〈45〉ゴージャスな女

「というかそういうことはどうでもよくてですね、さっきの『入口と出口』の話だけど、うちが狙われている理由が本当に『操り人形』の調達のためだとして、それで相手は何をしようとしているのかしら?」


 霞は少しイライラしながら言った。


「わからん。尾崎事件と今回の件、関連性がまったく見当たらないんだ」


「あんたが言うように犯人が予知能力を持ってて、思い通りに歴史を動かそうとしてたとしても、私たちにはその『出口』を推測しようがないしね」


 聡の言葉を京子が補足する。


「そりゃまあ確かに。じゃあさ、『人の心を読む力』の可能性があるとして『他人を遠隔操作する力』についてはどう?」


「催眠、暗示をかけている、ということが前提だとしても、何のメッセージも与えずに他人を遠隔操作できるとは思えない。その痕跡がない以上、可能性はないんじゃないかな。逆にお前の近くに疑わしい人間はいないのか?」


「いやー、うちのチームの内部的な犯行だとは考えられないんだよね」


「いちおう気をつけておいた方がいい」

「わかった」


 聡の言葉に霞がうなずくと、京子がテーブルの上に小箱を出してきた。


「こんなところで悪いけど、あんたの誕生日プレゼントよ。ちょっと早いけど。開けてみて」


「えっ? わたしに?」


 受け取った小箱を開けると、中にはアメジストペンダントのネックレスが入っていた。


「わ! かわいい」

「鏡見てみる?」


 京子にうながされ、さっそくつけてみる。


「よく似合うよ」


 聡が目を細めるなか、本人に鏡を向けていた京子も満足げに言った。


「最近あんた、いつも白衣でしょ? 少しはおしゃれしないと、玲くんに振り向いてもらえないんじゃないかと思ってね」


「そんな気さらさらないわよ!」


「なに言ってんの。うちに連れてきなさいよ。あんたじゃなくて、私のために」


「もっと嫌だわ。あ、そろそろ行かないと。ちょっと連絡してくるね」


 そう言って霞はポケットにペンダントをしまいこむと、会議室の外に出た。



 ◆◇◆



「玲、わたし。そっちはみんな無事なの?」


『ああ、全員まなみんの家にいる。演算サーバーとメディアカードも持ち帰った』


「よかった……こっちは手掛かりになりそうなこと、まったくないの」


『どういうことだ? そっちに期待していたんだが』


「とりあえず今から一度研究室に戻って、そちらに向かうわ」


『いや、研究室には近寄らないほうがいい。爆破されたそうだ』


「……どういうこと?」


『デックを尋問した相手が相当いかれた奴だったらしい。大学セキュリティチームの境井翔子っていう30歳前後のゴージャスな女がやったそうだ』


「良助は? 無事なの?」


『ああ、傷一つついてない。心配するな』


「わかった。今から向かうわ」


 そう言って連絡を切ると、霞は先ほどの玲の言葉を思い返した。


(研究室を爆破……って、どういうこと? 大学セキュリティチームの境井翔子? ゴージャス?)


 まったく意味がわからない。


(どうする? 霞)


 自分にそう問いかけると、霞はもう一度会議室に戻った。



 ◆◇◆



「お母さん、大学に境井翔子っていう人間がいるか、調べられる?」


「ええっと、ちょっと待って……境井翔子ね……うん、いるみたいね。無所属の研究員だけど」


「わたしたちの研究室、爆破されたらしいのよ」


「は? 誰に?」


「その境井翔子に」


「どういうこと?」


「よくわからないけど、行って確認してくる」


 霞は大学に戻ることにした。何か大きな力が自分たちに襲い掛かってくる気がしたのだ。


 少なくとも相手が誰なのか、早く特定しなければ……。



 ◆◇◆


 霞が大学に到着したときにはあたりはすっかり暗くなっていた。キャンパスに人影はなく、閑散としている。


(いったい何が起きたのかしら?)


 胸騒ぎを押さえつつ構内を歩く。ところが、研究室の前まで来ると、普段と何も変わっていなかった。爆発した形跡などまったく見当たらない。ただ、中には明かりがついていた。自分以外の五人は真奈美の家にいるはずなのに……。


(罠かしら?)


 意を決して霞がドアを開けると、涼音の席に一人の女性が座っていた。モニターを眺める横顔は、これまで大学で見かけた覚えがない。フリル付きの黒基調の服に、白衣を重ね着しているが、その背中に腰に届くほどの黒髪を流している。


「あなた、誰?」


 霞の声に気づいた彼女は座ったまま顔を向けた。


「境井ですが何か?」


 無表情に答えた彼女は霞の目にも30歳前後のように映った。勝手に研究室に入り込んで他人のコンピューターを使いながら、堂々と本名を名乗る態度にやましさはカケラも感じられず、かといって何かを爆破させるような凶悪な人間にも思えないが、どことなく浮世離れした雰囲気を醸し出している。


「大学セキュリティチームの方、ですよね?」


 部屋に入った霞は真正面から詰め寄った。


「そういう時代もあったわね。1時間くらい前だけど」


「なぜここに?」


「あなたも木村先生のところの?」


「そうだけど?」


 霞が答えると、彼女の表情がパッと明るくなった。


「ちょうどよかったわ。まだ状況が掴めてないの。こちらにいらっしゃい」


「…………」


 境井にうながされるまま、霞は円卓の椅子に座る。


「これ使わせてもらうね。少し汚れちゃうかもしれないけど、ごめんなさい」


 そう言って彼女はヘッドセットを霞にかぶせた。



(あれ? わたし、なんでここに来たんだっけ?)


 そう思った瞬間、目の前に、ここ数日の経験がコマ送りで映し出されていった。


(え? え?)


 意識が次第に遠のいていく。



 ◆◇◆



「終わったわ。お疲れさま」


「…………」


「データは後で消しておくから安心して」


 境井は霞のヘッドセットを取り外し、涼音のコンピューターにつなげて調べていた。


(というかわたし……ここで何してたんだっけ?)


 視点がぼやけ、意識が朦朧もうろうとしている霞をよそに、境井は集中してモニターを見ているようで、時折「あ、そうかー」とか「あいたたたた」などと独り言をつぶやいている。



(思い出した! ちょっとあなた! ……あ、あれ?)


 意識を取り戻した霞は、自分の体に力が入らないことに気がついた。

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