(24)仮想世界へようこそ!

 三人は仮想世界バーチャルワールドの入口に立った。良助の『感覚』を玲と雅也が借りる形で。


『こちらは仮想世界音声ガイドです。初めての登録ですね?』


 女性の声が流れた。


「えっと、どうすんだ? これ」


「そのままアカウントを登録するんだ」


 戸惑う良助に玲が説明する。


「最初の段階でこっちが男か女かわかってるんだねー」


 雅也が感心する中、登録が完了し、ガイドの声が響いた。


『それでは仮想世界をお楽しみください』


「なんかドキドキしてきた」


 そう言いながら良助が脳波で操作すると、画面が切り替わる。


 ◆◇◆


「ん? ここはどこだ?」


 三人で同じ光景を見ていることを再確認するように、玲が言った。


「部屋の中だね。きっとここが仮想世界におけるデックの家なんだよ」

「ってことは隣はかすみんの家か?」

「そういうことではない!」


「とりあえず外に出てみたら?」

「よし……ってあれ? 出られねーぞ?」

「なんだと!?」


 足並みがそろわない中、混乱する三人。


「これって、部屋に閉じ込められてるってこと?」

「ドアが開かねー!」


 あわててドアノブをガチャガチャさせる良助。


 逆に玲は落ち着きを取り戻した。


「別に出なくてもいいってことじゃないか?」


「ん? どーいうことだ?」

「あっ、そうか! 玲の言う通りで、ここってデックのプライベートスペースなんじゃないかな? 基本的に他人が入ってこれないというか、プライバシーが守られてるんだよ」


 雅也の言葉にドアノブから手を離した良助があらためて部屋の中を見回すと、自分の部屋と同じくらいの空間に、ベッドが一台しかない密室だ。


 だが、ここで何をしろと?


 突然、玲が思いついたように言った。


「空、飛べるか?」

「え?」


「宙に浮けるかやってみるんだ。夢の中で空を飛ぶみたいに」


「そんなことできるの?」


 雅也が聞いた瞬間、


「おっ、浮いたぞ?」


「うわっ! いきなりはやめろ!」

「なんだよ! この浮遊感!」


 自分の意志が伝わらないままに体が持っていかれた二人はあわてた。


 逆に良助は面白がる。


「そのままベッドにダイブっ」


「びっくりさせるなっ!」

「ふかふかだ。けど自分でコントロールできないから気持ち悪い……」


 勝手に自分の体を動かされる感覚に、雅也はホログラフィ理論の悪夢を思い出した。


「ちょっとよくわからねーんだが、家で寝ているのとは違う気持ち良さだな。意識はこっちに持ってかれてるし」


「実際は俺ら、座ってるしな」


 そう言いながらも玲の感覚は完全に良助と同期している。


「けどよ、他にできること、ねーのか?」


「きっと他の場所に行くような設定があると思う。デックの脳波でインターフェイスを呼び出せないかな?」


「インターフェイスってなんだ? お、これか?」


 良助が意識を向けると、雅也に言われた通り、視野に半透明のウインドウが表示された。いくつかの項目が並んでいる。


「デック、左下のボタンって何?」

「えっと、これか? ああ、いくつかチャンネルがあるな」


 画面の中のボタンを良助が脳波でいじりながら調べる。


 ヘッドセットの外では、いつの間に入ってきたのか、霞が三人に冷たい視線を送っていた。


「おいデック、そこにB級アダルトチャンネルってあるじゃないか、そこ見てみようぜ」


「え、どこだよ?」


「左下から三番目のやつかな?」


「あ、これか」


 良助がボタンを押すと、突然目の前に女性のホログラムが現れた。


「うわっ! びっくりした」


「触ってみろ」

「え? これ触れんの?」


 そう言って女性の二の腕に手を伸ばす。


 ――むにゅっ


「「「お!」」」


 ――むにゅむにゅっ


 ……ごくり


 三人ともつばを飲み込んだ。


 ――むにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅっ


「ちょ! デック、もみすぎっ!」

「いや、それが止まんねーんだよ!」


 言いながら良助が手を離す。


「お前手癖悪いな」

「ひょっとして霞さんにもこんなことして――」


「するわけねーだろ! 張り倒されるわ!」


「あれ? これ、女の子変えられるんじゃない?」

「右のボタンだな」


 二人に言われて良助がボタンを押すと、サムネイルリストの選択画面が現れた。


「おー、いろいろあるじゃねーか!」

「熟女っぽいのから宇宙人っぽいコスプレまで……」


「人気順にしてみろよ」


「人気順っと」


 玲に言われて良助がボタンを押す。


「な、なんだこれ?」


 玲が声を出した。


「なんか……若すぎない?」

「ああ、こりゃどうみても小学3、4年生だな」


「こんな需要があるのか? 想定外すぎるぞ!」


 その玲の言葉から雅也が思いついた。


「ねえデック、年齢設定できないの?」

「そうだな。何歳がいい?」


「俺は25」

「僕は16」

「じゃ、間を取って12で」


「それお前の希望じゃねーか!」

「最初から聞かないでよ!」


 ところが選択画面に現れた女性は、先ほどの画面とほぼ変わらない。


「みんな小学生の制服なんだけど!」


「全然ダメ! せめて20くらいにしろよ」

「そ……そうだな」


 もう一度画面が切り替わる。今度は大人の雰囲気の女性たちが現れた。


「おお! 大体イメージ通りだ!」


 玲の声が心なしか弾む。


「左上から二番目の、ショートカットで眼鏡の女性とかどうかな?」

「それはダメだ! かすみんの母ちゃんに似すぎ」

「なにっ? そんなに若いのか?」


「いいじゃん!」

「バカ! 罪悪感半端ねーだろーが! 今度会ったときに目、合わせらんねーよ」

「一番左上でどうだ?」


「それもダメ。右下のにする」


「結局全部お前が決めてるじゃねーか」

「そりゃそうだろーが。オレんだし」


「じゃ、それでいいよ」


 雅也の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで女性のホログラムが切り替わった。


「おっ、きたきた!」


「生々しいな……」

「デック、さわってみて! 早く!」

「あ、ああ」


 良助が恐る恐るホログラムの女性の腕にふれる。


「わっ、柔らけー!」

「…………」

「…………」


「……頭をでてみるぞ」


 髪をさわると、周囲にシャンプーの香りが広がった。


「おっ! いい匂いだ」

「すげー!」


 興奮気味の玲と雅也。


「次……どうする?」


 ドキドキしながら二人に聞いた。


「キス! キス! 早く! 早く!」

「おお、そうだ!」

(ごくりっ)


 がぜん盛り上がる二人。後押しされるように、良助が唇を女性に近づけようとしたそのとき、


『あれ? 君、初めてなのかな?』


「え?」

「え?」

「……しゃべった……ぞ?」


 良助が誰にともなく口に出した。


『当たり前じゃない。何言ってんのよ。あら、君、中学生なのね』


「あ、ああ……」


 生返事を返す良助。


「おい、どういうことだ?」


 声をひそめて玲が言った。


「ひょっとして、実体のある女性とつながってる?」


 そう雅也が口にした瞬間、


『あれ? 他に誰かいるの?』


 目の前の女性に疑いのまなざしを向けられた。


「うわっ!」

「やべ!」


 ――プチッ!



 ◆◇◆



 良助はあわてて電源を切った。

 ヘッドセットを脱ぐ三人。霞はすでにその場には

いなかった。


「びっくりした……」


 冷や汗をかきながら肩で息をする良助。


「せっかくいいところだったのに!」


 玲が不満をもらす。


「あほ! オレら何も知らねーのに続けられるかっ!」


「もう一回だけやってみようよ!」


 雅也が目を輝かせた。


「むりむりむりむり……」

「なんでだよー」


「いやさ、今気がついたんだがオレのホロ、学校と一緒で、今のこの恰好で出てたってことだよな?」


「設定を何も変えてなかったらそうなるな。というか隠してなかったのか? だとしたら相手に誰だかバレバレだぞ?」


「先に言ってくれよ!」


 暗い顔でぐっしょりと汗をかく良助。それを見て、玲と雅也は何かを思い出した。


「俺らの親もこういう世界に浸ってんのか……」

「それ考えるとなんか切ないな、男って……」


「お前らが言うな! オレのアカウントどーしてくれんだよ!」

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