第15話 超能力
〈43〉カムチャッカ本部
窃盗事件について考えながらも、昨日の晩から続く一連の出来事に、霞はとらえどころのない違和感を抱いていた。まるで自分たちが、他の誰かに書かれたシナリオに強制的に参加させられ、
――ピピッ ピピッ ピピッ
突然端末に連絡が入る。玲からだ。
(また何か起きたの? まさかわたしのいない間にまなみんが!?)
一抹の不安を感じながら応答する。
「玲、どうしたの?」
『そっちは大丈夫か?』
「まだタクシーの中だけど、何かあったの?」
『セキュリティチームという奴らが来て、涼音を連れて行こうとした』
「えっ?(なぜ涼音?)」
『名目は内部規律違反の嫌疑。クローン作製行為に抵触する、ということらしい』
「で、どうなったの?」
『デックが身代わりになって連れて行かれた』
「は?」
研究室でいったい何が起きているのか、霞はまったく理解できなかった。
「『オレが涼音に指示した』とか『涼音には責任はないから』とか『オレが説明するから』とか言って自分から身代わりになって行ったんだ」
「ああ、そういうこと――」
『ただ、涼音がパニックだ。どうすりゃいい?』
「じゃあ、涼音に代わってもらえる?」
『わかった』
すぐに端末の向こうから涼音の泣き声が聞こえてきた。
「涼音ちゃん、どうしたのかな?」
『……かすみんー! デックがー……デックがー……私のせいでー!』
「大丈夫よ。あいつを信じてあげて」
霞はいつもより落ち着いた声で涼音に語りかける。
『……でも……何されてるか……怖いよ……』
「落ち着いて、涼音。良助は『責任』って言ってたんでしょ?」
『……うん……言ってた』
「なら大丈夫。あいつ
『……大丈夫……なの?』
「そうよ、良助だってまだ13歳。責任能力って14歳からだから、ひどい目になんか絶対合わないわ」
『……大丈夫?』
「大丈夫よ。あいつを信じてあげて」
『……わかった』
「玲に代わってもらえるかしら?」
『……うん』
どうやら向こう側の雰囲気が落ち着いたようだ。
「玲、大丈夫?」
涼音の時と同じ調子で玲に語りかける。
『ああ、ただ、俺もまだ状況を整理できていない』
『そうよね。おそらく良助には何か考えがあるんだろうし、下手を打つとは思えないけど、そこでずっと待ってるのは危険だと思うわ。誰に狙われているのかわからない以上、避難した方がいいかもね』
『そうだな』
「それと、わたしが戻るまで、まなみんからは離れないで」
『……わかった』
「玲、大変だと思うけど、あなたにかかってるわ」
『そっちも、何かわかったら連絡くれ』
「わかった。くれぐれも気をつけて」
そう言って霞が連絡を切ったとき、前方にカムチャッカ本部が見えてきていた。
◆◇◆
本部の会議室には京子と聡、良助の父が集まっていた。
昨日起きたことを霞が一通り報告すると、みんな無言になる。
「わたしからは以上なんだけど、さっきの窃盗犯はどうだったのかしら?」
「ああ、そうね」
霞にそう答えた京子が、事情聴収のレポートを取り出して読み上げる。
「あなたが取り押さえたこの犯人だけど、やはりうちの人間だった。しかも沢口の時と一緒。取り調べの途中で脳が内部から崩壊して死亡したの」
「えっ?」
スキャンされた犯人の脳の断面図を見て、霞は思わず手で口をおおった。
「おそらく今回も黒幕は
京子の言葉に合わせるように良助の父がIDカードをテーブルに置いた。霞が犯人の内ポケットを探した時に見つけたものだ。
「大塚剛志、システム部の解析担当で聡さんの部下だ」
良助の父の言葉を聞きながらも、少し前まで自分が組み伏せていた相手が死んだ、という話はさすがに現実味に欠けている気がした。
そんな霞の気持ちを知ってか知らずか、聡が説明を始める。
「システム部の人間はデータに手掛かりを残さない。どこに何を残せばバレるのかよく知ってるからな。ただ、それ以前にそもそも、大塚がなんのためにそんな行動をとったのか、まったくわからない。わかっているのは、大塚には過去数回、精神疾患治療のために大学病院に行った履歴があるということ。直近では3週間前。そして沢口靖乃にも通院履歴があった。そこに二人の共通点がある」
「大学病院なら私も霞も行ったわよ? 半年以上前の話だけど、尾崎誠事件が起きた後ね」
霞を見やりながら京子が言った。
「でも受診はしてないんだろ? 確かに大学病院側に取り込まれる原因は特定できていないが。ただ、病院側がうちのメンバーを狙っているのは間違いないようだ」
「なぜ?」
首をかしげる霞。
「悪意センサーに引っかからないため動きが特定されにくく、物理的な行動を起こしやすいからだろうな」
「じゃあ、この二人は大学病院に催眠か何かで操られていたってこと?」
「そんなに簡単な話でもない。今回大塚は勤務中にここを抜け出して犯行に及んでいるわけだが、かなり時間をかけて計画されているように見受けられる。例えば、これ」
そう言って聡がテーブルに盗聴器を置く。研究室に仕掛けられていたものだ。
「この盗聴器、
「ちょっと待って! 今朝仕掛けられたばっかりだったの? てっきり、もっと前の話かと思ってたんだけど」
言いながら霞は目の前の盗聴器を手に取った。
「だから色々とつじつまが合わないんだ」
聡は立ち上がると、全員に説明できるようにプロジェクターを起動し、時間軸を書き入れながら説明を続ける。
「大塚のケースで考えられる可能性は二つ。大学病院にコントロールされる状態に置かれ、遠隔操作されていたのか、それとも通院時に取るべき行動を指定されていたのか。どちらかといえば遠隔操作されていると考えるのが自然だ。だが署内の電波・通信状況を見ても、何も残っていない。署内の通信通話履歴も洗っているが、行動のトリガーとなるような跡がない。大塚のスキルでは隠滅できない
「じゃあ、事前に行動を指定されていたケースだとどうなの?」
「それはもう、最初の段階で不可能に近い。コントロールする側がされる側に意志を伝えるにしても、いつどこで何をするのか、最初にほぼすべてを見通しておかなければならない」
それまで黙って聞いていた京子が顔を上げた。
「例えば今回の件でいうと、博士からカードキーを盗んで研究室に侵入し、メディアカードも盗み、盗聴器を仕掛ける、という行為を3週間前にメッセージとして伝えておく必要がある、ってこと?」
「そういうことになる」
「霞たちの研究が始まったのっていつだっけ?」
「4日前。今週の月曜からだよ」
「なら一週間前から盗聴器を準備って、無理よね? どう考えても」
「そうなんだよ。盗聴器を準備する目的が『今日、霞の研究室に仕掛けるため』ということなのであれば、どちらのケースでも説明がつかない。それこそ事前に未来を予知していたとしか思えないんだ」
一同、沈黙。
「あれ? 本当に未来を予知していたのなら、なぜ大塚はうちの研究室に戻ってきたのかしら? 盗聴器を仕掛けて捕まりに来る、という未来は見えてなかったの? なんかおマヌケなんだけど」
「そう言われてみれば確かにそうね。よくわかんないわ」
霞の疑問に京子も同意する。
「断定できないが、未来予測が途中で外れた、ということかもしれない。確実に未来が予知できるのであれば、盗聴器など不要だろうしな」
そう答えながらも、聡の口調は自信がなさそうだった。
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