第21話 テストマッチ(コナン・ドイル編)
バッツマンとしてはぱっとしない樋口君は、自分がアウトにならないようにブロックで粘り、その間にグレースに点を稼がせる作戦に出た。それは、チーム全体のことを考えてのことだ。前のキャプテンが威張ってるうちの部だけど、やっぱりあいつはキャプテンなんだと僕は思った。
グレースが打った時、樋口君が間に合わず、僕と同じパターンでランアウトしたけど、樋口、グレースペアで二十一点。
これで今日一日で七十八点。ゲーム開始からだと百十点。
まだ四人アウトになったばかりだから、これからもかなりの得点が期待できる。これもグレースひとりが貢献した分が大きい。
一球でアウトになったり、一人で一日中プレーして何百点も得点を入れたり、クリケットは野球以上にバッツマンの実力に依存する。
ボウラーのほうは、並はずれた能力の持ち主がいたとしても、最大で投球数の半分までしか投げられないから、野球のピッチャーほどには試合に影響しない。野球のピッチャーへの依存度が高すぎるだけで、これが普通なのかもしれない。
野球のピッチャーは、その分負担が大きいから、肘や肩を壊しやすく、選手寿命が短い。六球投げる毎にボウラーを交替させるルールは、試合展開を面白くし、かつボウラーの身体的負担を減らす優れたアイデアに思える。
次は、部活引退どころか卒業したけど、相変わらずキャプテンの中野先輩登場。
敵が使った兵器をそのままこちらも使うという、実に卑怯な作戦を考えたキャプテンはやる気まんまん。これまでの待機時間が半端なく長かったから、大張り切りでバットを左右に振って、ピッチの端へとゆっくりと歩いていく。目立つのと、ファンも多く声援もひときわ大きい。それにバットを振って答える。
「日本一!」
「あこがれちゃうぜ」
なぜかバーバリアンズも、声援を送っている。
「おまえら野蛮族も、俺様のすごさにようやく気づいたようだな」
と、馬鹿なキャプテンは、それにもバットを振って答える。
「早くしないとタイムアウトになります」
と、僕は彼に警告した。
「おまえ、言うなよな」
と、作戦を見破られたバーバリアンズは、僕に文句を言った。
「アブねえ、あぶねえ」
と、キャプテンは慌てて所定の位置に立った。
張り切っていただけあって、中野・グレースコンビも調子がいい。キャプテンもハードヒッターだから、二人でバウンダリー連発。たちまち二十点をあげる。
総長の不機嫌そうな顔が目に入った。ひとのことをどうこういえた義理ではないくせに、
「金で傭兵雇うなんて卑怯だぞ」
と大声をあげると、周りのバーバリアンズも一斉にキャプテンを罵った。
アンパイアとアーサーが注意しておさまったけど、キャプテンはそれで調子を崩したのか、それからすぐにアウト。
「チェッ、あの馬鹿族ども」
と、ぶつぶつ文句を言っていた。
四時を過ぎる頃には、さすがのグレースも疲れが見えてきて、バウンダリーを飛ばすことが少なくなった。残りのバッツマンは、グレースを含めて後四人いるから、今日は早めに終わって、休養充分とって明日続きをすればいい。
そのほうがこちらに有利だと思って、僕はキャプテンに、今日は天気が悪く地面の調子も悪いから、試合を早めに終了するよう、アーサーやアンパイアに提案してはと助言した。
するとキャプテンは、小声で、
「あいつ、二万円出せって言うから、今日一日しか雇ってないんだ」
と、試合時間が伸びたほうがいい理由を明かした。
「それなら逆の理由で延ばしたらどうですか。今日は雨で、ときどき中断したり、試合の進行が遅れたので、終了時刻を延長しましょうと」
「おまえ、頭がいいな。よし、それで行こう」
キャプテンは早速実行した。アーサーのもとへ行き、何か話していたが、しばらくして不機嫌な顔をして、僕のもとに戻ってきた。
「お前の最初の理由で断られた。早めに終わるだとよ」
「え~。後の理由のほうが説得力あるのに」
「まだ残り二日間あるから、無理に進める必要ないっていわれた」
「そうですね。今日休みでもいいのに、無理して強行したから」
五時を待たずに試合終了。あれから一人アウトになっただけで、まだグレースは残っている。だけど、明日誰がグレースをやろうとも、今日のようなことはないだろう。
僕にはひとつ心配なことがあった。あの大学生をまたバーバリアンズが雇うようなことはないのだろうか。それでそのことを本人に聞いてみた。
「僕からも打診したけど、もう金がないって言われた」
これでひと安心。これまでの累計で百四十三点。
まだ三人残っているから百五十点はいきそうだ。バーバリアンズが七十五点だからちょうど倍だけど、それは奇跡のバッツマンの活躍があったからそうなっただけで、その他メンバーだと三十点くらいと予想できる。
この流れなら勝てる。
だが、僕は昌喜の言葉が気になった。アーサーが負けているほうに加担すれば逆転される。それだけは避けねばならない。
ベースボーラーズは、明日午前中に稼げるだけ点を稼いで、バーバリアンズを明日中にしとめる。正直、五日連続はきつい。勝敗抜きにしても明日で終わってほしい。
そして四日目の木曜日。
なんとテレビ取材の申し込みがあった。しかもインタビューアーがなんとランス。昨夜、テストマッチのことをアーサーから聞いて、今朝慌ててスタッフとロケ車で駆けつけたという。
というのもこのコカイン疑惑の外タレ、スポーツ番組でレポーターをやるようになっていたからだ。
野球選手にインタビューして、知識のなさを馬鹿にされ、クリケットだったら詳しいんだけどなと、番組の中で嘆いていた。そこへ素人試合とはいえ、知人が開催するクリケットのテストマッチだ。自分の知識で的確なレポートができる。
で、今になって出演交渉してるのは、昨夜ランスが取材させろといっても、アーサーが首を縦にふらなかったからだ。アーサーの気持ちもわからなくはない。
片方は白のポロシャツどころか特攻服スタイルだし、もう片方は公立高校の野球部のくせにクリケットやってる。桜田さんの新聞程度なら、大した問題にならないけど、テレビは影響が大きく、すぐにはいとは言えないのだろう。そこでランスと番組スタッフは、こちらの迷惑を顧みず無理矢理押し掛けたのだ。
交渉のほうは、アーサーは相変わらず反対みたいだけど、うちのキャプテンや向こうの連中はテレビに映りたくて、ランス達の味方になって、彼の説得に加わった。結局、学校名は出さない、バーバリアンズの刺繍にはモザイクを入れる、アーサーへのインタビューはなしという条件で成立。
昨日の続きから。
八番和田先輩と三番グレースがバッツマン。
大工見習いになったばかりの和田先輩は、今は仕事が暇ということでテストマッチにフル出場してくれた。グレースは二年の岡野がつとめる。最初から野球部ということは、あまり真面目なタイプではない。練習もさぼってるし、テストマッチも今日初めて来た。
その岡野の一挙手一投足をカメラはとらえる。
ボウラーの速球に対し、力任せにバットを振るう。運良くボールはバットに当たり、ピッチを越えて、フィールダーの隙間に。
ボールがウィケットに戻るまでに、往復ラン成功。
興奮して解説するランスの声が聞こえてくる。
「クリケットは野球と違い、走れるだけ走っていいんです。アウトになるまでいくらでも点を稼げますからね。おっ、当たった! これは……抜けた。走れ! ラン すごいぞ……久しぶりに見た」
と その場でジャンプして喜んでいる。やはり薬物やってそうだ。
スコアラーがランスの元へ駆け寄ると、
「なんと、彼、センチュリーです。記念すべきセンチュリーがでました。おっと、すいません、センチュリーというのは……」
と大騒ぎした。センチュリーって、岡野は三点とっただけじゃないか。百点のうちの九十七か八はあの奇跡のバッツマンの手柄だろ!
しかし、センチュリーが出たことで、場内は大歓声。試合は一時中断。岡野にヒーローインタビュー。一体、どんな顔してヒーローをきどるかと思ったら、いい子ぶって、
「これまでやってきた努力が実りました」なんて平気で答えている。
試合のシステムを知らないランスが、
「岡野君、すごいよ。視聴者のみなさま、岡野義弘くんはチームメイトからクリケット史にその名を刻む伝説の選手、W・G・グレースと呼ばれているそうです」
と、本名と役名を混同して呼ぶから、岡野一人でセンチュリーを達成したことになってしまった。
そこでテレビ取材は終わり。取材班は今度は学校に行って、誰か残っている先生に岡野センチュリーの感想を聞いてくるそうだ。一部の連中は、岡野はセンチュリーじゃないと抗議したが、劇的な映像が欲しいテレビ局に、適当にあしらわれた。
ベースボーラーズの勝利を撮影してくれると期待したキャプテンは、岡野に手柄をとられてご立腹。引き立て役のバーバリアンズも面白くはない。岡野に対し、「イッツノットクリケット」の大合唱。
これに岡野は、
「うるせーてめえら、いいとしこいて俺様の実力に嫉妬してんじゃねえ」
とぶちかました。
「一人でやんのか、てめえ」
「ああ、やってやるよ」
と言うから、二十人近くに囲まれた。
いつもならアーサーが止めるのだが、自分の意に反して取材を望んだ彼らの混乱を、アーサーはおさめようとしない。それで、岡野が土下座をすることになった。
試合再開。
またグレースこと岡野と和田先輩の組み合わせだが、バーバリアンズのフィールダーは、和田先輩のウィケットのほうが近いのに、岡野のウィケットに送球する。先に岡野がアウトになった。それからすぐに岡野は帰っていった。
主力打者グレースを失ったベースボラーズは、そこで失速し、ランチタイムを待たず、交替することになった。これまでの総得点は百六十八。相手のバーバリアンズは、百点近い差をどう埋めていくか。
答えは一つ。アーサーをメンバーに加えることだ。
それも長時間試合に参加してもらうには、二番の山田太郎枠か四番のコナン・ドイル枠がいい。
山田太郎は、もう老人といっていい小柄な男性が出てきたので驚いた。
「見学の人かと思った」と、佐藤君も言っている。
バットの握り方もわからず、総長に指導してもらってから、ピッチに立った。そこでもあたりをきょろきょろ見回している。
川辺が一点とると、老山田太郎の番だ。空振りの次、コースを外れた球に無理矢理バットを当てると、ボールはちょろちょろと転がり、一メートル先でとまった。
老人は「いえす」と言い走り出した。ノンストライカーの川辺は驚いて、「無理だよ」と言うが、相手はもう走っている。ウィケットキーパーはボールを手に持つと、ウィケットにふれアウト。見物人もベーズボーラーズも、さらにバーバリアンズまで笑った。
そういえば、今日バーバリナンズの参加者が少ない。あんな素人の老人に手伝ってもらっているのはこちらを油断させる作戦か。それとも、もう勝てる見込みが無く、これまでの参加者がやる気を失い、人が集まらず、補欠なしで戦うことになったのか。
そこでランチタイム。
バーバリアンズは、勝負をあきらめたように黙っている。僕の願い通り、今日中に試合終了となりそうだけど、ここまでがんばってきた彼らには気の毒だ。
アーサーも僕と同じことを感じているようで、
「戦いもせずに負けを認めるのですか?」と総長に聞く。
「そんなこと言っても、勝てるわけねえじゃん」
「なぜそんなことがいえるのですか?」
「そっちは親に金出してもらって、のんきに学校いって練習してればいいけどよ。俺達はよ~自分で金稼がなきゃいけないし」
総長は、アーサーを学校サイドとみている。総長だけでなく野蛮族全員がそうなんだろう。
「この特攻服だってよ~高かったんだから」
「たしかにあなたたちは、練習場所も練習時間も不利です。しかし、そんなあなたたちがどうしてクリケットをしているのですか?」
「それはよ~」
総長はアーサーの顔をじっと見た。そして立ち上がって僕らベースボーラーズを指さした。
「こいつらと戦いたいからだよ~」
それを聞いて、うちのキャプテンも立ち上がった。
「俺もおまえらと戦いたいよ」
二人は近づいて握手した。それを見て拍手が起きた。まさに紳士のスポーツだった。ランスもこの瞬間を撮影しておけばいいのに。
総長はさらに嘆いた。
「でも、情けないけど、こいつらと張り合えるだけの力がねえ。いくらがんばって練習しても大してうまくなれねえ。本当はつらくてもうやめちまおうかと思ったこともある。だから金でうまいやつ雇うなんて汚ねえ真似しちまった。せめて、俺達を勝たせてくれるヒーローがいてくれたら」
そのとき僕は、バーバリアンズの姑息な作戦に気づいた。キャプテンは悪のくせに意外と情にもろいところもある。
「いいよ、アーサーそっちで」
その一言を言わせるのが、彼らの目的だった。
総長は、少し涙ぐんでいるようだ。
「本当にいいのか?」
「ああ、うちも汚いことしたから、これでおあいこだ」
二人は肩を抱き合った。
「これが本当のランチタイムです」とアーサーは満足そうだ。「イッツクリケット」
これ全部バーバリアンズの用意した作戦で、中立であるべき主催者を自分たちの選手にしてるんだから、なんとか言えよ、アーサー。
結果、僕らは最強のバッツマン、コナン・ドイルを相手にすることになるのだ。
午後の試合が始まると、三番がすぐにアウト。
いよいよ四番コナンドイルことアーサーホワイトの登場だ。ペアを組むのは一番の川辺。初日に喧嘩し た二人だけど、うまく作戦をたてている。
できるだけアーサーがストライカーになるよう、走りを調整したり、川辺が打つ場合はブロックに専念してボウラーの交替を狙う。さすがにアーサーは戦い方を知っているようで、長時間プレーすることを前提で、疲れがたまらないように、動きがゆっくりとしている。それに監督者としての責任からか、ときどき周囲を見回している。二人のアンパイアもそれを理解して、彼を急がせたりはしない。
このコンビのままティータイム。
僕と佐藤君はキャプテンに呼ばれて、あのコンビをどう崩すか意見を求められた。はっきりいってティータイムどころじゃない。で、出た結論は川辺のランアウト狙い。
まず川辺を打ちやすい球で誘って、とにかく打たせる。彼らはアーサーがストライカーになるよう調整して走るから、少し無理をする場合もある。フィールダーはわざとゆっくりして走らせ、そこを速球でウィケットを倒す。
「よし、これだ。俺、頭いい」
と、キャプテンは人の意見を自分で考えたように誇った。
僕がボウラーのとき、そのチャンスはやってきた。
川辺に遅くてなんの変化もない球をほうった。ここで川辺も欲が出たのか、強く打った。あらかじめフィールダー達は後ろにさがっていたので、ボールをとるのに時間はかからないが、川辺の様子を見て、フィールダーの小杉はわざとゆっくりボールに向かい、相手が三ラン目に向かうのを見届けた。
そして走り出した瞬間、猛スピードでボールをとると、川辺の前方のウィケットに向かい、速球を投げた。ボールはスタンプを倒した。
ここで一番川辺はアウト。ベースボーラーズの作戦勝ち。
川辺は悔しがったが、アーサーは余裕の表情だ。
続いてバッツマンにひげが入る。ストライカーだ。もう何度も勝負した相手だから、僕は油断していた。全てブロックでかわされ、僕はオーバーでフィールドに向かう。
次のボウラーは佐藤君で、僕がいた位置と反対側に向かう。アーサーがストライカーだ。そこでアーサー、さすが慣れているだけある。ブロックするだけの見送りが多い。最初のうちは強打を狙わず、確実に点を稼ぐ作戦なんだろう。
今のところベースボーラーズが勝っている。ここでアーサーをアウトにすれば、勝利の可能性が高まる。時間はまだ四時前だから、今日中に試合が片づくこともありうる。僕はそんな希望を抱いた。しかし、無情にも天候がそれをうち砕いた。
突然の雨。試合は一時中断。それほどひどくなかったので、しばらく様子を見ていたが、三十分経ってもやむ気配はない。
無理すれば続行可能だった。しかし、僕以外の参加者も四日目で試合に疲れていた。アーサーもそれを敏感に感じ取ったのか、その日はそれで終わることにした。
片づけをすませると、傘を持ってきた者は先に帰っていった。僕は家に連絡し、母親に迎えにきてもらうのを待った。母は五時にやってきて、僕はそれで帰ったが、まだ何人か残っている。アーサーは最後までいるのだろう。責任者は大変だ。
最終日の金曜日。天気晴れ。
どちらかというと、雨で試合中止引き分けのほうが、ベースボーラーズのほうが得点が高いからいいんだけど、卒業してしまった先輩達や苦労して時間を作ってくれた人達のためには、せっかくのテストマッチ最後までやりとおさなければ。
ここまでの成績。ベースボーラーズ百六十八。バーバリアンズ百十。
本場のテストマッチだと、もっと点が多いけど、それだけ僕らのバッツマンとしての実力が劣ってるってこと。打撃も走りも。
点が少ないわりにゲーム進行が遅いのは、選手もアンパイアも試合に慣れていないうえ、雨や喧嘩で中断するのが多いからだ。
昨日の途中から開始。バッツマンはひげとアーサー。
樋口君がボウラーのとき、ひげがスタンプトでアウト。クリース線より前に身体を出してしまい、しかも空振り。キーパーはボールを受けて、ウィケットをタッチされた。ミスだからすごく悔しがってた。
総長の出番。樋口、佐藤、僕、また樋口、佐藤とボウラーが代わっても、アーサー、総長で点を入れ続ける。僕と総長の二度目の勝負になった。
僕はボウラーにつく前に、アンパイアに、
「アンダーアームで行きます」と、投球方法の変更を伝えた。アンパイアがそれをストライカーである総長に伝えると、総長は頷いてから、僕に向かって、
「そんなこそこそした手が通用すると思うか」
と、自信に満ちた声でいった。
僕は何もいわず、ピッチからさほど離れていない位置に立った。
右手にボールを握り、三歩歩くだけのウォークアップ。それからアンダーアーム、下から投げた。反則ではないはずだが、試合によっては反則をとられたりする、今ではほとんど用いられない投球だ。
ボールをバウンドさせず、直接ウィケットを狙う。変化のなく遅い球に対して、総長は強くバットを横降りすると、レフト方向にフライが飛ぶ。
茅野が走って受け止めた。コウトアウト。
「おまえ、俺にわざと打たせたな」
と、総長は捨てぜりふを吐いて、ピッチを後にした。
総長アウトで、バッツマンはウェルズ、ドイルの組み合わせだ。ウェルズは初日ウメちゃんで、二日目から川辺の親戚の人。さすがに親戚だけあって、見た目も似ている。
ウェルズはデフェンス中心の打撃だけど、フロントとバックを巧みに使い分け、運動神経のよさを感じさせた。点を入れるのはアーサーの役目だけど、バウンダリーや往復ランなど、一度に二点以上とることは少ない。見送りも多く、細く長く粘る作戦のようだ。
さすがに、昨日からバッツマンを続けているアーサーは、ランチタイムに入っても、疲れをとる必要から、ほとんどしゃべらなかった。それが、近所の工場の人たちがやってくると、愛想よく相手をしてた。工場のお昼休みは、食堂が狭いので交替制で、遅いグループは十二時半から一時十五分ということなので、その人たちは一時十分くらいまで、アーサーやバーバリアンズのメンバー達とおしゃべりしていた。
だから、ランチタイムが大幅に伸びることになった。
「まだかよ」とか「オッサンたち、早く帰ってくれ」と、ベースボーラーズはぶつぶつ文句を言ってた。バーバリアンズだって、残りの試合時間が短くなるから、勝つチャンスが減るはずだけど……。
そうか、アーサーがバッツマンでいる限りは、午後の試合時間が多少短くなっても、全然問題ない。
これ、アーサーが休憩時間を余計にとるための作戦だった。
彼らの作戦は成功した。十二分に休憩をとったアーサーは、午前中とは打って変わって、得点を稼いでいった。彼とバッツマンを組むウェルズも走る場面が増え、しばらくして痛恨のランアウト。その時点で、点差は三十点。アーサーさえしとめれば、十分勝てる。いや、アーサー以外の残りのバッツマンをしとめたほうが早い。
玉城、足立とバッツマンが交代していくが、点差もどんどん縮まる。点差は十二点。残るバッツマンは四人。あと三アウトとれば試合終了。どちらが勝つにしろ、ティータイム前に終わりそうだ。
その予想は当たった。
アーサーはいきなり佐藤君のボールを6。つまりバウンダリー6。それから2ラン、バウンダリー4と出され同点に。僕は敗北を覚悟した。足立がアウトで沢田が入る。
同点のまま、僕がボウラーの番になった。オーソドックスに助走、ジャンプ、速球、バウンドで勝負した。往復2ランをとられ、ベースボーラーズは得点で抜かれてしまった。
沸き立つバーバリアンズ。時間はまだ三時前。負けたベーズボーラーズは早く終わりたいが、バーバリアンズとしてはできるだけ差をつけて勝ちたい。
「アーサー、この調子ならセンチュリーいけるぜ」
と総長がいった。
もう勝負はついていた。ベースボーラーズはやる気をなくし、アーサーは4、6続出。調子が出たようで、打ち終えたり、走り終えると、すぐにバットを構え、ボウラーに早く投げるように要求する。その結果、たちまちセンチュリー達成。
ティータイムには少し早かったが、センチュリーのお祝いをかねてティータイム。
ティータイム中は敵味方を忘れるべきなのに、勝利が確実となり、ベースボーラーズとの差が広がるバーバリアンズは、本性を現し、ベースボーラーズを馬鹿にしだした。
「俺達と試合やるなんて、十年早いんだよ」
「もともと野球で落ちこぼれてた奴ら、クリケットならなんとかなると思ったけど、何やってもだめ」
などとからかってくる。
これには、総長の演技で、アーサーのゲーム参加を認めたキャプテンは激怒した。
「コーチがそっちに加わるなんて卑怯だ。ゲームやり直しだ」
「バ~カ、まる五日かかったのにそう簡単にやり直せるか」
ティータイム終了。バーバリアンズは二百点を超えた。負けとわかっている試合を続けるのは本当につらい。
「あいつらにだまされた俺が悪いんだ」
と、キャプテンはみんなに謝っていた。だましたバーバリアンズのほうは肩を組んで、チアガールのように踊り狂っているので、アーサーに注意された。
五時になったので、バーバリアンズ二百五十五点でゲームセット。
まだバッツマンは三人も残っているのに、九十点近い大差をつけた。彼らは抱き合って喜びを表し、それから暴走族の本性発揮。何人かはバイクで敷地内を大暴走。周回しながら敗者をあざ笑う。
こうなると、ベースボーラーズは怒りを押さえきれない。すぐにつかみ合いに発展した。
特にキャプテンの憤りは尋常ではない。ウィケットを凶器のように振り回しながら、総長に近づき、
「おまえら、汚ねえ手ばっか使いやがって。そこまでして勝ちたいのか」
と相手を非難した。
「そっちだって、うちの秘密兵器パクったよな」と総長。
「最初に使ったの、そっちじゃねえか」
「そういうの、負け犬の遠声って言うんだ」
負け犬の遠吠えの間違いだと思う。でも、負けたんだから、負け犬と言われても仕方がないのかもしれない。
だけど、ちょっと待てよ。
彼らの様子を見て、僕も一瞬その気になったが、何か勘違いしてるようだ。ファーストクラスクリケットでは、試合終了までに二イニングスが終えていなければ、どんなに点差が開いていても両者引き分け(ドロー)の決まりだ。
それを避けるために、バッティング側のキャプテンは、いつでも自分のチームのイニングスの終了を選択できる。バーバリアンズはまだ三人残っているので、今は二イニングスの途中で、時間切れしたことになる。
得点がリードしていたバーバリアンズの総長は、試合終了時刻までに、終了を宣言するべきだったが、初めてのテストマッチで、優勢な試合展開に興奮して、そのことを忘れていたのだろう。
自分が参加したチームの問題なのに、アーサーはそのことを知ってて黙っていた。今は彼らの反応を楽しんでいる。本当に可笑しくて仕方がないようだ。それで喧嘩を止めようともしない。
そこで僕は、大声で、
「これ引き分けだよ」
とみんなに知らせた。すると、うちのキャプテンは、ウィケットを担いでるくせに、
「ばーか、黙ってれば、こいつらのぬか喜び、もっと見れたのに」
と僕を叱った。たぶん、僕の言葉で、はじめて引き分けと気づいたのだろう。
総長も今頃、ルールを思い出したらしく、
「そ、そうだった……よな」
と、怯えたような表情を浮かべた。
その他のバーバリアンズのメンバーは、
「勝ったのに引き分けって、どういうことだ」とか「何言ってるんだ」と不思議そうだ。ルールを聞かされていないらしい。
アンパイアが説明すると、彼らの怒りは総長に向かった。
「何で最初にそのこと言わねえんだよ」
「悪い、悪い。まだ、試合時間かなり残ってると思ってね。空見てみろ、ほら、ほとんど真昼だろ」
と、総長は見苦しい言い訳をした。
中にはアンパイアに食いかかる者もいて、
「何でこのままだと引き分けになるって、言ってくれなかったんだよ」
と文句を言うと、
「それはそちらがゲーム計画をたてて、自発的に宣言することであって、外部からとやかく言うことではない」
と言い返されてた。
それから大乱闘。
見物人達は危険なので帰っていったけど、僕はアーサーに止めるようにいった。すると、
「ここは止めるより思い切りやらせるほうがいいです。五日間も真剣にスポーツした後です。すぐにエネルギーが尽きて、静かになります」
しかし、アーサーの予想は外れた。バーバリアンズは引き分けに納得いかないし、ベースボーラーズは相手が汚い手を使って、自分たちより得点をあげたうえに、引き分けのルールを認めないので、両者とも怒りが収まらない。
それだけ、彼らのテストマッチに対する思いが強かったということだ。
「もう喧嘩はやめなさい」
アーサーは身体をはって仲裁に入った。「スポーツの恨みはスポーツで決着つけなさい」
総長とキャプテンは、まだつかみ合っている。
「決着つけたいけど、こいつら頭悪いからルール覚えられないくせに、スポーツマンシップのかけらもない。もう喧嘩するしかない」
とキャプテンが言うと、
「てめえらみたいな糞どもと、大人しくスポーツなんかやってられるかよ」
と総長は返した。
アーサーは二人に、
「大人しくやれとは言いません。激しくぶつかるスポーツしましょう」と提案した。
「ラグビーとか無理だからな。ルール覚えられねえし、練習時間ねえし」と総長は拒絶。
「ラグビーよりずっと簡単です。練習も必要ありません」
「何だよ、それ?」
「フットボールです」
「アメフトも無理だからな。防具買えねえし」
「俺ももう働かなくちゃいけないから、アメフトとか新しく覚えてられねえ」
と、キャプテンも総長と睨み合ったままいった。
「アメリカンフットボールではありません」
「すると、サッカーか。元サッカー部までいる相手に勝てるわけねえじゃん」と総長。
「ソッカーではありません」
「じゃあ、なんだよ?」
「昔のフットボールです」
僕は、アーサーの言うフットボールがなんなのか想像ついた。それで、
「僕らがラグビー部と以前やったあれだね。千八百何年かのフットボール。通称アントンボール」
と彼に聞いた。
「違います。それより五百年は古いです」
ということは十四世紀、中世まっただ中だ。
「それ、あれだろ? 昔日本でもあったよな。平安時代の人間が足でまり蹴るってやつ」
とひげがいった。
「蹴鞠」
佐藤君がいった。
「そんな古くさいものやってられるかよ」と総長が怒る。
「そのように行儀のいいものではありません。とてもワイルドでシンプルです」
「どうやるんだよ」
総長は少し興味を示し、キャプテンの服をつかむ手を緩めた。
「簡単です。ボールを奪い合い、ゴールに入れるだけです」
「それじゃ、サッカーやラグビーと一緒でしょ」と佐藤君。
「ソッカーやラグビーには細かいルールがあります。中世のフットボールには細かいルールはありません。ひたすらボールを取り合うのです。それで死ぬ人も出ました」
「要するに金的、目つぶし意外はOKってことね」と川辺。
野蛮族達の目が輝いている。
「それ面白そうだな」
うちのキャプテンも、彼らと同じタイプだった。
「すぐやろうぜ」
総長も賛成らしい。
「おう、今からここでやろう」と無茶を言う者まで現れた。
アーサーは、
「気持ちはわかりますが、すぐには無理です」
といって、彼らを抑えた。
「じゃあ、いつやるんだよ?」
その場全員の視線を受けて、アーサーはこう提案した。
「ストライクホワィルジアイロンイズホット。鉄は熱いうちに打て。しばらくするとみなさん、興味がなくなります。できるだけ早いほうがいいです。今から一週間後、来週の金曜日はどうですか」
「こっちはいつだっていいぜ」と総長は興奮している。
キャプテンが「逃げるなよ」と言うので、またつかみ合いに。
アーサーは二人を抑えて、
「これできまりですね」と、来週金曜開催を決めた。
「え~平日かよ~」
という誰かの声が聞こえたけど、少数意見みたいだ。気の荒い連中は、そこまで待ち切れないのだろう。
僕も新学期の土日のほうがいい。
その日はまだ春休みだから、ベースボーラーズの在校生は基本的に大丈夫なんだけど、すでに春休みの半分つぶされて、さらに部活と関係ないことやらされるのはご免だった。
でも考えてみれば、平日のほうが不参加の理由がつけやすい。総長やキャプテンのような猛者ならともかく、乗り気でない者をつき合いや臆病と思われたくないというだけの理由で、危険がともなう競技に無理矢理参加させるのはたしかに問題だ。
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