第14話 BASEKETBALL(ベースケットボール)

 三学期が終わり、僕はあることで迷っていた。ずばり、サッカー部をやめて、野球部に転部するかどうかだ。

 入学前は弱小校だから、すぐレギュラーだと甘く見ていたが、県大会予選一次リーグを突破したことで、十月に転入者が殺到。部員が増え、全体の水準もあがって、このままでは僕はレギュラーになれそうにない。その点クリケットだったら、野球部員が少ないから問題ない。


 そして二年になった。クラス替えで、昌喜と一緒のクラスだ。

「また、おまえと一緒か。高校来た気しねえな」と僕が言うと、

「いやなら他のクラスに行けよ」と返された。

 部活のほうは、思い切って野球部に転部することにした。サッカー部の田中キャプテンからは、

「どうせまた同じ位置に立って、両方やるんだろう」

 と言われ、あのスーパーファインプレーの真似をされた。


 実際その通りになった。

 僕がクリケットのフィールダーでいると、

「おい、デフェンス。しっかりしろ」

 とゴールキーパーに怒鳴られた。さすがに頭に来たので、無視していたが、目の前にサッカーボールが来ると、身体が反応してしまった。

「惜しい人材を失った」

 と、サッカー部の連中は笑っていた。新入部員の後輩達は、この光景をどう見ているんだろうか。


 野球部の新入生入部希望者に、部活の説明をする時はすごかった。

 さすがにメジャースポーツ野球だけあって、入部希望者はそれなりにいて、彼らは希望に燃えて、顧問の話を聞くのだったが……。

「うちの部は野球などの球技を通して、部員達をどこに出しても恥ずかしくない立派な人間に育てることを目的としています。そのため、多少本筋から外れたことをしてますけど、そこは多めに見ているので、思う存分、青春をエンジョイしてください」


 野球部の高田顧問は社会科の教師だ。歳はサッカーの安藤顧問と同じくらいだけど、安藤顧問が親しみをこめてアントンとよばれているのに、どこか事務的でニックネームはない。

「顧問、はっきり言えばいいじゃないですか。ここはクリケット部だって」

 と、中野キャプテンが口を挟んだ。

「いや、まだ、そうと決まったわけじゃない。野球をやりたい者は野球をやればいい」

「聞いてみましょうよ。野球やりたいやつ?」

 キャプテンの質問に、新入生達は全員怪訝な顔をしながら、手を挙げた。

「じゃあ、クリケットやりたいやつ?」

 誰も手を挙げない。

 新入生達は、何を言っているのかといった様子で、顔を見合わせている。


「どうしようかな……」

 キャプテンが困っているので、僕は意見を提案した。

「こうしませんか。前にサッカーとラグビーで合同フットボール部にしたみたいに」

 合同フットボール部は、去年の秋には自然解消した。

「野球部とクリケット部をひとつに併せて、どちらもやる部にしましょう」

「名前どうするんだよ?」

「BASEBALLとCRICKETでBASEKET BALL」

 たまたまその場で思いついた名前だけど、バスケ(BASKET)と一文字しか違わない。

「バスケットじゃねえか」

「バスケットじゃなくてベースケットボール。対外的には野球部でも、実際にはベースケットボール部」

「実際にはクリケットだろうが」

 それを聞いて顧問は、

「そんな話はどうだっていい。野球部は野球部だ」と怒った。


 ここでこんな言い争いになるのも、学校側がこの問題をあやふやなままにしていたことがいけない。

 教頭は回答を出すと約束していたが、結論は出なかった。野球部は廃止できないし、クリケット部を新設するのも難しいから、無理はないと思う。だから、名前は野球部で活動内容がクリケットという、矛盾した状態が続いていた。


 しかし、事情を知らない新入生にとっては大問題だ。

 いかに立場の弱い一年生でも、これには我慢がならないと思う。

「野球部なのに野球ができないんですか?」

 その質問に対し、キャプテンは、

「君もクリケットやってみる?」と誘ったが、「いいです」と断られた。

「まあその話は、これから煮詰めるとして」

 と、顧問がお茶を濁そうとしたが、仮入部が終わるまでには結論ださないとまずい、という意見が出た。しかし、そう簡単に決まらないから、こうして揉めてるんだけど。


 キャプテンが一年生全員に向かって、

「おまえら本当に野球やりたいの?」と聞くと、

「当たり前です」

 一人がそう答えたが、全員同じ意見だろう。

「じゃあ、こうしようか。俺達と勝負して勝ったら、野球やらしてやる。その代わり負けたらクリケットになるぞ。いやなやつは他の部にいくことだな」

「勝負って、野球で勝負するんですか?」

「野球だったら、おまえらが勝つに決まってるだろ。逆にクリケットだったら、俺達上級生が勝つ。だから、速水のいうバスケットボールで決めようぜ」

「バスケやるんですか?」

「馬鹿だな。先輩達の話をよく聞いてろよ。野球とクリケットのあいのこ、今はやりのハイブリッドでルールを決めた新しいスポーツで試合するんだ」


 僕は、ベースケットを単に部活の名称として提案しただけで、アントンボールのようにオリジナル球技として考えていたわけではない。新入生はあきれ果て、上級生も気乗りがしなかったが、他にいい案が出ないのでそれで決まった。


 試合日程は次の日曜日。それまでにルールを決めないといけないが、中野キャプテンと一年代表の佐藤君で話し合って決めることになった。といっても、二人だけでルールづくりは難しいので、アーサーとサッカー部の相田先輩まで加わってもらった。


 話し合いは双方とも意見をなかなか譲らず、大雑把な部分しかまとまらなかった。その結果を簡単にいうと、フィールド、人数は野球。進行、道具、打法はクリケットを採用。つまりウィケットは設置される。

 投球は自由。走っても、肘を曲げても、予告なしで、いきなり投球スタイルを変更してもOK。投球数制限はないが、一日で終われるよう、各チームのバッティングは四時間までとする。

 クリケットは後ろや横に打ってもOKだけど、野球のフィールドを使用するので前方のみ。ただしフェアゾーンに入らなくても、ファウルにならない。その他の細かいルールは当日って、試合前に揉めるに決まってるから、予定時間より遅めに行ったほうがいい。


 予想通り、僕が予定時刻より遅れて到着したときには、まだ話し合っていた。キャプテンと佐藤君は口から泡を飛ばし、アーサーと相田先輩がそれをなだめている。他の部員達は退屈そうにしていた。いつものことだが顧問の姿はない。


 どこで聞きつけたのか、桜田さんもいた。僕が、

「誰に聞いたんですか?  昌喜にはこの件話してないけど」と聞くと、

「相田君から」

 彼女の口から思いがけない名前が出た。

「いつの間に知り合ったんですか?」

「まあね」

「僕、昌喜と同じクラスになったんですよ」

「え? そうなの」

「聞いてないんですか」


 ルールの話し合いでは、新入生の佐藤君が折れた。

「わかりました。それでいいです」

 中野キャプテンが、

「おい、やっと試合やれるぞ。集合!」と大声をだした。

 僕は桜田さんのことは忘れ、できたてのルールを知ろうと集合した。

「大体のことは聞いていると思うけど、わかりやすくいうとフィールドと、新入生は十人しかいないから人数も野球で、進行、道具、打法はクリケット。投球は好きにして。じゃあ開始」

 キャプテンの投げやりな説明に、僕はそんなことはすでに知ってますと、文句を言おうと思ったが、

「早く始めようぜ」の声に消され、試合開始となった。


 主審はアーサー、副審は相田先輩。

 コイントスで上級生チームは野球でいう先攻。つまりバッティングから。相手の新入生チームは野球のポジションで守備をしている。クリケットは野球のように守備位置が決まっていない。球の飛んできそうなところで守るんだけど、細かく分類されたポジションの名前はある。バッツマンは一人だから、バットマンと呼ぶべきだろう。


 一番バットマンは樋口君。僕と同級で、野球がやりたくて野球部に入ったけど、不良にならなかった希有な存在だ。身長が高く、それ以上に足が長い。彼がバットを構えるのを見て、僕はある疑問が浮かんだ。

「盗塁ありですか?」

 僕はキャプテンに聞いた。

「あるわけねえだろ。話し合ってねえけど」


 試合が開始された。アントンボールに劣らぬ奇妙な光景だった。野球の本塁ベースの後ろにウィケットが立っていて、その後ろにはウィケットキーパー。前にはクリケットバットを下に構えるバッツマン。その立つ位置も、野球よりずっとベース寄りだ。そして、野球のポジションにつく野手は素手。


 相手のピッチャーは、助走なしで肘を曲げて第一球を投げた。

 樋口君は空振り。

 ボールはウィケットの上を通り過ぎた。野球なら高めのストライクで、クリケットでは、ノーバウンドで腰より高い速球はノーボールとなり、バッティングチームが一点獲得する。ここでは問題なし。


「バウンドさせたほうがいいです」

 アーサーがアドバイスした。それで二球目はバウンド球。ピッチャーにとっては慣れない球で、逆にバッツマンにとっては打ちやすい。バットはボールをとらえ、大きく飛んだ。

「走れ。樋口」

 樋口君は一塁に走らずに、ピッチャーに向かっていく。しかもバットを持ったままだ。クリケットの癖が抜けないようだ。ピッチャーは驚いて後ずさった。

「馬鹿。そっちじゃない」

 アドバイス兼叱責の声が飛んだ。

 それで、樋口君は途中で気づき、一塁に向かった。


 セーフ。

 樋口君は、バットを副審に渡した。

 二番は僕だ。

 相手が慣れてないことから、徹底的に見送るつもりだ。相手が四球投げたうち二球打ち返したが、走るのを見送った。樋口君が盗塁を試みて成功したが、ルール違反なので、一塁に戻ることになった。


 そして、ピッチャーが五球目を投げようとした瞬間。

「タイム」

 キャプテンが、「六球投げたら交替じゃないのか」と質問すると、佐藤君は、

「球数、制限ないって話だったじゃないですか」と答えた。

「それ、試合全体の球数のつもりだったんだけどな」

 キャプテンは困った様子だ。

「このまま続けてください」

 と、アーサーが仲介し続行。


 そして五球目。

 僕はレフト方向へ打ち返した。すぐに一塁に向かって走ったが、一塁にいた樋口君が本塁に向かって走って来るので、僕とぶつかりそうになった。

「こっちじゃなくて二塁」

 と僕が指示して、彼は二塁へ向かう。レフトも野球感覚で、ボールを拾うとセカンドへ送球。

「馬鹿! そっちじゃなくて、あの棒を倒せ」と佐藤君がしかった。

 どちらのチームも頭が混乱している。セカンドがウィケットめがけて投げると、見事一本倒れた。しかし、すでに樋口君は二塁セーフ。


 三番バッツマン持田先輩。

 打った球は前にバウンド。

 ピッチャーに捕球され、そのままウィケットに投球。スタンプは倒れなかったが、ベイルが落ちアウト。僕も先輩も走るのを見送ったが、二塁にいた樋口君が走ったので、彼はアウト。


 それから持田先輩はブロックを三球続け、その次の球でヒット。

 僕も先輩も次の塁に向けて走る。球はショートを抜けてからバウンド。レフトが後ろに走って捕球した頃には、僕は二塁、先輩は一塁。

 二塁まで来たからには点が欲しい。僕は焦って四番のショートゴロで走ってしまった。キャッチャーに返球され、ウィケットにタッチされたときには、三塁に間に合わなかった。

 その後四番がコウト。スリーアウトチェンジの癖がついている新入生チームが、喜んで守備を離れようとすると、中野キャプテンが、

「馬鹿。まだ交替じゃねえ」と怒鳴った。


 五番がボウルドでアウト。その間に僕と樋口君はコンビニに向かい、全員分の弁当と飲み物を買ってきた。もちろん代金はアーサー、桜田、顧問のおごりと一部部費。


 六番が一塁にセーフしたとたん、アーサーが「ランチタイム」を宣言した。

 ちょうど正午だった。

「中途半端じゃん」

 みんな文句を言ったが、試合内容より時間が優先される。今の状態を覚えておいて、ゲームを再開することで同意した。


 あいているメンバーの手で、折り畳みテーブルと全員分の椅子が用意されランチタイムだ。グラウンドの隅で、僕らはコンビニ弁当をテーブルで食べている。風に吹かれた桜の花びらが、弁当のごはんの上に乗ったりして妙に風流だった。


 ランチタイムはゲームのことを忘れて会話を楽しむ時間だ。

 桜田さんが積極的に質問している。記事にされるといやなので、みんな適当にかわしている。逆に僕は彼女に質問した。

「無名校のおふざけが記事になるんですか?」

「それがうちのデスクから評判いいの。ここの高校ってちょっと変わってるじゃない」

「勉強もスポーツもだめで、そのくせ悪にもなりきれない。だから暇をもてあましている」

 僕の学校に対する自虐的な評価は、その場にいた者の反発をかった。

「それ、俺のこと?」

 と、キャプテンが聞いたので、

「いえ、僕自身のことです」と答えておいた。


「評価が高くないのは歴史が浅いからでしょ。その分自由だから。ミステリ研究会なんて大学でもないところが多いのに、高校であるなんて。しかも実際の事件を調べてるじゃない」

「ミス研は密室じゃなかったら、絶対に興味を持たなかったですよ」

「そうかも」

 彼女は笑った。

「事件解決が目的じゃなくて、あれこれ議論したいだけ。この間、僕が謎を解き明かしたら昌喜、本気で怒ってた」

「それで昌喜君、ここのところ私に冷たいのね」

 第三者にまであたるとは、せこい男だ。

「唯一のプライドを傷つけられて、意固地になってるんです」


 四十分のランチタイム終了。その後も二時間おきに二十分のティータイムがあるので、テーブルと椅子はそのまま。

 試合は三番二塁、六番バッツマンが一塁について再開。


 いよいよ中野キャプテンの登場だ。

 野球部のキャプテンに選ばれた理由が喧嘩が強いからという元不良少年は、センチュリーを狙うと宣言しているが、おそらくセンチュリーの意味がよくわかっていないと思う。

 相手チームはピッチャーを変えてこない。

 さあ、勝負だ。


 キャプテンは何球か見送り、ライト方向へ打ち返す。

「イエス」という声が出たので、二塁にいた三番持田先輩が走ってしまった。キャプテンも一塁の六番も走らない。球は素早く送球され、残念ながら三番持田先輩はランアウト。

 その後キャプテンは見事なヒットで二塁に。六番は三塁に。その後八番がヒットで一塁に。キャプテンと六番が走らなかったので満塁に。


 次に最終バッツマン九番。五球目がフェンスの向こうへ。

「ホームラン」

 敵チームは膝を崩した。

 塁に出ていた三人のバッツマンは、ゆっくりと本塁へ走ってきた。それを僕らが、両手でタッチして歓迎した。


「ちょっと待った」

 相田副審が注意した。

「何で君たち走るの。これバウンダリー6。自動的に六点追加。打者も塁に出た走者もそのままで続行」

 野球で満塁ホームランならすごいが、得点方式がクリケットルールなので、満塁であろうとなかろうと関係ない。しかし、一度に六点追加は満塁ホームラン以上だ。

 でも、上級生チームの一部はあまり理解できていないようで、

「何だ満塁ホームランじゃねえのか」と残念がる人もいた。


 九番の栄光もそれで終わりだった。次の球で空振り。球はスタンプを倒し、ボウルドでアウト。

 最終ストライカーがアウトで交替のルールなので、下級生達が長時間の守備から離れようとしたとき、

「おい。俺達三人アウトじゃねえぞ」と、キャプテンが叫んだ。


 クリケットでは十一人のバッティングチームのうち十人がアウトになると、残りの一人ではペアを形成できず交替だから、塁にいる走者以外が全てアウトなら交替というのは正しいはずだ。それがキャプテンには納得できない。

 ここでタイム。またルール協議が始まった。さっき休んだばかりの僕らは、またぶらぶらしだした。そうやって時間をつぶしているうちに、時刻は午後二時に近づく。そんなとき、

「おーい」

 校門のほうから聞き覚えのある声が聞こえる。


 ランスとサッカー部マネージャーの沙也加だ。ランスはわかるけど、なぜサッカー部のマネージャーが?

 二人とも大きな紙袋を持っている。

「これ差し入れ」

 彼女は、テーブルの上に紙袋を置いた。

「何で沙也加がいるんだよう?」

 僕は彼女に聞いた。

「相田先輩に頼まれて」

「そういうことね」

「で、袋の中身は?」

「僕のマネーでティータイム用のお菓子買ってきました。もう、高かったんだから」

 とランスが答えたので、

「最近儲かってるからいいじゃないか」と僕はいった。


 沙也加は紙袋の中身をとりだしながら、

「紅茶もパック入りじゃなくて、葉っぱから煮出すタイプ。専用ポットもあるから、速水君手伝って」

 僕と彼女と桜田さんで、宿直室のガスを借り、本格ティーを煮出し、またグラウンドに戻ってきた頃には、キャプテン達はあきらめて、交替を認めていた。

「累から離れて俺が打ったら、累にいたはずの俺が走ったことにして、打った俺は一塁に、走ったことになっている俺は三塁に。やっぱおかしいよな」

 頭が混乱しているようだ。


 時間はまだ早かったが、そこでクッキーと本格ティーのティータイム。

 先攻の結果はバウンダリーの六点だけだったが、ゲームを離れ談笑していると、そんなことはどうでもよく思えてきた。

「ソッカーにはティータイムがない。やっぱバーバリアンのスポーツだからな」

 と、キャプテンが沙也加をからかう。

「言われると悔しいけど、なんかこれいいね。ハーフタイムを三十分くらいにすれば、サッカーだってティータイムやれるけど」

「ノーノーノー」

 ランスが指を振った。

「フットボールは熱くなければだめ」

「時間の問題じゃなくて、やってる人間がバーバリアンだからな」

 とキャプテンはしつこい。

「相田先輩だって速水君だって、紳士なんだけど」

 沙也加が反論した。別に僕の名前をださなくてもいいのに。

「速水は紳士だから、俺達がスカウトしたんだ」

 こんな感じでティータイムはいい雰囲気だったので、二十分の予定が三十分に延長された。


 ティータイムが終わると後半。

 先発ボウラーは持田先輩、ウィケットキーパーは中野キャプテン。その他のメンバーは、新入生のように野球のポジションにこだわらず、フィールドに適当に散らばった。


 先輩はランアップしてから、肘を曲げずに上からのバウンド球を投げ、クリケットのバッティングに慣れていない新入生達は、無駄に空振りや内野ゴロを続けた。

 先輩はわずか六球で、ボウルド、ランアウト、ボウルドと三人からアウトをとり絶好調だ。しかし、キャプテンが、

「六球投げたよな。交替しろよ」

 と、いつものルールにこだわり、交替を指示。

「今日は変則ルールだから、変わる必要ねえじゃん」と持田先輩は拒否。

「馬鹿だな。今は勝ち負けより、新入生にクリケットのおもしろさを伝えることのほうが大切だろ」

「わかったよ」

 持田先輩は吐き捨てるように言うと、ボールをフィールドにほうった。僕がそれを拾ったので、ボウラーをやることになった。


 四番バッツマンは、ボウラー交替をチャンスと見たのか、表情に余裕を見せ、ひざを曲げバットを右斜め下に構えた。

 僕は持田先輩同様クリケットの標準的な投法。助走をつけ軽くジャンプし、肘を曲げずに上から投げた。

 ボールは打たれ、右方向に抜けたが、相手は走らない。二球目も打たれたが見送られた。

「肘曲げたらどうだ」

 中野ウィケットキーパーからアドバイスを受けた。

「やったことないいんですけど」

「せっかくの変則ルールだ。使えるワザはとことん使おうぜ」

 キャプテンのアドバイスに従い、僕は、助走を付け、肘を曲げて投げた。コントロールが狂い暴投。しかし、ペナルティで相手に得点が入るようには決めていない。


 次に僕は賭に出た。

 助走の距離を長くとり、ジャンプ、肘を曲げ腕を上に持っていく途中で、腕を下に降ろし、着地した時点で下からソフトボールのように投げた。相手は驚いてバットを振らなかった。ボールはベイルを落とした。

 昔のクリケットは下から投げた。今ではほとんどない。規則上はOKなはずなので、実際に使った選手もいる。そしたらいろいろ揉めたあげく、反則をとられてしまった。だが、ここでは、有効な技なのだ。

「アウト」


 五番手はルール協議に加わった佐藤君だ。初球見送り、二球目で二塁まで走るヒット。僕は六球投げたのでボウラー交替。

 それから六番バッツマンと持田ボウラーの対決。

 調子に乗っていたときに交替したことで、持田先輩はリズムが狂ったみたいで、三球目でヒットを打たれた。打者は一塁どまりだが、二塁にいた佐藤君は足も速いようで本塁まで向かう。

 ライト付近にいた樋口君が、ウィケットめがけて勢いよく投げたが外れ。キーパーのキャプテンも捕球できずセーフ。

「遠かったら直接当てようとしないで、俺に送れ」

 一点を許したので、キャプテンが怒るのも無理はない。


 次の打者はまた五番の佐藤君。打球はレフト方向に大きく伸びた。フェンスの手前でバウンドし、フィールダーが二人、それを拾おうと走る。

 ウィケットまで距離があるので、六番は本塁に。二点目。佐藤君は二塁に。


 続いては六番バッツマン。またもヒット。一塁に。佐藤君は本塁に。

 これで相手はすでに三点。まだ全員アウトまで五人残っている。

 また佐藤君。なんと校門を越えバウンダリー6。これで九点。


 九対六で上級生チームの負けが決まった。僕らフィールダーは肩を落とし、ベンチのほうへ歩きかけたとき、佐藤君がいった。

「時間大丈夫ですよね。まだ続けましょうよ」

 その声には、一人で八点も稼いだ自信がみなぎっている。

「よし、プレーを続ける」

 と、キャプテンは試合の継続を宣言した。

 その声は佐藤君とは対照的に力がなかった。上級生が負けたということは、この先クリケットがやれないということだ。野球に関しては新入部員以下の実力しかない上級生達は、実質引退することになる。


 負けたチームはやる気をなくし、勝ったほうは自信をつけ、五番、六番はアウトにならず、次のティータイムを迎えた。そこまでの二人の累計獲得点数十五点。

 それでもティータイム中は、負けた上級生達も笑顔を見せた。無理して明るく振る舞った部分もあるけど、陽気なランスのいた影響が大きい。


「最近この新聞記者さん、僕のことしつこく嗅ぎ回ってるみたいだけど、もうすぐ写真週刊誌に追っかけられるようになるから、彼女の出番はなくなります。そうだよね。アーサー」

 話を振られたアーサーは、

「最近ランスがいないことが多いから、桜田さんによく質問され迷惑です」と微笑んだ。

 桜田さんは、

「そう、ランス、売れっ子になってきたからこっちにいないのよね。うちみたいな地方新聞じゃそのうち相手にされなくなるから」

 と言い訳し、さらにランスのほうを見て、

「今日、ランス、オフでしょ。試合終わったら取材させてよ」と頼んだ。

「いいよ。てつちゃんあたりでどう? アーサーもあいてるよね?」

アーサーは「オフコース」と答えた。

 すると桜田さんは、

「だめよ。アーサーは試合で疲れてるから。それに独占記事にしたいんで、できたらランスさんと二人だけで」

「なんだよ。年上女性とランデブーか」と、ランスはしぶしぶ認めた。

 僕は興味を持ったが、その場は会話に加わらなかった。


 五時近くになって試合が再開された。すぐに二点追加されたが、僕がボウラーの時、六番をコウトでしとめた。それから佐藤君にバウンドホームランのバウンダリー4を打たれ、四失点。

 続いて三塁まで走られた。持田ボウラーが七番に二塁ヒットを打たれ、また佐藤に一塁ヒットを許した。僕の番に交替で、走者は一塁、三塁。打者は八番。三球でボウルドアウト。最終バッツマン九番登場。こいつをしとめればゲームセットだ。そのころには後片づけをすませた沙也加や相田先輩は帰っていった。


 一球目。相手に当たるがデッドボールなどのペナルティはなし。

 二球目。軽く打たれ見送られる。三球目、空振り、ボールはスタンプにかすったように見えたが、ベイルは落ちず。四球目、結構いい当たりだが相手は走らない。慎重だ。五球目、後ろに高くフライが上がる。全員の目がウィケットキーパーのキャプテンに集中する。キーパーのみグラブを着けているので、心配はし ていない。しかしボールはグラブからこぼれた。

 六球目。僕は残りの力を振り絞って速球を投げた。ボールはバットにかすったが、そのままウィケットに当たりボウルドアウト。


 ゲームセット試合終了。

 時刻は六時頃であたりは暗くなってきていた。

 朝十時少し前から始めたので、休憩を除いても六時間以上もゲームに費やしたことになる。上級生達は春休みに半デイマッチ(造語。ワンデイマッチの半分程度の時間)をしたので慣れているが、新入部員はあくびをしたり、ため息をついたりしている。


 今後彼らは、一生クリケットをすることがないだろう。

 今日の試合は、野球との混合だが、きっといい経験になったに違いない。問題は上級生で、今後クリケットをプレーすることがあるのだろうか。また前の不良に戻って公園を不法占拠し、野蛮族と紳士のスポーツを楽しむのか。ティータイムに酒が出たり、スコアが混乱して乱闘騒ぎと楽しそうだ。


 試合の後、僕はこっそりてっちゃんに向かった。

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