第21話 時をつなぐ演算

(61)予知と予想

「そしてこのソフトは、やっぱり博士のために作られたものなのかもしれない」


「なぜそーなる?」


 ついていけない良助が説明を求めた。


「『予知能力って、時間を指定できるものなのか?』ってデック、前に言ってたじゃない。博士は自分が消える日時をはっきりわかっていたのか? って」


「ああ、確かに言ったが?」


「その通りだったんだ。博士ははっきり日時までわかっていたんだよ。だけど、予知能力を持つ人間みんながそうじゃないでしょ?」


「予知能力を持つ人間なんか他に知らねーよ!」


「まあね。でも博士はいつどこで何が発生するのか、正確に予知することができた。それを踏まえて具体的にアウトプットできるソフトが作られていたんだ」


「まてまて! ソフトを作ったのは大学病院なんじゃねーのか?」


「確かに草吹先生は自分が作ったって言っていたけど、先生の記名はなかった」


「じゃあ、あのソフトの開発には博士がからんでたってことか?」


「そこまではまだ、わからないけど」


「あ、あのさ、例えばなんだけど、予知ってどんな感じなのかな?」


 雅也の横から真奈美が口をはさんだ。


「というと?」


「あんたの話でいえば、何年何月何日何時何分何秒にどこどこで何がどうなっているか? って情報が完全にあってこその予知ってことよね? 漠然としていないというか、具体的に完全にイメージ化されているというか」


「うん、そうだね」


「じゃあ、いい? みんなイメージできる? 『2059年の5月25日』にどんな光景が広がっているか」


 一同、沈黙。


「たぶん今、みんな同じことを想像したわよね? あの何もない動画を」


 真奈美がにやりと笑った。


「お前な、まだあのゲームやりたりねーのかよ?」


「違うの、逆じゃないかなって思ったの」


「ん? どういう意味だ?」


 それまで黙っていた玲が聞き返す。


「なんていうか、『予知』って自分の頭に未来のイメージが飛び込んでくるんじゃないかなって」


「えっ? なんで?」


 雅也が驚いた。


「例えば、あたしたちが何かを検索するときって、やっぱりキーワードを使うのが主流じゃない? 漠然としたアプローチもあるけどさ。予知って最初はそんな感じかなって思ったの。けどそれで引っかかる検索結果なんて、ごまんとあるわけよ。それがいちいち見えてたら、頭おかしくなっちゃわないかな?」


「まなみんが言ってるのはつまり、人間の予知はピンポイントで重要な場面が頭に飛び込んでくるようなものじゃないか? ってこと?」


「そう。『人間の無意識』の中に予知能力がある可能性があるってどこかで見たことがあったから」


「無意識?」


「恥ずかしい話なんだけどあたし、昔からなにかで失敗すると『こんなことしちゃったから失敗してしまった!』って強く意識する、というか念じるくせがあるの。もちろんそれは、二度と同じ過ちを繰り返したくないからなんだけど、そうすることで、その後の失敗とか後悔が極端に減るのよ。きっとあたしが強く念じて『別次元にいるあたし』に注意を送ることで、逆に『別次元で失敗したあたし』も事前に無意識を通じてあたしに注意してくれているからじゃないかな? って思うの。どう考えてもオカルトなんだけどね。だけど実際、何か見えない力が働いていて、失敗を未然に防いでくれてるんじゃないか、って思うのよ。あたし本当にドジだから、もっとたくさん失敗こいててもおかしくないんだけどさ」


「お前はオレか?」

 良助が真顔で言った。


「うそ、あんたもなの?」


「オレはむしろ、何かがうまくいった時に『もしあの時違った方法とっていたら、思いっきり失敗していた』って強く意識するな」


「あ、まさにそれだわ。あたしもそれやる。あたしの中では『先回り既視感デジャヴ』って名付けてる。実際デジャヴの回数は昔から比べて減ったんだけど、あれも別次元のあたしの経験が無意識を介して経験として思い出されているんじゃないかな、って思うんだよね」


「まなみんの中ではすでに公理なのね」


 そう言いつつも霞は、真奈美と良助は実は似た者同士だったのだと思った。


「でね、心理学では『無意識』は自分を守る存在って話だけど、超能力的な予知って大体そんなものだと思ってたのよ。危機に対して過敏に反応するというか、そこを優先して対処するというか。だって『明日なんかいいことないかなー、予知ってみるかー、あー、明日もなんもないわー、ひまだわー』みたいな流れの予知したって無駄じゃない?」


「無駄っていうか、嫌だ、そんなの」

 玲がぼそっと言った。


「でしょ? 人工知能的な論理的予知がどの程度なのかわからないけど、人間の予知能力だとしたら、そっちかなって思って――」


「それが今回の予知は、やっぱり人工知能的なタイプなんだ」


 雅也が断言する。


「ってことはやっぱり、通常の視覚記憶じゃなかったってこと?」


「うん。演算で時系列的に確定事項から分析していたから。過去の前提を積み重ねて結果を導いているんだ。だから、それに対してもう一度演算にかけたいと思う」


 雅也の言葉に玲の目が鋭く光った。


「二つの動画の間の『二年間の推移』を割り出すってことか?」


「そう。合理的な事情の積み重ねの上に成り立っている予知ということは、その結果を導く過程もすべてわかっているはずなんだ。だから、ノバスコシアの演算室でこの空白の二年間に何が起きるのか、それを知ることができれば――」


「……演算時間……計算してみた」

「はえーな! 涼音」


「……動画1と動画2の……時をつなぐ……演算……22343時間かかる」


「単純計算で930日くらいだな」


 玲が冷静に暗算する。


「意味ねーじゃん! 二年超えてるっつーの! すでにその時来てるっつーの!」


「涼音ちゃん、本当にそんなにかかるの?」


 頭を抱える良助の横で疑問に思った雅也がたずねた。


「……何か……ノバスコシアの……システムの……一部機能が……ロックされてる」


「地震の影響かしら? 特にそんな情報なかった気がするけど」


 霞が首をかしげる。


「間に何か、マイルストーンか何かを置くことができれば、あるいは――」


 頭をかきながら雅也が言いかけた。


「だが未来の手掛かりなんて、他にねーぞ?」


「待って! あたしたちが前に保存していた人間の遺伝子情報と、地質変動、衛星データは使えない? ロック該当箇所かもよ?」


 真奈美の言葉にひらめいたように玲が立ち上がって言った。


「よし、演算室借り切るぞ! 涼音、第1から54演算室、全部使ったらどうなる?」


「マジか! 使えるのか? っていうか演算室ってそんなにあったのか?」


「……並列処理に……組み替えて……240時間」


「え? 10日?」

 唖然とする霞。


「効率化の鬼かよ――」


「もう一度演算室スケジュール確認してくる!」


 良助の言葉をさえぎるように言うと、真奈美は走って出ていった。

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