(63)圧倒的なセンスのなさ

 真奈美たちが食事を作っている間、玲と雅也と良助はソファに座って考え事をしていた。


「僕ちょっと、気になることがあるんだ」


「なんだ?」


 顔を上げた玲が視線を向ける。


「あのソフトを誰が作ったのかわからないって言ったけど、少なくとも博士じゃないな、って。直感なんだけど」


「なぜそう思う?」

 良助も雅也に目を向けて聞いた。


「なんていうかプログラムの書き方が、がさつなんだよ。博士のイメージと違うっていうか、やっつけ仕事っていうか、余裕がない中で書いてますって感じがした」


「プログラミングって書き方でそこまで読み取れるもんなのか?」


「性格は出ると思う。デックだって便箋にこだわっただろ?」


「まあ、そうだな」


「で、同じ線でスカンディナビアでもないと思ってる」


「となると、やはり大学病院ってことか?」


「だがそうなると今度は『大学病院はどうやって博士の情報を手に入れてあれを作ったのか?』ってことになる。博士自身は大学病院の研究については何も知らなかったようだが……」


 そこまで言って玲が黙る。


「おっと、そういえば聞いてなかったが雅也、ソフトに博士を消し去るようなものって組み込まれていなかったのか?」


「なかった。僕もそれを探していたんだけど」


「まさか博士はあの時、ヘッドセットをかぶってなかった、ってことはねーよな?」


「それはない。僕が部屋を出る直前に博士がヘッドセットをかぶるのを見たから。その後すぐOKが出てサーバーを起動させたし、異常終了でデータが破損したってことは、ヘッドセットを途中で脱いだり、電源を切ったりってこともしていないはず」


「じゃあ、それを前提で考えると、博士は――」


 そこまで良助が言いかけたとき、


 ――ガチャ


 キッチンのドアが開いて真奈美が出てきた。


「お待たせ~。できたから運んで~」


「はいはい。今日は何かな?」

「雅也の好きな、鍋よ~♪」



 ◆◇◆



「しっかし、帰り道があれだけ復旧しているとは思わなかったぜ」


 鍋をつつきながら、良助が言った。


「この調子だと明日からタクシーの運転が再開っていうのも、間違いなさそうね」


 取り皿によそいつつ霞が答える。


「だけどまだ完全には舗装されてないからタクシーもホバー系とリニア系は無理で、低速車両系に限られるってさ。それでも歩いて行くよりは全然ましだけど。みんな明日はどうする?」


 お茶を注ぎながら真奈美がたずねた。


「わたしは研究室。システムのロックされた箇所を特定しなくちゃ」


「……私も……演算室……状況確認」


「じゃあお弁当作るね~」


 霞たちにうなずくと、お椀を持った真奈美は横目で雅也たちをうかがう。


「玲、僕らどうする?」

「そうだな……」


 そう言ったきり、返事がない。


「玲?」

「…………」


「玲、どうした?」


 様子がおかしい玲の顔を雅也がのぞきこんだ。


「あ、いや……なんでもない」


 そう言いながら、玲は食事にまったく手をつけていなかった。


「玲ちゃん大丈夫? 食欲ないの?」


「すまん。そういうわけじゃないんだが……俺、今日は帰るわ」


「おいおい、どうしたよ」


「なんだか頭が働かないんだ。一晩休んでくる」


 あわてる良助に答えると、玲はいきなり席を立った。


「あ、そう。無理しないでね」


 そのまま真奈美に見送られて応接間を出て行く。


 そして、真奈美が戻ってきたところで、霞が口を開いた。


「どうしたのかしら?」

「は?」


 意外に思った良助が聞き返す。


「だって明日のお昼のこと考えたら、大学に行くか、ここに残るかくらい言っていけばいいのに。まなみん困るじゃない」


「あの……霞さん、なんでそんなに玲に冷たいの?」


 非常に言いにくそうに伝える雅也。


「え? わたしが? 特にそんなつもりないけど――」


「おいおい、どー見ても相当不機嫌そうだったじゃねーか!」


「わたしが? うそ!」


「本当です。それで玲は、かなり気を使ってたと思う」


「この鈍感男が言うんだから間違いねえ」


「……確かに」


「あ……あれ? ひょっとして、わたしが原因だったの?」


 自分を指さしながら引きつった笑みを浮かべる霞に、みんなが頭を抱えた。

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