第16話 夏はビーチでボリボール
去年、ラグビー部とサッカー部の一部で海に行ったけど、海の家の子がかわいいと一樹が噂を広めたから、今年は参加希望者続出。団体旅行並みの大所帯になりそうだった。
そこで参加者を減らすため、あるとんでもない企画というか試練を組み入れ、二、三年生の有志七人とアーサーのみになった。七人には僕も含まれている。僕はもうサッカー部じゃないけど、一樹から直接誘われたのと、また麻衣ちゃんに会えるから行くしかない。
去年はランスの車で行ったけど、去年と同じところはもういいよという理由で、今年は彼不参加。本当は売れてるからに違いない。
電車で現地集合。僕はサッカー部新キャプテンの一樹、同じ二年の金田の三人で海に向かった。
シーズンが終わったら取り壊される海の家だけど、「吉田屋」は去年と同じ場所に建っていた。違いは、塗り直した看板が派手になっているくらいだ。店の外で呼び込みをしていた吉田先輩は、きつい挨拶で僕らを迎えてくれた。
「遅いよ。もう、みんな着替えて泳いでるよ」
吉田先輩は、現役マネージャーだった去年と違い、今年は海の家に専念できるので、まだ七月だったけど日に焼けてて、白い歯がまぶしかった。
「泳いでるって、ビーチでごろごろしてるだけじゃないの?」
一樹は、受験勉強をさぼって海水浴に来た四人の三年生の行動パターンを読み切ってそう言った。去年がそうだったから、そのくらいは僕でも予想がつく。
「あいつらはいつもあんな感じだから。去年、県大会で調子よかったのは、君たち今の二年生のおかげ。アーサーは、たぶん別行動とってると思う」
「本当、体育馬鹿だからな」
僕は最初あきれて、それが心配に変わった。下手したら、僕らも強制的に泳がされるかも。部活の延長になりかねない。
「アーサーに見つかったら、一緒につきあわされて大変なことになる。スウィミングは全身のマッスルをトレーニングできます、なんて言われて、せっかくの休みが台無しになる」
僕の言いたいことは、一樹が代わりに言ってくれた。
それから僕らは調理場を覗いた。
「いらっしゃい」
おばさんが出た。
「こんにちは」
「去年も来たんですけど、おぼえてますかね」
おばさんは、しばらく考えると思い出した。
「ああ、寛子の関係の」
寛子とは、吉田先輩の下の名前である。
「サッカー部です」
麻衣ちゃんは調理場にいた。去年と同じで髪を後ろに束ねている。一年ぶりで、その分大人になってる。まだ正午には大分間があるのに忙しいみたいだ。できあがった焼きそばを母親であるおばさんに渡すと、僕らのほうを見た。
「こんにちは」
金田が挨拶した。
「どうも。今年もお邪魔します」
と、僕も挨拶したが、彼女は顔を少しほころばせただけだった。
「忙しかったら手伝うよ」
と一樹が言うと、彼女は、
「お客さんに手伝ってもらうわけにはいかないですよ」
とつれない返事をした。一樹の言葉をおばさんは聞き逃さなかった。
「それじゃあ悪いけど、忙しいときだけ甘えちゃおうかな。なにしろ男手が足りなくてね。とりあえず掃除してもらえる?」
「は~い。そのかわり荷物預かり賃タダにして」
店の手伝いの前に三年生に挨拶に行った。人混みの中から四人を見つけだした。ビーチに敷いたシートの上でごろごろしてる。
「先輩、遅れてすいません」
一応、挨拶はしておいた。
「ああ、君たちも来たの?」
と、田中元キャプテンはそっけなく言う。
「男四人で暑苦しいのに、また三人増えるとさらにうざい。もう先輩とか後輩とかどうでもいいから、別行動とろうぜ」
といって、追い返そうとする。
「あの、ホワイトコーチは?」
ついでに一樹が聞くと、
「最初はここで休んでたけど、すぐにひとりで泳ぎに行った。そっから見てないけど、たぶんずっと泳いでると思う」
三年はビーチ、二年は手伝い、アーサーは水泳と、それぞれ別行動だ。
僕らは吉田屋に戻った。吉田屋も他の海の家と同じで、外からのテイクアウト注文のほかに、中でも食事がとれる。カレーや焼きそばやタコライス程度だけど味は一流。
中でも焼きそばは専門店のてっちゃんより旨い。席はテーブルかゴザの上のどちらか。奥にはシャワーや更衣室がある。最初に僕らは、お客さんのいないタイミングを見て、仕切りの扉に掃除中の札をかけ、モップでそこの床掃除をした。
次に吉田先輩に代わって、男三人で呼び込み。先輩は厨房に入って調理と、外からのテイクアウト客の相手。
「なんで海に遊びに来て、バイトみたいなことしてるんだ? しかも無料で」
今頃になって、金田が不満をもらした。
「いいよ。呼び込み三人もいらないし。俺と誠の二人でやるから」
一樹がそういったので、
「たしかに二人でいいな。僕、料理してくる」
僕は二人を差し置いて、麻衣ちゃんのいる厨房へ行った。そこで、
「調理は無理だよね」
と先輩に言われ、かき氷の作り方を教えてもらった。テイクアウトは僕にまかされた。
「すいませ~ん」という客の声がする。
「は~い」
先輩が注文で呼ばれると、麻衣ちゃんが話しかけてきた。「去年も来たんだよね」
「そう。覚えてくれてた?」
「なんとなく」
それから、彼女は哀れむような目で、
「お金ないの?」と聞く。
「そんなことないよ」
「何で手伝ってるの?」
「吉田先輩に言われて」
こうしてあなたのそばにいるのが目的です、とはいえない。
「寛子ちゃん、そんなに怖いの?」
僕が返事にとまどっていると、一樹が僕らの会話に気づいたのか外から話しかけてくる。
「怖い、怖い」
いつの間にか金田はいなくなっている。
「本当?」
「俺達、他に用事があるのにここに呼び出されたんだよ」
と、一樹は見え透いた嘘を吐いた。彼女は微笑んだ。それで、厨房にまた一人加わることになるんだけど、その前に金田を連れ戻しにいく必要がある。
一樹が探しに行った。
しばらくすると二人で戻ってきた。結局、金田は呼び込み、僕はテイクアウト係、一樹は配膳と役割分担され、一時半まで働いた。
店の前の水槽には、氷水で冷やしたジュースやビールがおいてある。僕らはようやく一息つくと、店の前のベンチに座り、御褒美にもらったコーラを飲んでいた。すると三年生が戻ってきて、四人とも焼きそばの大盛りを注文した。
大西先輩に、
「おまえら何しに来たの? ずっと海で泳いでるのもいれば、海に入らないのもいて。アーサーといいオマエラといい、バランスが悪いんだよ」
とからかわれた。元キャプテンは、
「さすがのホワイト氏も泳ぎ疲れたみたいで、今向こうでビーチバレーしてるよ」
と、ある方向を指さした。僕はそちらを見たが、わからなかった。
「君たちも仲間に入れてもらったら」
とキャプテンが勧めるので、
「行ってみるか」
僕らはコーラを飲み終え、キャプテンが示した方向に進んだ。途中、吉田屋を振り返ると、先輩達は僕らがいたベンチに座っている。要は、僕らをどけたかったのだ。
ビーチの端には、ビーチバレーコートが二つ並んでいる。コートの間には八月二十三日までは事前予約が必要なことと、その他の注意事項を記した案内が立っている。
どちらのコートも、見物人も含めて同じグループと思われる十数人の若者が占めていて、手前のコートにはどこで知り合ったかしらないが、その人たちに混じって、トランクスの海パン姿のアーサーがいた。
彼以外は、ビーチバレーだけが目的でここに来たようで、水着を着たひとはいない。各チームは男女ペアで、アーサーは色黒パーマの小太り女性と同じチームだ。僕らは見物人に混じって、彼のプレーを眺めた。
当然、大活躍するだろうと期待したものの、スポーツ万能の彼も、ビーチバレーはラグビーやサッカーと勝手が違うようで、ボールを拾いそこねたり、トスが不正確だったりと期待はずれだ。
「あれなら俺達でも勝てるかも」
一樹が言うこともわかるけど、水泳で疲れた相手に勝っても、あまり意味はない。
「だけど、下手に勝って、彼のプライドを傷つけ、泳ぎで勝負となったらまずいだろ。やめたほうがいい」
と僕はいった。
アーサーも僕らの存在に気づき、苦笑いを浮かべた。
「アーサー、へたくそ」
と僕がやじると、すぐそばに座っていた茶髪の女性が、
「知り合い?」と聞いてきた。
「ええ、高校の先生みたいなものです」
「へえ、私たちあの外人さんに助けられたの」
「おぼれたんですか?」
と僕が聞くと、彼女は笑って、
「違うわよ。私たちがお昼食べに行ったとき、荷物ここにおいていってね。午前中で一番点数とれなかった子が罰で見張り番してたんだけど。今サーブしたあの子」
彼女は、目の前のコートにいる一見高校生に思えるほど若くて小柄な女性を指した。アーサーの相手チームだ。
僕の目は向かい側のコートの向こうに、バッグが整然と並べてあるのをとらえた。そのさらに先から砂浜が終わり、雑木林になっている。
「急にトイレにいきたくなって、ここ外したのよね。あの子が戻ると、荷物がいくつか無くなってて大慌て。近くを探しても見つからなくて。そしたら、あの外人さんが、たくさん荷物抱えてこっちに向かっているところに出くわして。
話を聞くと、外人さんが泳いでいると、三人組の男が荷物抱えて駐車場のほうに向かおうとしてたって。怪しいと感じて泳ぐのをやめ追いかけたら、相手は荷物放り出して逃げて。すぐに気づかれたみたいであまり近づけなくて、特徴もよく覚えてなくて。
それで外人さん、荷物を元の場所に戻そうとしてくれて。私たちお礼の食事をごちそうすると言っても遠慮されて、代わりにビーチバレーしたいというから、今こうして一緒にプレーしてるの」
いかにもアーサーらしいエピソードだと、僕は思った。
見張り番の女性が放ったサーブは、小太りがレシーブで弾き、それをアーサーがとらえてトスを上げた。しかし、小太り女性は高くジャンプできず、ボールはネットに。
相手チームの男性は、痩せた筋肉質で、背が高く手強そうだ。彼のサーブを受けようと、アーサーは後ろに下がり弾いたが、ボールは後ろに飛んだ。
そこでゲームセッ ト。
アーサーチームの負けだ。
彼は相手と握手すると、もう帰ることを告げた。プレー中の選手を含め、その場の全員が彼にお礼を言った。彼は手を上げてそれに答えた。そしてコートの脇にあったビーチサンダルを履いて、僕ら三人に加わった。
一緒に歩きながら、
「なんだ。バレー下手なの?」
と一樹が聞くと、アーサーは米国生まれのバレーボールについて、
「ボリボールはあまり経験がありません」と語った。「それに……」
彼は空を仰ぎ、
「泳ぎすぎて疲れました」といって、肩を落とした。
「午前中からずっと泳いでれば、誰でも疲れるよ。先輩達もアーサーの相手してやればいいのに」
彼もまた一人の人間だった。苦手なスポーツをプレーしているところや疲れた姿を見て、僕にはこれまでより身近に感じられた。
「泳ぎながら、泥棒見つけたってすごい」
金田の賞賛に対し、
「あなたたちがいれば、あいつらを捕まえることができました」
彼は、悔しそうにそういった。
吉田屋に戻ると、三年生の先輩達はもういなかった。アーサーはかき氷を注文した。おすすめは焼きそばだけど、彼があまり得意でないのは、以前一緒にてつちゃんにいたときにわかっていた。それから缶コーヒーを買い、飲み終わると一樹に、
「夜の無人ホテル、楽しみですね」といった。
今回参加者が減ることになったある事情とは、これが日帰りではなく、ある場所に一泊することになっていることだ。といっても、宿泊費のほうは無料。
そのわけは、宿泊先が廃墟ホテルだからだ。
海水浴場から海沿いに五百メートルほど離れた場所にあるそのホテルは、五年前に廃業して以来買い手もつかず、地元では幽霊が出ると評判になっている。噂の出所は地元の不良達らしいが、複数の証言から考えると、本当に出るらしい。
去年の夏、海の家のおばさんからその話を聞いた一樹は、次に来る機会があったらそこで肝試ししてみたいと言い出した。今年キャプテンとなり、発言力を増した彼は、それを押し通した。すると、それなら行かないとの声が多数。
三年生は一樹にどう言われようと、嫌なら帰ればいいので気楽に参加してくれたが、一年はそうはいかない。参加者が減りすぎて、僕にまで声がかかった。そんなに肝試しがしたかったら一人でやれ、と言いながらも、のこのこついてきた僕だった。
僕たちがゴザの上でくつろいでいると、麻衣ちゃんも休憩みたいで、こちらに近づいてきた。そして、
「野球部なのにクリケットって何?」
と僕に聞いてきた。
「誰に聞いたの?」
「俺じゃないよ」
一樹じゃないとすると吉田先輩だ。
「その前にクリケットって何?」
彼女の質問に「野球もどき」と金田が答えたのが、アーサーの気に障った。
「イッツノットベースボール」
僕が彼女に説明していると、先輩達が戻ってきて、アーサーを西瓜割りに誘った。
「おもしろそうだから、見に行こうか」
僕も彼女を誘い、上級生達についていった。
先輩達は、無駄にビーチでごろごろしてたわけではなく、ビキニの集団と知り合ったみたいだ。
「あ、外人連れてこれたんだ。知り合いに外人いるって本当だったんだ。顔広いんだね」
と、一番色が黒くて、そのくせビキニが白色の子が感心している。
アーサーはルールを聞くと、目隠しされ身体を回された。それから竹刀を渡され、ふらつきながら西瓜に近づいていく。
「そっちじゃない。もっと右、レフト」
と、その子が間違えたので、違う方向に行った。
「違う。後ろ。ゴーアヘッド」
彼の進んだほうには、怖いお兄さん達がいた。それなのにでたらめに竹刀を振り回した。
僕が「まずい」と言ってるのに、麻衣ちゃんはうちの野球部について聞いてくる。たしかに学園ドラマでもありそうにない設定だから、初めて聞く彼女にはおもしろいんだろう。
「なんだ、こいつ」
「喧嘩売るってか!」
怖いお兄さん達は、目隠しされたアーサーから竹刀を奪い取り、彼を打ち据えた。
「まずい」
僕が言った意味は、お兄さん達にとってまずいと言うことだ。アーサーは静かに目隠しを外した。
彼は人が大勢見てるのに、
「インザネームオブゴッドアンハーマジェスティ、アイルビーチューアップ」と大声を上げた。僕は「逃げて」とお兄さん達に忠告したが、向こうは数を頼りに殴りかかった。
「てめえら斬る」
アーサーは力ずくで竹刀を奪い取り、フェンシングを始めた。相手は全員で逃げていった。
「あのコーチといい、なんか楽しそうな学校だね」
麻衣ちゃんはいった。
「今度遊びに行っていい?」
「別にいいけど」
本当はうれしかったけど、僕は関心なさそうに答えた。これでノーギャラで手伝っただけの成果はあった。ただし、このことは一樹と金田には内緒にしておいた。
ビキニの集団はアーサーを怖がり、先輩達に文句を言っている。
「なんでこんな凶暴な外人連れてきたの」
僕は、彼女と海の家に向かった。夏の太陽がやけにまぶしかった。
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