(9)やはり毒舌雅也くん

「なら、アシュレイにその『子孫の繁栄』の部分をつけ加えればいいんじゃないのか? 違うのか?」


「それで解決する問題ではないのです。人間には尊重されるべき自由意思がありますよね? アシュレイが人間に結婚を強制することができると思いますか? さっきの私の話は誤解を招く言い方だったかもしれませんが、本質的に変わるべきなのはシステムではなく、人間側なんです。人間自身が望まなければこの問題は解決しませんから」


 博士がゆっくりとした口調で玲に答えた。疑問に思った雅也が手をあげる。


「人工授精は? それですべてが解決する気がするんですけど」


「現在、人工授精は法律で禁止されています。これ自体はアシュレイの判断なのですが、それにはそれで合理的な理由があるんです」


「どんな理由ですか?」

「女としては、誰しも優秀な精子を求める、ってことかしら? それと人口爆発?」


 真奈美が口をはさんだ。


「平たく言えばそうだね。そしてその結果は争いしか生まない。つまりあらゆる面で人間の幸せからは大きく離れることになる」


 うなずきながら答えた博士が腕を組む。


「アシュレイの判断の優先順位を変えて、段階的に人口を増加傾向に持っていくことはできないのか?」


 玲がもう一度確認した。


「その場合『誰が責任をとるのか?』ということになるんです。人口が増加すれば、今のような我々の暮らしは保証されず、人々の幸せが失われる可能性が高い。そもそも人類絶滅の未来を人類自らが受け入れている状況なわけです。現時点では」


 話を聞きながら雅也は疑問を感じた。人類の問題なのであれば、人工知能の欠陥は欠陥と呼べるのだろうか? それに人工知能自体が『欠陥』と認識しているのであれば、自動的に修正されるのでは?


 そう考えたとき、その両者の間に介在する「仮想世界の弊害」に思い当たった。


「もし仮想世界が人間を堕落させているのが確実なのであれば、そこを改善すればいいんじゃないかな? 仮想世界の蓋が13歳で外れるように設定されているって話だけど、その設定をもう少し引き上げることはできないんですか?」


「では雅也くんは何歳あたりが妥当だと思いますか? そして、それに文句を言う人はいないでしょうか?」


「うーん――」


「文句を言う奴はいるだろうな」


 うそぶきながら玲がちらっと真奈美を見た。


「自分でしょ?」

「お前もな!」


「あら、あたしはリアルにしか興味なくてよ」


「あれ? 女性には美しく見られたいっていう願望があるんじゃないの?」


 雅也が二人に割って入る。


「そりゃあるわよ。いつまでも自分が美しくいられるなら、それに越したことはないもの。だけど仮想世界でそんなことしたって意味ないじゃない。それともなに? 整形しろってこと?」


「いや、真奈美ちゃんはそのままでいいと思うけど、女性にもそういう変身願望ってないのかな? って」


「そ、そうね。だから結局女性も仮想世界に閉じこもっちゃうわけで……って今はそんな話じゃないわよね?」

  

 真奈美に言われ、みんな黙る。


「本当に解決策はないのか?」


 しばらくの沈黙の後、玲が博士にたずねた。


「実はそれに関するアシュレイからのメッセージが出ています。『タイムマシン』の研究・開発です」


「ああ、なるほど。過去に戻ってアシュレイの初期設定を変えればいいわけね。それなら誰も文句言わないし」


 その真奈美の言葉に玲が反論した。


「あのな、そんなことしたら、どうなると思う? 仮に過去が変わってしまったら、俺たち自体が存在しないことになるかもしれん。だが歴史が変わらなかったら、逆になんの解決にもならんぞ?」


「じゃあどうしろって言うのよ!」

「それは……わからんが……」


 言いよどみながら玲が博士の表情をうかがう。


「理由は明らかにされてないんです。なぜタイムマシンが人類を救う結果に結びつくのか」


「…………」


「ただ、大学研究システムノバスコシアでは現在、人工知能主導でのこの分野の研究は、完全に行き詰っているようです」


 博士がそう付け加えたとき、雅也が顔をあげた。


「例えばなんだけどさ、ある女性がタイムマシンで過去に行くとするじゃない? そこで妊娠してから現在に戻って来たとしたら、どうかな? なにか不都合が発生するのかな?」


「は?」

「え?」


 玲と真奈美が唖然とする中、雅也が持論を展開する。


「暗い夜の街並みを見て思ったんだ。以前はほとんどの部屋に人が住んでいたわけだよね? その『いなくなった人たち』が実は『未来で生きていたとしたら?』って。証明しようもないんだけどさ。なぜかと言うと、ひょっとして人工知能がそんな証明のできない・・・・・・・何らかの『異変』に気がついたんじゃないかって。現代の科学では説明のつかない何らかの事象が今、発生しているんじゃないかって。そしてそれが人間に危機を与える可能性があるものだとしたら? だって普通に考えたら、タイムマシンと『人類の最大多数の最大幸福』に関係があるとは思えないよね。人工知能が本気でそんな研究をしていた、っていうのもびっくりだけどさ」


「だが証明できないんだろ?」


「じゃあ聞くけど玲、公園から見たあの夜の光景、異常だとは思わなかったか? あれが合理的なのだとすれば、なんのため? 外に人が出ない世界ってことはつまり、人が消えてもその後の歴史に影響を与えないってことじゃないか?」


「そりゃ確かに、そうかもしれんが――」


「っていうかあんた、未来人がこの世界に来てるとか、現代人をさらいに来てるとかって本気で思ってんの?」


 そう聞いた真奈美の表情は割と真剣だった。


「本気かと言われるとなんとも。ただね、タイムマシンって、平行世界パラレルワールドの存在が証明されない限り、リスクが高いと思うんだよね。そこで考えられる仮説なんだけど、もし平行世界があるのだとすれば、そこに連れ去られた人がいたとしてもおかしくはない。逆に平行世界が存在しないのであれば、未来からは極力リスクが小さい所を狙って飛んでくるだろうし、それってまさに今、この時代なんじゃないかな? って思ったんだ」


「……あんた、面白いわね」


「雅也くん」


 真奈美の言葉をさえぎるように博士が口を開いた。


「はい」

「さっきまでと、なにか意識が変わりましたか?」


「これまでの自分がいかに考えない人間だったか、わかったんです。本当はなんとなく考えていたのかもしれない。だけどそれを伝える相手がいなかった。でもこうしてみんなと話しているうちに、自分の存在意義というか、何かできることがあるんじゃないかって気がしたんです。というか今、目の前にある課題を自分の手で解決してやろうって気になってきました」


「では、雅也くんも研究職の試験、受けてみますか?」

「はい!」


「なら、雅也と俺は別々にはならない、ということか?」


 期待を込めた目で玲が確認する。


「もし二人が合格して、研究課題に一緒に取り組むなら、そうですね」


「……ちょっと待っておじいちゃん、その試験ってあたしも受けられるの?」


「そりゃ、受けられますよ。だけど昨日言ったように大学院レベルの講義についていくだけの素養が必要ですから、相当難しいとは思いますが」


「じゃあさ、試験までの間、うちで勉強会を開くっていうのはどう? 玲くんも雅也くんも来てよ」


「は? マジか」

「いいの? 真奈美ちゃん」


 若干うんざりしたように玲が口にした一方で、雅也はやる気になっていた。


「まなみんって呼んでよ。同い年なんだし」


 そう言って真奈美がにっこり微笑むと、玲が雅也の耳元に顔を寄せて言った。


「雅也、こいつの毒気にあてられんなよ」

「えっ、何?」


「(聞こえてるんですけど……)あら玲くん、やけに雅也くんにご執心だけどさ、ひょっとして、ひょっとするの?」


 真奈美がにやりと笑った。

 だが玲は真奈美の言葉を気にせず雅也にささやく。


「やっぱり女学院ってそういうところ・・・・・・・らしいな」

「え? どゆこと?」


「女性ばっかりの環境で育つと性格がいろいろとアレになるらしい」


「(だから聞こえてるって!)あのねー、あたしは健全ですからね!」

 真奈美の顔が引きつる。


「どーせお前、他の同級生に相手にされなかったんだろ?」


「いやいや、本当に同性愛とか求めてないから! あたし男にしか興味ないから! そんな言うほど女の園じゃないし! ホログラムとの妄想でキャハウフアッハーンとか絶対ないから!」


「「…………」」


「あ、いえ、なんでもないです。今のはネコちゃんが言ってた話で……」


(ネコちゃんってなんだよー‼)


 そう思った雅也の横から、にやけた玲が真奈美をなじる。


「お前変態? ひょっとして変態なの? 引くなー」

「ち、違うって! おじいちゃんの前で変なこと言わないでよ!」


「雅也、やっぱ図星らしいぞ、気をつけろよ」


「っていうか玲、こんなわかりやすいお子様系腐女子までいじるお前もたいがい趣味悪すぎだろ!」


「あ……あんたら、帰りなさいよ! っていうか帰れ!」


 怒りが頂点に達した真奈美に二人は追い出された。

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