(62)時をつなぐ演算

「大丈夫よ! 地震の影響で10日間キャンセルばっかりだった。さっそく押さえたわ!」


「おおっ!」

「よしっ!」


 雅也と玲がガッツポーズで叫ぶ。


「……手伝って」

「よしわかった!」


「あたしたち、ひょっとして頭おかしいのかな?」


「もう慣れたわ」


 霞は微妙な笑顔を見せた。



 ◆◇◆



 第5演算室でテーブルを中心に輪になると、涼音が図面をみんなに見せた。


「……ここを中心に……全演算室を……つなげる……配線……お願い」


「わかった……けど涼音ちゃん、ケーブルは?」


「もちろん持ってきたぜ」


 良助が雅也に台車の上の大量のケーブルを指し示した。


「こういう雰囲気、なんとなくわくわくするのよねー」


 腕を組んで微笑む霞。


「壮大な学芸会って感じだよな」


 玲が話を合わせたとき、


「学芸会?」

「ってなに?」


 真奈美と霞に聞き返された。


「ん? 小学生の時やらなかったか? 学芸会」


「僕らの学校では演劇とかやっていたんだけど」


 玲と雅也が説明する。


「「え? ホロばっかりで演劇とかやるの?」」


「ああ。もちろん俺らもホロなんだけど、準備の段階から雰囲気が妙にリアルっぽいんだ」


「そうそう、発表の日に親も見に来るんだよね。5年の時は玲が主役だったっけ? 時代劇の本番で突然セリフ変えて空気凍らせたよね。クライマックスで『肉を切らして骨も切る』だっけ? 意味わからな過ぎてみんなひいてたし」


「だからそういう人の過去をばらすなっ!」



 ◆◇◆



 すべての演算室をケーブルでつなぎ終え、再び第5演算室に集まった。涼音がハードの構成を確認し、メディアカードをつないで演算設定を行う。


「……タイマーセット……時をつなぐ演算……開始」


 涼音がボタンを押すと、サーバールームのファンの音が大きくなった。


 全演算室をつないだ大規模クラスタが立ち上がり、タイマー表示が演算終了までのカウントダウンを告げる。


「……第54……演算室まで……予定通り……起動済み」


「計算通りだな」


 涼音の後ろから見ていた玲がうなずいた。


「今さらだけど、壮観ね」


 至る所から響く騒音の中を見上げ、霞がため息をつく。


「だけどさ、システムロックって地震の影響なのかな? 気になるんだけど」


 ドアを開けながら雅也が言った。


「わたしのほうで調べてみるわ。涼音、後で該当部分の情報ちょうだい」


「……了解」


「とりあえず休憩しようか?」

 真奈美が玲を見た。


「ああ、カフェテリアに行ってみるか。コーヒーくらいあるだろう」



 ◆◇◆



 他に誰もいないカフェテリア。しかし機能していた。


 飲み物を受け取っていつもの席に座る。


「いやー、くたくただぜ。頭使いながら動くって大変だよな?」


「あんたと雅也は大学病院行ってたもんね。そういえばかすみん、家は復旧して……ないわよね」


「全壊でしばらくは無理ね」


「じゃあ今日もうちだね。あたしも一人でいると心細いし」


「……今晩……料理……どうする?」


 涼音の言葉にみんなが玲の方を見た。


「えっ? 俺? って今日か?」


「冗談よ。あなたがずっと考えてくれているから今のわたしたちが成り立っているんだもの。手間はかけさせられないわ」


「そ、そうか? ありがとう」


 玲と霞の間にただならぬ雰囲気が生まれる。


「雅也ちょっとお手洗いつき合って」

「ん? 僕?」


「……デック……私も……」

「は? あ、ああ……」


 男子二人が女子二人に引っ張って行かれる。



「……なんか、気を使わせちゃったみたいね」


「ああ」


 残された霞と玲、二人とも下を向いた。



 ◆◇◆



「ずっと語りあってるね。あたしたち、戻るタイミングあるかな?」


 物陰でこっそり玲と霞を見守りながら、真奈美が小声で言った。


「……あ……かすみん……席立った」


「おいおい、こっち来るぞ」

「僕、もっかいトイレ行ってくる」


 だが、そんな雅也を呼び止めるように霞の声が聞こえた。


「そんな気を使わなくていいわよー」


「うわっ!」


 良助がのけぞる。


 霞は四人の横を通り抜け、そのままトイレに向かった。


「……かすみん……不機嫌そう……」

「とりあえず、戻ろうか」

「そうだな」



 ◆◇◆



 テーブルに四人が戻って来ると、玲はぼんやり座っていた。


「玲、これからどうする?」


 横に腰をおろしながら雅也がそれとなく様子をうかがう。


「そうだな……ちょっと待ってくれ」



 一同、沈黙。



「玲ちゃん、元気出して」

「別に体調は悪くないが?」



 一同、沈黙。



「……玲くん……飲み物……空だよ?」

「あ、ああ」



 一同、沈黙。



「おいお前、かすみん怒らせたら、やばいぞ!」


 しびれを切らして、良助が言った。


「は? 霞、怒ってんの?」

「…………」


 良助と玲の目が合ったまま、二人とも黙り込む。


「相当機嫌悪そうだったよ、ありゃ」

「いったいなんて言ったんだ?」


 真奈美と雅也が玲に詰め寄った。


「いや、普通に日頃の感謝の意を述べてだな……」


「……自爆」

「え?」


「あのさ玲ちゃん、あんたの超絶コミュ力って、チームのためにしか働かないの? 自分自身のことになるとダメダメなの?」


 真奈美がため息をついて首を振る。


「…………」


「まあ、しょうがねーな、オレもかすみんとのつき合いは長いが、未だにあいつが何考えてるのかわかんねーからな」


 黙り込む玲に耐えられなくなったのか、良助がフォローした。


「なんで? あたしたちの中で一番まともだと思うけど?」


 真奈美に涼音がこくっとうなずく。


 雅也が真剣な顔で、


「これは僕の仮説なんだけどさ、きっと玲の回りくどい話し方が霞さんの膀胱の耐久力を限界に追い込んで――」


「「「てめーは黙ってろ!」」」


 真奈美たちが立ち上がって雅也を怒鳴ったところで、


「おまたせー、あれ? どうしたの? みんな」


 霞がにこにこ顏で戻ってきた。


「あ、いや、遅いからそろそろ帰ろうかって――」


「そうね。これからご飯の支度しなくちゃいけないもんね」


「「「「…………」」」」

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