第16話 境井翔子

〈46〉超時空かすみん

「気がついたみたいね。高橋霞ちゃんだっけ?」


 涼音の席のモニターから振り返った境井が声をかけてきた。霞はあわてて立ち上がろうとしたが、体が動かない。


「い……いったい、わたしに何を?」


 かろうじて声は出せるようだ。


「ごめんね。あなたの記憶、ちょっとだけ拝見したの。さっきのネギ坊主の話だと、いまいち要領得なくてさー」


(わたしたちの情報、どこまでれてるの? この女が黒幕?)


「私も大学ここのことはまだよくわかってなくてね――」


「研究室をジャックするとはいい度胸してるわね!」


 ヘッドセットをしまい込む境井に向けて霞が声を荒げた。


「そうそう、あなた木村先生のことは知ってるのよね? もう消えちゃったと思うけど」


(……どういうこと? この人博士とどういう関係?)


 そんな霞の考えを見透かすように、境井は円卓にやって来て言った。


「私、木村先生の後任なの。境井翔子といいます。よろしくね」


「え?」


「木村先生、私の事、何か言ってなかった?」


「……あなたひょっとして、未来から?」


「まあ、今の時点からすれば未来ね」


(……嫌な展開だ)


「本当は木村先生との引継ぎを含めて3か月前に私が着任する予定だったんだけど、諸事情で遅れてしまったの。結局今日のお昼すぎに到着したのよ」


(タイムマシン使って遅刻って、意味がわからないんですけど?)


「で、その間にこの世界の流れが変わっちゃったみたいなのよ。そこを調べなきゃと思って、あなたの記憶を少し見せてもらったの」


(人の脳波使って立証なんて、カムチャッカでもしないわよ!)


「おかげでようやく状況がのみ込めたわ」


「どうでもいいけど、自由にしてくれないかしら、わたしの体」


「ここまで狂うとちょっと苦労しそうねー」


(人の話を聞くタイプじゃないみたいね)


「最初は木村博士の遺物を隠滅いんめつするつもりだったんだけど」


(……ひょっとして、ま――のこと?)


「これだけねじ曲がっちゃうと、どこかで帳尻合わせしなくちゃなんないわね」


 目の前で一方的に話していた翔子が、あごに手を当てて考え込む。


「あのー」


「ん? あ、はい、何か?」


「わたしをどうするつもりかしら?」


 ひたいに青筋を立てながら霞が聞いた。


「ああ、ごめんごめん、心配しないで、後で時間を巻き戻して自宅に送り届けてあげるから」


「え?」


「若干体に負担かかると思うけど、命には影響ないから」


「は?」


「あと、私に会いたくなったらここに来て。面倒はみるつもりだから」


「え?」


「木村先生もそうだったと思うけど、実体化した敷地から外には出られないのよ、私」


「は?」


「何か質問ある?」


「ええっと、とりあえず、今日の泥棒とあなたとの関係は?」


「泥棒……って誰?」


「わたしの記憶をのぞき見したんじゃないの?」


「ん? あ、そっか。ここに今日変な侵入者がいた件ね。何の関係もないわ。私が来る前の話だし」


(本当かしら?)


「……いや、関係あるか。結局私、木村先生から引継ぎができなかったんだけど、予定の場所にカードキーがなかったから、きっと彼が持って行ったのね。もう用はないけど」


(…………)


「だけど、びっくりしたわ。本当にホログラムが人間の視覚映像に残るなんて」


「は?」


「だって今のほうが未来より技術が進んでるなんて、ありえないじゃない?」


「どういうこと?」


「まあそれだけ予定がねじ曲がってるってことなんだけどねー」


(だ か ら ど う い う こ と よ !)


「それとあなた、脳になんか埋め込まれてたから抜いておいてあげたわ」


「えっ?」


「ここ一年以内の話よ。どこの誰だか知らないけど、いたずらする人がいるのね」


「何それ?」


「暗示にかかりやすくなってたから気をつけて、ってこと」


「もう少しわかりやすく言ってよ!」


「今のあなた、自分で動けるはずだもの」


「うそ……あ、本当だ」


 霞は自分の首から下が自由に動かせることに気がついた。


「とりあえず、同じ手にはひっかからないようにしておいたわ。今日はもう遅いから、家まで送ってあげるわね」


「ちょ、ちょっと待って! いったいどういう――」


「そこで立ちなさい」


 翔子に言われるがまま、霞が立ち上がったその瞬間――







「あ、あれ?」


 気がつくと、霞は自分のアパートの前に立っていた。


(わたし今まで、何してたんだっけ?)


 おそるおそる端末を確認する。


(玲に連絡した履歴があるけど……なんで!? 1分前?)


 霞は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。


(えっと……どういうこと?)

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