第22話 アルジャーノンにあざとさを

(64)脳力の限界に挑戦

 翌日、結局六人とも大学に向かうことになった。到着後、涼音が演算室を巡回する間、研究室の中で霞がコンピューターで調べごと、その後ろの円卓では玲と他の三人がコーヒーを手に議論を始めようとしていた。


「玲ちゃん、もう大丈夫なの?」


「問題ない。というかこれ以上時間を無駄にできない」


「なんで? まだ急ぎでやらないといけないことあったっけ?」


 真奈美に玲がうなずくと、他の二人を見ながら続けた。


「演算結果が出るまで残り9日間で仮説を立てまくるぞ」


「仮説? 何のだ? 演算結果についてか? それ、意味あんのか?」


 良助の言葉に玲が首をふる。


「演算が終われば今後二年間の出来事がわかるはずだ。だがそれだけが大事なんじゃない。問題に対処するためには『なぜそれが起きるのか?』の方が重要なんだ。今のうちに仮説として想定しておき、自分たちの中でイメージを作っておかなければ膨大な量の情報から本質をつかみきれなくなる。結果が出た後ではきっと、その結果にとらわれてしまい、俺たちに関係する問題の『予兆』に目が向きにくくなるだろう。だから今のうちにできるだけ原因となるものの可能性を想定しておき、演算結果が出たら今度はそれを一気に消しにかかるんだ。事前に対象をしぼりこんでおき、仮説とつながる結果を照らし合わせて選別して、対処すべき問題を特定していくんだ」


「でもさー、それってほとんどあんたとデックと雅也の仕事じゃない?」


「オレじゃねーよ! ほとんど玲と雅也の仕事だ」


「いや、むしろ雅也の仕事だな」


 三人分の無責任な視線が雅也に向けられた。


「なんで僕だけなんだよーっ!」


 泣きそうな声を出す雅也に、真奈美がため息をついて言った。


「しょうがないなぁ。あたし、記録係やるから今から録音するね。かすみん、そっちの音も拾っちゃうかもしれないけど、いいかな?」


「いいわよ」


「では、まずは原点に立ち返って、博士について考えていこう」


 玲の言葉に、さっそく雅也が手を挙げた。


「じゃ、僕から。昨日玲とデックには言ったけど、ソフトは大学病院側が作ったと思う。でもそれにはどうしても博士の情報が必要だと思うんだ。だから大学病院と博士には実は以前から関係があったんじゃないかな?」


「ちょっと待て雅也、オレもそれを考えていたんだが、もし、博士と同じような予知能力者が他に存在するとしたらどうだ? そして大学病院側がすでにそいつを手に入れているとしたら? 涼音がデータを復旧させる前から奴らは地震のことがわかっていたからな!」


「では両方の仮説を立てていこう」

 目をつぶったまま玲が言った。


「おじいちゃんと同じようなケースって、やっぱり研究者なのかな?」


 メモを取りながら真奈美が疑問をぶつける。


「わからねぇ。ただ大学病院の精神科とかでそういった研究もされている気がするがな」


「だけどデック、草吹先生はリアルホロの存在を否定してたじゃないか?」


「そこが引っかかるんだよ。オレも自分の記憶をなくしたことがあるから考えたんだ。もし今の技術が当時にあったら、それまでのオレの記憶だって再現できる可能性があったんじゃねーかって。それにお前らの脳波情報を元に涼音のクラスのホロが作られ、かつアップデートされてたってことはだぞ? 過去のお前らが実際に過ごした時間と涼音と共有する時間、両方の情報を矛盾せずに組み合わせる必要があるはずだろ? だがそんなこと、スカンディナビアだけでできるとは思えねーんだよ。実際に玲のホロは過去の玲の性格を再現しつつ、涼音との経験も共有しつつ、さらにアップデートで成長していたわけだろ?」


「つまり、大学病院はすでに俺たちの記憶のデータも持っていると。だから明らかに黒で、草吹氏の証言は信用できない、ってことだな? 確かに記憶喪失の患者に自分の過去を視覚化して見せたり、脳にシンクロするような情報を送ることで記憶が取り戻せるのであれば、医学的にも貴重なサンプルだしな」


「なるほど、やっぱそうだよね」


 良助と玲の考えに雅也がうなずいたそのとき、


「えっ?」


 モニターを見ていた霞が突然声をあげた。


「どうした?」

 立ち上がった玲が近寄ってくる。


「ノバスコシアのロック箇所が増えてるの。しかも他のシステムにまで広がっているんだけど」


「地震との関連性は?」


「まったく関係なさそう。緊急避難的なアクセス禁止でもないみたい。地震より前からロックされ始めているから――」


「いつからだ?」


「それが……博士が消えたあの夜からなのよ」


「なに?」


「具体的な時間はばらばらだけど、最初のロックは博士がいなくなったあの晩。それからどんどん増えてきてる」


「ってことは、このままロックの箇所が増え続けたら、システム全体の機能が停止するってことか?」


 玲の背後から良助も聞いてくる。


「クリティカルな部分はまだみたいだけど、今後どうなるかわからないわね」


 霞が答えたそのとき、涼音が研究室に戻ってきた。


 そして微妙な空気の中、経過を報告する。


「……予定通り……進んでる」


「今のところは影響は出ていないってことか。だが万が一に備える必要があるな。まなみん、演算室使用の期間延長、これからできるか?」


 その玲の言葉に、真奈美は椅子から立ち上がった。


「すぐ確認してくる!」

「あ、僕も行くよ」


 そう言って二人が研究室を出て行った。



 ◆◇◆



「雅也、ありがとう」


「どうしたの? 体調悪い?」


 鈍感な雅也が気がつくほど、今日の真奈美は朝から顔色が悪かった。


「いや、なんか、あたしにもできることないかなって思ってるんだけど、最近頭があんまり回らなくてさ、雑用ぐらいしか手伝えそうにないんだよね」


「そんなに気にする必要ないよ」

「ありがとう」


 そのまま大学の受付に到着した二人。真奈美がパスの認証を通して確認すると、


『申しわけございませんが、すべての演算室にすでに予約が入っております』


「うわ……そうなんだ……」


 ホログラムに愛想よく断られ、雅也が頭を抱える。


「まあ、今回はたまたま全室予約取れただけだし」


「でもそうなると、今後増える可能性のあるアクセス禁止箇所をくぐり抜け、予定通りに演算が終わらなければ、厳しいってことか」


「配線つなげた演算室を元に戻す時間も考えないといけないしね。とりあえず玲ちゃんに伝えなきゃ」



 ◆◇◆



「さすがに10日以降は全部埋まってたわー」


「うわー! マジかー」


 良助の顔がゆがんだ。


「涼音、撤収作業含めて、演算途中のデータを保存する先はあるか?」


「……まなみんの……家の……演算サーバー」


「お! あったな、そういえば返すの忘れてた」


 無責任に玲が言い放つ。


「おいっ! あれ借りたのオレ名義なんだけど!」


「すっかりうちの私物と化してたわ」


「本当は学外持ち出し禁止なんだよ」


 頭を抱える良助。


「そうだったの? 知らなかったわ~」


「まあ、しょうがないよ。やっちまったものはさ」


 他人事のように雅也がなぐさめた。


「てめーに言われると無性に腹が立つな」


「地震のどさくさにまぎれて延滞ということで、デック、すまんが後で始末書頼む」


「しょーがねーな。っていうか、ほかに始末書もんの奴もいるんだがな」


「え? なんの話?」


 視線を受けた雅也がとぼける。玲は涼音に目を向けて言った。


「予定通りに演算が終わらない場合のデータの保存、想定しておいてくれ」


「……了解」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る