〈41〉アクションヒーローの舞台裏
霞は一人、研究室のソファの陰に潜み、息を殺していた。
(犯人がメディアカードだけを盗んだということは、そこに重要な何かがある、ということ。しかもそれが何かを知っていた。私たちや博士のこと、今回の脳波測定のことも知っていた。であれば、少し前からここに盗聴器が仕掛けられていたはず。だからああ言えば犯人はきっと、ここに戻ってくるに違いないわ……と思ったんだけど……)
誰も研究室に入ってくる気配はない。
(もしも……盗聴器が仕掛けられていなかったり、メディアカードを盗んだ後、誰も何も聞いていなかったら、わたし、これからどうすればいいの?)
相変わらず、誰も研究室に入ってくる気配はない。
(もしも……最新鋭の見えないカメラかなんかが仕掛けられていて、今、こうして隠れているわたしの姿とか全部相手に見られていたら、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……死にたくなるくらい……)
だが結果的に言えば、特殊捜査官としての勘は
何者かが研究室に入ってきたのだ。霞が気付かれないようソファの陰から確認したところ、一見地味な30代前後の男で、白衣を着ていないところを見ると、研究者ではなさそうだ。
彼は部屋の様子をうかがい、誰もいないとみるや涼音のコンピューターに近づく。
「探し物は何かしら?」
突然声をかけられ男があわてて振り向くと、背後に忍び寄った霞はすでに撮影の態勢をとっていた。
「いっ……いたのか!」
間髪を入れず、蹴り飛ばす。
そして倒れた相手に馬乗りになり、ズボンのポケットに手を入れると、なくなったメディアカードがあった。
(やったやった! 他に何か、身分がわかるものはないかしら~♪)
うきうきしながら霞が男の上着の内ポケットをまさぐると、IDカードが見つかる。
(さあ、どこのどなたかしら~♪ って……あれ?)
それは霞がよく知る、とある組織のものだった。
(これは…………どうする? 霞)
暴れようとする男を後ろ手に抑えながら、しばらく考えて冷静さを取り戻した霞は、取り急ぎ撮影していた動画を京子に送信し、状況を伝えることにした。
「警察さん、大学構内で窃盗です。場所は木村敦研究室。現行犯を私人逮捕しました。指示をお願いします」
『了解。直ちに現場に向かいます。動画の撮影はそのままでお願いします』
「わかりました」
他人行儀に言って通話を切ると、霞は事情を説明するメッセージをアナログコードで京子に送る。
犯人のカードキーは床の上に転がっていた。
◆◇◆
10分後、こんこん、というノックの音に続き、男の声が聞こえた。
「警察です。大丈夫ですか?」
「どうぞ、入ってください」
霞が自分のカードキーでドアを開けると、大柄な男性警官と細身の女性警官が入ってきた。
女性警官は探知機を取り出すと、すぐに盗聴器の場所を探りあて、押収する。
男性警官はしばり上げられていた犯人の情報をIDカードから特定していた。
「俺はこの男を連行する。
「はいっ」
男性警官は犯人に手錠をかけ、自分につなげると、そのまま部屋の外に出て行った。霞は残された女性警官と目を合わせ、ほっと一息ついた。
「久しぶりね、霞ちゃん」
「ご無沙汰してます。詩歌さん」
◆◇◆
男性警官と女性警官は、良助の義理の両親だった。二人とも現役パトロール隊員で、高橋家とは
「京子さんから連絡があって駆けつけたけど、結局なんだったの?」
大学の廊下を歩きながら、霞より頭一つ高い詩歌が小声で聞いてきた。
「わたしたちの研究データが盗まれたんです。これ。しばらく使うのでわたしの方で預からせていただいてもいいですか?」
そう言って霞がメディアカードを見せる。
「わかったわ」
霞を信用しているのか、詩歌は一言で答えた。彼女も若く見えるが、いつも私服の京子と違い、ショートボブの髪が制服が似合って見える。
「それと、研究室に入るためのカードキー。これはおそらく、犯人がどこからか盗んだものだと思います。わたしの方で元の所有者を特定してからお渡ししますね」
「ありがとう。けど、犯人が
「それが全然わからないんです。犯人がわたしのことをどこまで知っていたのか、も」
「その研究データって、貴重なものなの?」
「貴重です。少なくともわたしたちにとっては。ただ、それを知り得る人なんていないはずだったんですが」
「おかしな話ね。ところで良助は? 昨日帰ってこなかったんだけど」
「大丈夫です。今食堂でミーティング中だと思います」
そう言って霞は学生食堂のテーブルに目をやった。
「あ、あそこにいますよ、良助。会っていかれますか?」
「ううん、やめとく。こんな格好で出て行ったらあの子も嫌がるだろうし、今日は忙しくなりそうだから――」
「わかりました。本当はわたしもこのまま本部にうかがいたいんですけど、彼らに説明して、カードの所持者を確認してから後で追いかけますね」
「わかったわ。お願いね」
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