(23)密かなたくらみ

「全員ほぼ及第点みたいだな。明日はディベートやるから、テーマを決めて後でみんなに連絡する」


 応接間で一通り採点が終わると、玲がすべての答案に目を通しながら言った。


「でもかすみん、大丈夫かなぁ?」


「大丈夫。オレが論文から確認しとくから」


 良助が答えたが、真奈美は心配そうにつぶやく。


「明日は来れるかなぁ?」


「そのあたりは心配ねーぜ、あいつも責任感じてるみたいだし。だいたい言い出しっぺが来ねーわけにはいかねーからな」


「わかった。楽しみにしてるって、かすみんに伝えておいて」


「おお、まかせとけ」



 ◆◇◆


 

「じゃ、オレはここでタクシー拾うから」


 四人が真奈美の自宅を出たところで良助が言ったとき、


「あ、デック、ちょっと話があるんだが、今日時間ないか?」


 玲が良助に声をかけた。


「時間? オレ、ひまだけど」


「ひょっとしてこれ使うの?」


 雅也が玲に荷物を見せる。


「ああ」


「ちょっと待ってて、僕、涼音ちゃんを送ってくるから」


「大丈夫……一人で……帰れる」


「おいおい、どうせすぐそこなんだろ? せっかくだからみんなで歩いていこーぜ」


「そうだな」


 良助に玲も同意し、四人とも雅也と涼音のマンションに向かうことにした。



 ◆◇◆



「このあたり誰も出歩かねーんだな、気持ち悪いな」


 きょろきょろしながら歩いていた良助が、小声で雅也に聞いた。


「デックのところは違うの?」


「まあ、何かにつけて外に出ていたな。オレ、空手やってたし」


「あ、そうか。スポーツとかやってたら外出できるもんね」


「うちの地域はそういうのが盛んだったからかもしれねーけどな」


 そんなことを話しているうちに、マンションに到着する。


 涼音がドアを開けて振り向いた。


「……ありがとう」


「また明日な!」

「お疲れ!」

「明日迎えに行くね」


 三人に見送られた涼音がにこっと笑ってマンションの中に消えていった。


「じゃ、デックの家に行くか」


 すでに決まっていたかのように玲が告げた。


「え? オレんち来んの?」

「ダメか?」


「かまわねーが、何するんだ?」


「『仮想世界体験』さ」


「は?」

「行ったこと、あるんだろ?」


「いや……ねーけど」


「「えっ?」」


 玲と雅也が驚いて顔を見合わせた。


「お前らは?」


「まだ12歳なもんで、蓋開いてないんだよね、僕ら」


「だからデックのヘッドセットに雅也の作ったこれをつなげて、俺らも行ってみようと思ってさ。『教育システム』とは全然違うんだろうからな」


 言いながら玲が良助にケーブルを渡す。


「お前ら、マジでそんなこと考えてたのか?」


「それが、俺はやめとけって言ったんだが、雅也が――」


「逆だろ!」


 あわてて雅也が否定するが、玲は無視しながら良助に聞いた。


「興味ないのか?」


「いや、ある。これまで考えてなかっただけで」


「じゃ、決まりだな」



 ◆◇◆



「っていうか、雅也。お前、これ一晩で作ったのか?」


 タクシーの助手席でケーブルを手にしながら良助がたずねた。


「うん、似たようなものは昔作ったことがあったから。無線でつなげるとどうしても情報が外に漏れちゃうからしょうがないんだよね」


「そこまでわかってるんだったら自分で行けばいいじゃねーか」


「無理だよ。蓋の仕組みとかわかってないし。っていうかデック、これまで一度も仮想世界に行ったことがないってことは、どうやってアクセスするのかも知らないの?」


「ああ。考えたこともなかったからな、さっき言われるまで。逆にお前らはマジで外出したことなかったのか? これまで」


「なかったな。小学校に上がってから、長いこと。去年雅也に会うまで」


「そっちのほうがすげーよ。オレにゃ耐えられねえ」


 そう良助が口に出したところで、タクシーが到着した。



 ◆◇◆



「ここだ。そっちがかすみんちでこっちがオレんちだ」


 エレベーターで8階まで上がると、良助がドアを開けながら説明した。


「何もないが、上がってくれ」


「他人の家にお邪魔するのって、まなみんのところ以外では初めてだよ」


「俺もだ」


 二人ともきょろきょろしながら良助の自宅を歩く。


「かすみんはしょっちゅう来てるぜ」


「えっ?」

「そうなのか?」


「うちのカギ持ってるしな」


「そんな仲いいの?」

「お前らつき合ってるのか?」


「違う違う、かすみんは姉貴みたいなもんなんだよ。で、ここがオレの部屋だ」


 良助の部屋は男子の部屋にしては小綺麗だった。


「で、このヘッドセットをどうするんだ?」


「ああ、設定を見せてくれ」


 玲が良助のヘッドセットを確認している間、雅也は自分たちのヘッドセットと自作コードを接続していた。


「よし、これで大丈夫だ」


 玲がコードをつなげて良助に手渡すと、三人がそれぞれ自分のヘッドセットをかぶる。


「どうだ? 見えているか?」


 ボタンを押してヘッドセットを起動させた良助が二人に確認する。


「見えてるぞ」

「僕も」


「じゃ、始めるぞ」

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