〈48〉お風呂も入る?

 そのとき真奈美の端末が鳴った。玲からだ。


「おはよう!」

『今から行っても大丈夫か?』


「もちろんいいわよ。おいでおいで」

『わかった』


 真奈美は連絡を切ると、霞に向かってにやけながら言った。


「今から来るってさ」

「うわー、顔合わせづらいなー」


「なに言ってるの。急いで顔洗って! お風呂も入る?」


「そうだ、やばいやばい……どうしよ……」


 あまりにひどい自分の状況に霞が頭をかかえる。


「あんたしっかりしなよ~。とりあえずお湯入れてくるね」


 立ち上がった真奈美は、これまで見ることがなかった霞のあわてぶりに内心、笑いが止まらなかった。



 ◆◇◆



「ふう……」


 湯船につかりながら霞は一息ついた。


(昨日は朝から大変だったな。組織うちのことは玲になんて言えばいいんだろ? それと大学――)


 背筋に冷たいものが走る。


(……なんか思い出したくない記憶がよみがえってきたんだけど……あれ、なんだったの? というかあの境井翔子、何者? 悪意センサーぜんぜん反応しなかったし未来から来たって言ってたけど)


 湯船に体を沈めつつ、もう一度落ち着いて昨日を振り返る。


(京子さんが調べた『境井翔子』とは別人ってこと? けどあんな人、構内でこれまで見たことないし。いや待って、博士の『後任』って言ってたな、博士は未来に帰ったってこと? ということは博士は未来の技術で仮想世界を作ってたの?)


 記憶を整理しながら、霞はもう一度翔子の言葉を思い返す。


 ――木村先生もそうだったと思うけど、実体化した敷地から外には出られないのよ、私


(どういうこと?)


 ――最初は木村博士の遺物を隠滅するつもりだったんだけど


(翔子がまなみんを消しに来た来訪者ってこと?)


 ――あ、そっか。ここに今日変な侵入者がいた件ね。何の関係もないわ。


(じゃああの泥棒はなんなの?)


 ――いや、関係あるか。結局私、木村先生から引継ぎができなかったんだけど、予定の場所にカードキーがなかったから、きっとその泥棒が持って行ったのね。もう用はないけど


(どっちなのよ! その前に敷地内から出られないのにどうやってカードキーの引継ぎとかするつもりだったの? あれ、そういえばあのヘッドセット、どこかで見たことがあるな)


 ――それとあなた、脳になんか埋め込まれてたから抜いておいたわよ


 ――ここ一年以内の話よ。どこの誰だか知らないけど、いたずらする人がいるのね


 ――暗示にかかりやすくなってるから気をつけて、ってこと


(埋め込まれた? 何を? ここ一年以内? 暗示? って……大学病院? ……しかしいつだ?)


 霞は雅也と訪問した大学病院の記憶をたどった。


 ――すごかったですね。想像以上に


 ――草吹先生もいい人だったし、来てよかったですよ


(帰りのタクシーの中で言ってた雅也くんの目、確かに妖しかった。彼が操られていたの? いや……違う!)


 ――いえ、雅也くんにお願いしてもいいかしら? 


(博士が消えた時! 普段のわたしだったら、あんなこと絶対言うはずがない! あの状態でまなみんを雅也くんなんかに任せたりなんか、できないはず! あのときすでにわたしは誰かにコントロールされてたってこと?)


 湯船の中、自分の体が震えるのを感じる。


(いったいどうすれば…………いや、もう一度自分で確かめるしかない!)


 霞は立ち上がった。

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