほんとよ。デックは眉間みけんしわよせるし、大変だったんだから」


 真奈美に言われて青ざめる霞。


「わたしとしたことが……不覚……」


「でもかすみん、玲といい感じじゃない。互いに呼び捨てだし」


「あ、あれはわたしから頼んだの。あの時は玲くん、わたしに気を使ってたみたいだったから、かすみんでいいよ、って言ったら、いや、それは……ってことで、じゃあ霞って呼んで、わたしも玲って呼ぶからって」


「積極的だねぇ」


「いやいや、そういう意味は全然なくって、玲くん、チームのことを第一に考えてくれてたじゃない? 少しでもできることないかな、って思っただけなの」


「そうなんだ~」


「だからそんな寝言を言うとは――」


「けどかすみん、玲とは超絶美男美女同士でお似合いな気がするんだけどな?」


「いやいや、そんな余裕ないわよ。ここ数日、ありえないことばかり起きるじゃない?」


「えー、あんたはどう考えてんのかわかんないけどさ、玲は相当かすみんにお熱だわよ、ありゃ」


「そ、そうなのかしら……(本当にそんな余裕ないわよ……わたしは)」


「あたしわかるもの。玲って自分の持っていないところを持ってる女の子が好きなんだって。あいつ見た目はあんなだけど、中身はめちゃくちゃ熱いじゃない? だからスーパークールなあんたにいやされてるんじゃないかなぁ」


「癒す? わたしが?」


「そう。あたしたちが涼音に癒されるみたいに、玲はかすみんに癒されているんだと思うよ」


「ごめん、まったく理解できないわ」


「そりゃ癒してる側はわからないものよ。だけどもし、今の玲の前からあんたが消えたら、あいつ、絶対に泣くと思うもの」


「それはもっと理解できない……けど玲くんが泣くところ、見たいかも」


「かすみんの理想って、やっぱりデックなの?」


「うーん、どうだろ。でもあの子も恋愛対象じゃないよ。小さいころから一緒だから、いろいろと知りすぎちゃってるし」


「あんたの初恋の人って、どんな感じだったの?」


「そうね……いたかもね……わたしを頼ってくれる、強い男性」


「ええっ! どうなったの?」


「ははは、振られました」


「うそでしょ? あんたを振る男なんて、この世界にいるの?」


「そりゃいるわよ。まあ、わたしが悪いんだけどね。玉砕でした」


「自分から行ったんだ……めっちゃ年上だったとか?」


「なんで? 一個上だよ」


「へー意外。かすみん大人びすぎてるから、もっと年上の人にあこがれてるのかと思った」


「男の子って不思議なものでね、ずっと子供だと思っていたら、いつの間にか成長して、気がついた時には自分の手の届かない存在になっていたりするのよね」


「あんた、本当に13歳ですか? そんなに恋多き人生なんですか?」


「ぜんぜん、自分の失敗を後悔し続けてるだけよ」


「ふーん」


 真奈美がにやにやしている。


「何よー、気持ち悪いわね」


「そんなこと言ってたら、また失敗しちゃうぞ?」


「違うわよ。今は、この六人でいるのが一番居心地いいなって思っているだけ。誰かのものになろうなんて、思ってないだけよ」

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