(21)空間移動の疑似体験
「わたし……全然ついていけない」
霞の顔は青ざめていた。
「かすみん……」
真奈美にも霞の気持ちが痛いほどわかった。
「何も自信をなくすことはないんですよ。皆さんそれぞれに得意分野がある。涼音ちゃんは自分の得意なところと不得意なところをちゃんと理解しているのがすばらしいですよね」
「お、おじいちゃん。そうは言ってもレベルが違いすぎるよ!」
「そうかな? 本当にそう思うかい?」
「あたしたちに差がないとでも? 今の見てそんなこと、思えないよ!」
泣きそうな顔で真奈美が答えた。
「じゃあ聞くが、生物学的にタイムマシンにアプローチしたら、どうなるかな?」
「へっ? 生物学的アプローチ?」
「そう。真奈美だったら、生物学的な見方でタイムマシンを創造できるんじゃないかな?」
「それって……例えば……こういうこと? なんとなくなんだけど『無限の生命の創造』かな?」
「なんだそりゃ?」
良助の目が点になった。
「えっとね……例えば不死身の人間がいたとするじゃない? その人は過去から現在を生きているわけよ。だからその人の脳の記憶には多くの映像が詰まっているはず。だからその人の脳波を解析し、イメージ化することができれば、他人でもその人が見た世界を見ることができる。自分がダイレクトに過去に行けるわけではないけれど、空間移動の疑似体験ならできるかもよ?」
話を聞いていたみんなが黙る。
「あれ? あたしなんか変なこと言った?」
「まなみん……お願いだからわたしを置いていかないで」
「へっ?」
霞が涙目になっていた。
涼音もまじまじと真奈美の顔を見ている。
「タイムマシンへのアプローチは何も物理学だけではない、ということです」
博士が再び沈黙を破った。
「おー、さっき玲が言ってた『課題の条件として、どの自然科学的な思考からでもアプローチできる必要がある』ってやつだな。それぞれのアプローチがある、と」
妙に納得したように良助がうなずいた。
「そうです。だから私もタイムマシンで試験対策をするのは良いと思いますよ」
「じゃあ、なんとかなりそうだな」
そう言いながら良助が玲をちらっと見る。
「なら、明日からの対策、俺が準備して来ようと思うが、いいか?」
うながされるように玲がみんなに確認する。
「お願いするわ」
力なく霞が言った。
◆◇◆
博士の家から出たところで、良助と霞がタクシーを拾うと、
「じゃあ、また明日な!」
そう言って帰っていった。
見送った雅也が次のタクシーを拾いながら涼音に聞く。
「涼音ちゃんちの住所ってどこ」
「……わかんない」
「おい、マジか」
玲の顔がひきつる。
「……いったん……大学に……行く」
涼音が平然と雅也に言った。
「え? なんで」
「……道……覚えてる」
「ああ、そういうこと。来た道ね」
「……うん」
「了解。じゃ、涼音ちゃん、前に乗ってもらっていいかな?」
「……うん」
「雅也悪い、俺、歩いて帰るわ」
玲が申しわけなさそうに言った。
「まだ体調悪いのか?」
「すまん。後で連絡くれ」
「わかった。涼音ちゃん送ってから帰るから、家についたら連絡するよ」
「頼む」
◆◇◆
助手席に乗った涼音が目的地を大学に設定し、タクシーが走り始めた。後部座席に乗った雅也はさっきのタイムマシンの図面のことを思い出しながら、涼音とどう接すれば良いのか、悩んでいた。
雅也が絵を描いた涼音の凄さを感じたのは、その思考スピードだった。現代物理学で可能な部分、不可能な部分が切り分けられ、整理され、足りないところは何か、どうすれば時空を越えられるのか、真正面から挑んでいるように思えたのだ。彼女の頭の中ではきっと、タイムマシーンのイメージが繰り返しアップデートされてきたに違いない。残念ながら雅也の知識レベルでは理解できないところが多かったが。
(この子、いったい何者なんだ? 普段から何を考えてるんだ?)
涼音はさっきからずっと前を見ている。
そして一言もしゃべらない。
(困ったな。この子、話しかけにくい)
「……雅也くん」
しばらく黙っていた涼音が突然切り出した。
「はい」
「……起きてる?」
「え、起きてるよ」
「…………」
(なんだ? この子は)
再びしばらくの沈黙。
「……雅也くん」
「……はい」
「……起きてる?」
「……起きてる」
「…………」
(だからなんなんだよこの子は!)
さらにしばらくの沈黙。
「……雅也くん」
「起きてるよ」
「……ありがとう」
「え?」
「……送ってくれて」
「(あ、それが言いたかったんだ)いえいえ」
◆◇◆
タクシーが大学に到着し、涼音がカーナビの地図を確認する。
「……わかった」
そう言って涼音が目的地を打ち込むと、タクシーは再び走り始めた。
「……雅也くん」
「はい」
「……男の子って」
「はい」
「……優しいね」
「え、そう?」
「……うん」
「玲とかそんな優しいとは思わないけどな。口悪いし、あざといし、むっつりだし。悪い奴じゃないけどさ」
「そんなこと……ないよ……私……知ってるから」
「…………」
「……私……雅也くんも……玲くんも……好きだよ」
「そ、そうなんだ……」
「……うん」
「そう言ってもらえると、うれしいな」
「…………」
◆◇◆
タクシーが涼音の住むマンションの前で停まり、助手席のドアを開けたとき、
「あ、あれ?」
雅也は目を疑った。
「ここ、僕の家なんだけど」
「……えっ?」
「涼音ちゃんもこのマンションなの?」
「……うん」
「……一緒だ」
「……そう……なんだ」
雅也は脱力したが、涼音はそのまま涼しい顔をしていた。
二人でマンションのエレベーターに乗る。。
「僕は16階。涼音ちゃんは?」
「……3階」
「わかった」
マンションのエレベーターが動き出すと、すぐに3階に到着し、ドアが開いた。
「……ありがとう」
涼音が外に出て行った。
「また明日ね」
そう言って手を振りながら雅也がボタンを押す。
エレベーターのドアが閉まった瞬間、体から力が抜け、その場にへたり込んだ。
(すっげー疲れた……)
◆◇◆
「そんなわけで結局、涼音ちゃんの家、うちのマンションにあった」
部屋に戻った雅也は、端末通信で玲に経緯を話した。
『そうか……大変だったな』
「でさ、明日なんだけど、どうする?」
『今日中に二次試験対策まとめるから、明日にはみんなに伝えられると思う』
「お、早いな」
『ただ、お前に頼みたいことがあるんだが』
「何?」
『ちょっと作ってもらいたいものがあるんだ』
「え? 何?」
『ヘッドセットのデータを転送するケーブルだ』
「ああ、その程度か」
『どれくらいかかる?』
「今から部品頼めば明日にはできるかも。仕様送ってよ」
『わかった。じゃあ二つ作っておいてくれ』
「了解! でも何に使うの?」
『今日の流れで想像つかないか?』
「まともな話なんか一つもなかっただろ!」
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