第4話 拾われた心

(10)リアルな体験学習


 ――ピンポーン♪


 次の日の夜7時に再び待ち合わせた二人は、博士の自宅の呼び鈴を鳴らした。


「あんたたち、また来たの?」

 

 出てきた真奈美はつっけんどんな言葉とは裏腹に、白衣を着ていた。

 ひじをまくるほどダボダボの白衣は昨日の私服とは違った意味でアンバランスだ。


「博士に用があるんだけどー」


「っていうか、勉強会するんでしょ? よくわかんないけどそのかっこ、やる気まんまんじゃん」


 あきれた雅也が手を広げる。


「そうね。どうぞ」

「「おじゃましまーす」」



 ◆◇◆



「今日はあたしから講義させてもらうわよ」

 廊下を歩きながら真奈美が宣言した。


「は? まなみんのエロ話とか興味ないんだが。博士はおらんのか?」

「かちーん!」


「まあまあ、こいつ口は悪いし人のこと試したりするけど、微妙にいい奴なんだよ」

「お前、あの夜の事まだ根に持ってたのか!」


「別に? おかげでサイタニウム理論のこと、よくわかったしな。お前の事もだけど」


 そのとき、仲良く喧嘩する二人の前を歩く真奈美が、振り向かずに言った。


「残念だけどおじいちゃん、今日はダメなのよ」


「えっ、なんでだ?」

「博士いないの?」


「いるけど、忙しいそうなの。だからその間にあたしが、あんたらに生物学の深ーいところを教えてあげるわね!」


「うそだろー?」

 げんなりする玲。


「ちょっとー、なんでそこでテンション下がるのよ! もっと喜んでよ!」


「じゃあ、なに教えてくれるの?」


 振り向いた真奈美と玲の間に雅也が割って入った。


「そうね、二人とも基礎科学で基本的な生物学や化学の前提は理解しているわよね? 『種の保存』を除いて、だけど」


「ほら、下ネタだ」

 冷めた目で真奈美を見る玲。


「真面目な話ですぅー、残念でしたぁー。でもね、今回の試験はあたしたちのような小学生向けに作られているわけじゃないから、『種の保存』も避けては通れないの」


「俺は概念だけ理解できればいいから」

「あんた本当につまらない男ね。これを見ても考えは変わらないかしら?」


 そう言って真奈美が奥の間のドアを開けると、そこには別世界があった。


 強めの照明で照らされた部屋の中には、たくさんの植物の鉢植えが置かれている。それぞれに花が咲き乱れ、部屋全体がフレッシュな空気に満ちていた。



「……これ全部、リアル植物なのか?」

 目を見開いた玲が口に出した。


「もちろん! ホロなんかじゃないわよー」

 真奈美が腰に手を当てて自慢する。


「すごい……これ全部まなみんの?」

 雅也も驚いて声をあげた。


「そうよ……って、ちょっと、走り回らないで! 鉢とか落として割らないでよ!」


「雅也、こっち来てみろ、小さな木があるぞ!」

「なにこれ? 木のミニチュア?」


「それは盆栽ね。昔の人の趣味らしいんだけど、実際に見るとインパクトあるでしょ?」


「こっちの木は実がなってる。触ってもいいかな?」


「あんまり乱暴に扱わないで! 触るときは優しくね」


「お前、本当に種の保存マスターだな」


「誤解を招くような言い方やめてよね! まだ経験してないわよ!」


「そういえば僕も小さい頃、草とか花とか虫とか触ってたな。リアルに匂うんだよね」


「驚くのはまだ早いわよ。こっちの顕微鏡をのぞいてみて」


 真奈美が机の上に置かれた顕微鏡に玲と雅也を呼び寄せた。

 二人が順番にのぞきこむ。


「…………」

「ひょっとしてこれ、リアル細胞分裂?」


「そうよ」


「…………」

「すごい……」


「これでも概念だけ理解できればいいって言える?」


「いや、俺が間違ってた……と思う」

「本当、久しぶりに面白いと思った」


 二人が顔を上げて答えた。


「じゃあさ、次は動物のほうに行こうか」


「マジか!」

「動物の部屋もあるの?」


「ううん、ないわよ」


「「え?」」


「そうね……とりあえず、あたしの裸でも見てみる?」


「「…………は?」」


「いや、もちろん冗談なんだけどさ、あんたら反応、薄かったわね……」


「まてまて! 冗談に聞こえなかったんだが?」

「まなみん、ひょっとして何かたくらんでる?」


「ううんなにも、というかマニュアルだともうちょっとポジティブな反応が返ってくるはずだったんだけどなー。おっかしいなー」


「「な ん の マ ニ ュ ア ル だ !」」


「あんたらさ、やっぱ女の子に興味ないんじゃない? そうだ! 二人とも今ここでパンツ脱いで見せあいっこしてみたら? そこから何かが始まるかもしれないわ!」


「「何も始まるわけねーだろ‼」」


 二人がつっこんだとき、突如後ろのドアが開いた。


「おや? やっぱり君たち、来てたんですか」


 そう言って部屋に入ってきたのは博士だった。


「あ、あれ? 博士、お忙しいんじゃなかったんですか?」

 会釈えしゃくしながら雅也が聞き返す。


「いえ、そうでもないですよ」

「ちょ! おじいちゃん!」


「おい、まなみん」


 あわてる真奈美を玲が小突いた。


「えへへ……」

 苦笑いでごまかす真奈美。


「そうそう、これを君たちに見せようと思って」


 博士が玲と雅也に紙を手渡す。研究職採用試験の日程だった。


「おそらく昨日か今日あたり、大学からご自宅に受験の案内が届いていると思います。君たちの場合は保護者の同意が必要だから、ご両親にお話して、許可をもらってください」


 気まずそうな顔を見合わせる玲と雅也。


 その気持ちを見透かしたように博士が続けた。


「大事なことだよ。ご両親の許可なく君たちを外出させるわけにもいかないですからね。ちゃんと自分のやりたいことをご両親に説明してください。君たちが気持ちを伝えれば、きっと理解してもらえますから」

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