第8話 仮想世界へようこそ!

(22)天才⇒ミミズ

「あんたたち、同じマンションだったの?」


 翌日の夕方、三人で博士の自宅につくと、真奈美がいきなり聞いてきた。


 きっと涼音が昨日のうちに報告していたのだろう。


「うん、そうなんだ」


「あきれた、それぐらい知っときなさいよ」


「だって、僕ら外出するようになったのつい最近だもん。涼音ちゃんもだよね?」


 雅也に話をふられた涼音がこくっとうなずく。


「そりゃうちだってご近所づきあいとかないし、周りに誰がいるとか知らないけど、住所くらいは調べられるじゃない?」


 真奈美が本当にあきれたように言った。


「え? どうやって?」


「どうやって……って、例えば、もう見せたくないけど……」


 真奈美が自分の一次試験の結果のプリントをみんなに見せる。


「ほら、ここ。うちの住所があるでしょ?」


「「「あっ!」」」


 三人が声を上げた。


「ひょっとしてあんたたち……気づいてなかったの?」


「そうか……」

「気づかなかった……」

「……うん」


「あたしにはあんたらの、その視野の狭さと反応が驚きだわよ……」


 真奈美がため息交じりに腕を組んだ。


「っていうか、まなみん生活力あるよね」


「いやいや、そういうことじゃなくて、常識でしょ、常識。そりゃテストには出ないけどさ」


 感心する雅也に答えた真奈美を、涼音がじっと見つめる。


 そのとき、


 ――ピンポーン♪

 と呼び鈴が鳴った。


「かすみんたちかな? はい。あ、どうぞ」


 インターホンを置いた真奈美がそのまま玄関に向かう。


「……まなみん……かっこいい」


 涼音がつぶやいた。


「そういうことは本人の前で言ってやれ」


「……うん……了解」


(玲は涼音ちゃんを扱うの、うまいんだな)


 雅也がそう思ったとき、


「えーっ、本当に?」


「わりーかよ。お邪魔しまーす」


 真奈美と良助の声が聞こえた。


 ――ガチャ 


「今日かすみん来れないんだってー」


「「えっ? マジ?」」


 真奈美の言葉に雅也と玲が同時に答えた。


「やっぱあんたたち、そういう反応するよね~」


「あ、いや……」


 雅也が真奈美から目をそらす。


「冗談よ。あたしも心底残念だもの」


「お前、丸くなったな」


 真奈美の意外な反応に玲が驚きの目を向けた。


「いやいや、かすみんと張り合おうだなんて思ってませんよ。どう見たって月とスッポンじゃない」


「いや、そんなことないよ」


「あ、そういう言い方、かすみんは大嫌いなんだぜ、雅也」


「え? なんで?」


「男の下心が透けて見えるような言い方は嫌いなんだとさ」


「ちょっと! 雅也はあたしをなぐさめてくれたんじゃない!」


 むきになって真奈美が口をとがらせた。


「まあまあ、落ち着け。始めないと時間がないぞ」


 玲がとりなしながら続けた。


「目標は、俺たち六人全員の合格だ。一人だけ落ちる、とか絶対に無いよう、全員でサポートし合いながら合格を目指す。ただいくらチーム戦略でカバーしても、根本的な能力が足りないと見られてしまっては元も子もない。そこでまずは基本的な論文から練習していこうと思う。いくつかテーマを考えたので、各自選んで書いてくれ。書き終わったら隣に回して採点し合いっこする」


「なるほど、全員が全員の内容を読んで咀嚼そしゃくして、互いの理解とベースアップをはかるってわけか!」


 納得したように良助が首を振った。


「そういうことだ。じゃあ、始めるぞ」



 ◆◇◆



 玲に言われた通り、各自が黙々と論文を書いていく中、雅也は久しぶりに使うペンで、指が痛くなった。


 しばらくしてストップウォッチが鳴ると、各自の答案が隣に回され、採点が始まる。


「おい玲、お前の論文、ちょっと難しくて、何書いてあるかわかんねーんだけどさ、どうすりゃいい?」


「そうか? どのあたりだ?」


「ここ、このくだりのところなんだが」


「ああ、これはだな『最新の物理理論では過去の量子力学論のパラダイムシフトがまだ消化吸収されておらず、唯物思想の可能性はまだ立証段階にない』ってことが前提なわけだが――」


「いや、悪いがさっぱりわかんねー。雅也か涼音が見たほうがいいんじゃねーか?」


「そ、そうか?」


「え、じゃあデックがあたしのを見るの?」


 反対隣に座っていた真奈美が良助に目を向ける。


「ダメか?」


「別にいいわよ。はい。あんたのちょうだい」


「ほらよ」


「ん? あれ?」

「なんだよ?」


「あんた……字、綺麗ね」

「そこかよ!」


「もっとなんか、こう、ゴリラみたいな字を書くかと」

「ゴリラは字書かねーだろが!」


「(小声で)いや、雅也の字って見たことある? あれ、ミミズとかってレベルじゃないわよ」


「ん? なんか僕のこと言った?」


「おお、雅也、お前のちょっと見せてくれよ」


「えっ? なんで?」


「いいから」


 そう言いながら雅也の答案をひったくり、字を見ると、


(うっわ……)

 良助は言葉を失った。


「どうせ字のことだろ? 内容が大事なんだから読めればいいじゃん。字なんか――」


「いや……すまん、マジで読めねえ」


「えっ?」


「ちょっと見せて」


 今度は真奈美が良助から雅也の答案をひったくる。


「これは……読めないわ~」


「ええっ?」


「玲も大概だけど、雅也、どんどんひどくなってる。勉強より字の練習しないと、マジでやばいレベルよ」


「やだよ! この年になってそんなことすんのやだ。っていうか本番は手書きじゃないし――」


「……見せて」


 涼音が雅也の答案をのぞき込んだ。


「涼音も読めないでしょ?」


 イラつくように真奈美が言う。


「……読めるよ」


「えっ?」


「ほら! 涼音ちゃんにはわかるんだよ! 僕の感性が、ソウルが、メッセージが!」


「ちょっと待って、ドバミミズは黙ってて。涼音、あんたの見せて」


「はい」


 真奈美が涼音の答案を見て、何かを言おうとした。


「えっと……」


「どうした?」


 良助がのぞき込む。


「これは……アートだな……」

「そうね……」


(僕の字とぜんぜん変わらないじゃないかーっ!)


 雅也は心の中で叫んだ。

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