〈44〉悪意センサー

「大塚の私物の中に、メッセージを受信するようなものって本当になかったの? 死因が脳の破壊、ということは脳に影響を与える何かがある気がするんだけどさ」


 霞の質問に京子が首を振った。


「見つかってないのよ。体内にも体外にも。といっても破壊された脳は調べようがないんだけどね」


「じゃあさ、大学病院はうちの人間を、どこで判断してるのかな? やっぱりカルテとか?」


「そこが気になる?」


「だってわたし、3日前にも大学病院に行ったもん。脳波からの記憶の掘り起しの件で。だから思ったのよ。研究室で盗みを働くくらいなら、わたしを操ればいいじゃない? って。けど、何かを仕掛けられたような覚え、ないんだよね」


「あんたがうちの人間だって身バレしてないからかな? そこの研究者はなんて人?」


「草吹っていう医師」


「ひょっとしてあんたが風邪で入院した時の宿直の先生?」


「そう、あの人」


「そうなの? 聡さん、沢口と大塚の担当医師ってわかる?」


「確認してみる」


 聡が端末で情報を洗い始めた。


「長くなりそうね。わたし、いったんうちのメンバーに連絡してきます」


 そう言って霞は会議室の外に出た。



 ◆◇◆


(けど、あの子たちに伝えられること、特にないのよね。なんて言おうかしら?)


 少し考えた霞は端末を開けると、こちらの画像が映らないよう、音声のみで玲に連絡を取った。


『もしもし、霞?』


「今警察署にいるんだけど、相当深刻。犯人、かなり強力な催眠をかけられていたみたいなの。まだほとんど情報が特定できていない」


『黒幕がいる、ということか?』


「そうかもしれない。あと、盗聴器が仕掛けられたのは、今朝だったの」


『やはり、そうか』


「え? 知ってたの?」


『ああ、涼音が後からコンセントの場所の違和感を思い出したんだ』


「そうなんだ。わたし、もう少しここを離れられないから、そっち、お願いね」


『わかった』


 連絡を切ると、霞は部屋に戻った。



 ◆◇◆



「みんな、無事なの?」


 京子が気づかうように聞いてきた。


「大丈夫みたい。で、話を戻すけど、『来訪者』にはおそらく、木村博士のような特別な能力があると思うのよ。博士は否定してたけど、ひょっとすると『人の心を読む力』というのも可能性としてある気がする。だったら『他人を遠隔操作する力』というのもあるのかもしれない」


「あんたのやってる研究って、楽しそうね。まわりに変な子多いもんね」


「あ……いや……(わたしが一緒にされるのは……)でも、そういった得体のしれない何かが迫っている気がする。説明がつかないことが多すぎるし……」


 霞がうつむく。


 しばらくして、聡が沈黙を破った。


「あまり大っぴらには言えない話なんだが『人の心を読む力』というのは、物理的に実現可能なところまで来ているんだ」


「え?」


「霞も過去に『そういった能力を持つ相手に対し、どう対処するか?』的なトレーニングを受けていると思う。実は、悪意センサーの技術と脳波分析の応用で、かなりのところまで人の心って読み取れるんだ。あくまで理論上は、だが」


「うそ! あれ本当の話だったの?」


「悪意センサーが端末情報を経由していることは知ってるよな?」


「うん。複合的なネットワークなんだよね? 個人個人の端末が連携した」


「それをうちでコントロールしているわけだが、簡単に言うとあれは『負の感情』の度合いを調べているんだ。実際は相対する人間同士、各端末同士の距離だったり、電源、電波の有無などで上手く機能しない場合もあるんだが、それを『負』に限らず、すべての感情を対象にすれば、会話の流れと照らし合わせて心を読みとる手法は、理論上は成立する」


「そうなんだ」


「だから、お前がさっき言った『人の心を読む力』に関しては、あながち間違っていないと思うんだよ」


「じゃあなんでその技術がこれまで一般に普及してないの?」


 京子が口をはさむ。


「後付けでアシュレイに規制されたからさ。ただ仮想世界ではかなり一般化しているらしい。仮想世界の技術は確かにブラックボックスだが、うちの仮想研の研究によれば、仮想世界の脳波取得では相当高い次元で思考と感情をキャッチしていることがわかったそうだ」


「あー、そういうこと!」


 聡の説明に京子が手を打つが、霞はまだしっくりこないようで、首をかしげながら言った。


「仮想世界では許されてるその技術を現実世界リアルで使うことには問題があるの?」


「ある。理由は二つ。一つは技術的に監督やコントロールが難しいこと、もう一つは人間の本質的なコミュニケーション能力を大きく弱めてしまう危険性があること。ただその規制がかかる前にカムチャッカうちが悪意センサーを導入してしまったため、今の現実世界ではそれだけが突出してしまっているんだ。なぜうちで脳波の研究が行われているか、なぜうちが他の研究機関と関係を持たないか、というと、悪意センサーの技術を独自化する必要性とセキュリティ上の都合なんだよ」


「なるほど。じゃあその線でいけば、他人を遠隔操作さえできればいいわけだね?」


「ただな霞、どんな能力にも限界はあるもんなんだよ。少なくとも入口と出口はあるはずだ」


「入口と出口?」


「ああ。何をするにせよ、まず動機がなければ始まらない。そして何を達成するか、達成した後、どうなるのか? ということを普通は考える。誰も理由なくお前たちの邪魔をしようとは思わないだろ?」


「そりゃまあ、そうだね」


「例えば最近誰かに恨まれるようなことをしたとか、ないか?」


「心当たりがまったくないわ。このわたしが好かれることはあっても嫌われることなんて――」


「あんた本当にいい性格してるわね」


 京子があきれた。


「わたしに限って言えば今はほとんど六人で行動していて、それ以外の人間と話すことなんてあまりないもの」


「他の五人はどうなんだ? 恨まれるような子はいないのか?」


「うーん……しいて言えば、玲かしら?」


「えっ? あの抜けてかっこいい子? あんな子が恨まれたりするの?」


一昨日おととい大学のカフェテリアであの子と二人でコーヒー飲んでたんだけど、同期の研究員にデートか? って冷やかされたのね。で、わたしが冷たくあしらったら『調子に乗んなよ』って言われてた」


「どう考えてもあんたが悪いんじゃん。玲くんのせいにしてんじゃないわよ」


「いやいやきっとあの子のせいよ。普通に考えたらあのすかした顔、ちょっとムカつくもの。言葉遣いとか、むっつりスケベな性格とかも。相手はみんな勉強しか能のなさそうな童貞男っぽかったから、きっとわたしとつき合いたいと思って声をかけてきたはずよ」


「最近だんだん京子に似てきたな、お前」


「余裕で超えてますけど……」


 京子が謙遜けんそんした。

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