第3話 俺を文壇に連れてって。


 今まで、拓は数多くの妄想を脳内で繰り広げてきた。


自分たちの世代に無かった言葉だが、今でいう完全陰キャだった青春時代。


 学校外の仲間と組んだ仮面バンドのボーカルになって

地元のライブハウスを揺るがす存在へ上り詰め

自分の高校の学際で行われるライブを仲間と目にして

「クッソつまんねー演奏しやがって。」

と吐き捨てながら、鞄に忍ばせたいつもの仮面を装着して舞台へ飛び入りする。

軽音楽部の奴らの楽器を半ば奪う形で拝借し、誰でも知っているけど難しい英語詞のロックナンバーを歌い上げるとたちまち講堂がざわめき始める。


「えっ?誰アレ…超凄いんですけど」

囁く女子たち。


拓は一曲終えた後、颯爽とステージから飛び降りるが


「待てよ!」と呼び止めるのはコケにされた軽音楽部達。


振り返った瞬間、勢いで仮面が外れ…………


……というような、バンドも曲作りも楽器も購入していない平凡な夢見る少年の馬鹿げた空想のようなものがほとんどだが、数年間眠る前に布団の中で日ごと話を進めていく、超大作な物語もあった。


 しかし、いつかそれを形にしたいと考える事はあっても、いざWordを立ち上げると拓の中でその意欲は消失する。

どれもこれも、一度も完結させたことが無かった。


 アニメ化を想定して黒歴史のイマジネーションノートに、

大体のストーリーの流れと、やたらカッチョイイ、スカした主人公や凝ったヒロインの名前、その特性や外見的特徴を書き出すことはあっても具体的に絵にすることも無ければホームページを作成することも無い。



それを今にして、実現させてみようと思い立つ。


 拓はボンヤリ聴いていたラジオが終了したとともに、寝室の隣に位置する物置へと足を運んだ。

深夜の11時だが、やる気が巻き起こって眼が冴えている。

明日は土曜だし仕事は休みで、敬は朝から近所に住むマコちゃんの家へ遊びに行くと言っていた。

少しぐらいの夜更かしは全然アリだろう。


拓は自分の実家から持ってきていた捨てるに捨てられない物の入った段ボールを奥から取り出そうと奮闘するが、案の定、沙里任せで自分では全く整理なんてしなかったので何処に何があるやらサッパリ解らなかった。


しかし、今、なのだ。


拓は今を逃すと自分では何もしないだろうという事が解っていた。

一歩を踏み出したいのに片足を浮かせて四の五の言ってるだけ。


その状態から脱出したかった。


こんな体たらくだから、沙里の遺品も半年以上一切片付けることが出来ずに放置している。


洗面台の化粧水も、彼女が気に入っていた白い鏡台の上に置かれたマニキュアも

使い方の解らない便利な調理器具も手付かず。

ブラシに絡まった毛髪もそのまま。

当初洗濯機に入っていた洗濯物は流石に放置できなかったが、洗って、タンスにしまった後、そのタンスを一度も開けていない。



「うわー、俺の黒歴史……ドコ行ったんだよ…」


拓は次々床に降ろされる大小さまざまな段ボールの山を見つめて呟いた。


実家に置いたままにして、両親がウッカリ見てしまったり。

(『おや!うちの子は滅びゆくドラゴンの末裔だったのかい!!!』)


廃品回収に出すために家の前に紐で縛って捨てたとして、それが犬に襲われて荒らされ、軽い気持ちでご近所さんが目にしてしまったりして。

(『嫌だあ、廣見さんったら…猫の耳がくっ付いてる女の子がお好きだなんて……異常ねえ……』)


井戸端会議の話題独占!!!!!!!


 そんなハプニングを懸念して、結婚後も捨てられず、引っ越しの際にまで嫁入道具の如く持ってくる羽目になってしまった俺の黒歴史ノートたち。


「もしかして……沙里が……見てしまったんじゃあ……!!!!!」




拓は背筋が凍るような感覚に陥り、全身に鳥肌を立てた。

冷や汗がウワッ、と吹き出し、喉が痛む。



「そんなワケ、無いよな!!!」


拓はそうであって欲しいと願いながら、急いで探す手を速めた。



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道化師は発狂不可能(何故なら既に彼は)。 音羽 @otowa

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