第10話 レース狂の詩

 人から聞いた話だけど、あの後野球部、そうとう絞られたらしい。

「俺達が悪いんじゃない。あいつらが勝手に入ってきたのがいけないんだ」

 と正論を言っても、教頭から、

「普段の行いが悪いから、こんなことになるんです」

 と、頭ごなしに叱られた。

 そのうえ教頭達が去った後に、アーサーから、

「シェームオンユー」って言われて、思い切りびんたくらったって噂。


 たしかに次の日部員の一人の顔見たら、顔が腫れてた。これがアーサーと野球部の確執を生むことになるんだけど、その被害者は僕たちなんだ。もう野球部と呼ぶのやめて、野球族に名前変えたほうがいい。野球族、野蛮族。一文字しか違わない。


 十月に入ると、二次予選リーグが始まった。さすが二次リーグに進む相手だけあって、初戦から手強かった。それでも、うちは三対一と圧勝。

 一週間後、ラグビーのほうも試合があったけど、これが僅差で勝利。

 相手チームは、過去に花園出場経験もある強豪なんで、これには驚いた。

 部員達はまぐれとか、一緒に組んだ他校のお陰とか謙遜してるけど、テレビで取り上げられて、僕らの中で何かが変わったのかもしれない。それ以上にコーチの影響が大きい。テクニックどうこうより、一緒にプレーしてると自信が湧いてくる。


 翌週。

 ラグビー、サッカーとも二回戦に勝利すると、もうまぐれで説明するのは難しい。

 両チームとも明らかに実力があがってきている。でも、単純に喜んでいられない。それを快く思わない連中がいるからだ。それも同じ学校内に。そんな馬鹿なと言うかもしれないが、アーサーのことを憎んでいるあの野球族が嫉妬すれば、何をしでかすかわからない。


 十月の下旬に入った頃、勝利で沸き立つ我がサッカー部が、練習に向かおうと部室を出ると、慌てて部室から出てくるラグビー部員達と遭遇した。

「やあ、お互いに次の試合がんばろうな」

 と、うちのキャプテンが声をかけたが、着替えてもいないのに部室から飛び出してくるとは様子が変だ。

 向こうの巨漢のキャプテンが、

「おまえらがやったんだろ!」とすごい剣幕で怒っている。

「なんのこと?」と、うちのキャプテンが聞く。

「こっちへ来い」

 と部室に案内されて、僕らは中に入った。


 ラグビー部の部室が、ひどく荒されている。

「俺達じゃないよ」

「おまえらなら一応統合してるから、怪しまれずに部室の鍵持っていけるよな」

 部室の鍵はキャプテン、顧問と職員室の壁に一つずつ。

「あんなの誰でも持っていけるだろ」

「じゃあ、誰がやったんだ?」

「統合してるのに、何で俺達がやるんだ?」

「そっちは弱小二校に勝っただけ。ラグビー部は花園出場校を倒した。嫉妬して足引っ張ったんだろ?」

「その論理なら、うちよりもっとダメなところがあるじゃないか。たとえば野球部」

「野球部みたいに、最初から放棄してるところが嫉妬なんかするか。中途半端にがんばったやつが嫉妬するんだ」

「野球部が犯人じゃないとしても、うちがやったとはいえない」


 その場は、とりあえずそれで収まったけど、この一件で明らかに二つの部の間に溝ができた。その前から県大会があるので、アントンボールは中止していたので、問題は表面化しなかったが、ラグビー側は不信感を抱いているようで、うちはそれに反発していた。


 そのことが影響したのか知らないけど、準々決勝の三回戦は両チームともに敗北。それもラグビーは大敗で、うちは惜敗と差がついた。過去の成績から考えると、県でベスト8に残っただけで満足すべきなんだけど、ラグビー部は敗因を部室が荒らされたせいにしてるみたい。


 うちの安藤顧問は、

「君たちはよくやった。今回の試合は運が悪かっただけで、ベスト4の実力はある。来年は決勝トーナメントだな」

 と、ろくに指導もしないのに褒めてくれた。対照的に市ノ瀬は、

「今年は、実力もないのに運だけで勝ち進んできた。来年はいつものように一次予選どまりだな」

 とけなしたらしく、ラグビー部員の志気が落ちてしまった。

 市ノ瀬からすればやる気を出させるためだったかもしれないが、ラグビー部員からすれば、好成績を出したのにけなされたのではやりきれない。彼らは野球部のようにぐれるかわりに、その怒りをアントンボールにぶつけてきた。


 うちとしてはたびたび試合を申し込まれて迷惑なんだけど、相手をしてやらないと悪いからしぶしぶ引き受けた。それでわかったけど、ラグビー部のアントンボールの実力が上がってきている。最初に戦った頃とは雲泥の差だ。

 サッカー部顔負けのドリブルやヘッディングを見せるかと思うと、得意のランニングインはタッチ方式をよく考えたプレーになっている。彼らは、ひとときの勝利の余韻に酔いしれるのだった。


 一方、野球部の動きが怪しい。彼らは、なんとサッカーとラグビー両チームの世話で忙しいアーサーにクリケットの指導を申し込んでいた。絶対に裏がある。ビンタされた復讐を企てているに違いない。


 クリケットは、サッカーやラグビーと同じくイギリス発祥で、野球とよく似たスポーツだ。しかし、サッカー部の相田先輩に言わせると、見た目は似てるけど根本的なところが違うそうだ。野球は投げた球を打つ、クリケットはウィケットという三本の棒を球から守る。

 野球の発祥説はいろいろあるけど、十九世紀のアメリカで現在の形になったのははっきりしている。そして、間違いなくクリケットの影響を受けている。


 クリケットは母国イギリスの他、英連邦で盛ん。日本ではほとんど知られてないけど、競技人口が世界で二番目なんだって。一番はもちろんサッカー。ちなみに日本で大人気の野球は、世界的に見ると競技人口が少ない。昔はアメリカで人気があったけど、アメフトやバスケに押され気味。


 アメリカでのサッカー人気はというと、観戦するスポーツショーとしては不人気だけど、安全で費用がかからないから、小学校の体育の授業で教えていて、ほとんどの人が経験がある。観るものじゃなくて、やるものという認識。


 クリケットは優雅で奥深く、途中でティータイムまである上流階級のスポーツ、というかたしなみなんだって。

 あの野球部とこれほど似合わないスポーツがあるだろうか。ボクシングでも教えてもらえばいいのに。それと、あの野球部、野球部のくせに野球のルールも知らないって噂もある。少なくとも、僕が入学してからは、まともにプレーしたことはない。


 クリケットの件の話を聞いた日の帰り、僕はアーサーに警告した。

「野球部なんかにかかわるのやめなよ。あいつら、この間の仕返しになんか罠をしかけるつもりだよ」

「たとえそうだとしても、断るわけにはいかないです」

 アーサーも覚悟はしてるみたいだけど、むげなく断るのは、紳士とか騎士道精神に背くのだろう。


「クリケットも結構人数がいるんでしょ。野球部って人数少ないから、練習試合もできないよ。このへんの高校でクリケット部あるところなんてないし」

「私に考えがあります。暴走族と野球部。人に迷惑かけます。あまりよくありません。クリケットは紳士のスポーツです。勝敗よりも、人と人との交流が重要です。私は、彼らをクリケットで立ち直らせたいです」

「それで、野球部と野蛮族がクリケットで対戦?」


 アーサーは、野球部と暴走族にクリケットを教えて、しかも健全な精神を植え付けるつもりのようだ。僕はイギリス人の奇抜な発想に笑った。

「野球部は自分からやりたいって言ってるからいいけど、野蛮族をどうクリケットに誘うんだよ」

「実は私、彼らと仲直りしました」

「仲直りって?」

「運動会のあった日、帰りに彼らにあいました……」


 アーサーの話をまとめると、

 運動会の帰りに、彼らはうちの野球部を待ち伏せしていた。アーサーは自分を待ち伏せしていたと思ったが、彼にはもう恨みもないそうで、憎らしい野球部を叩きのめしたい一心という。頼むから邪魔しないでくれと言われた。

 アーサーが、野球部なら自分が叩きのめしたと言うと、彼らは大喜び。敵の敵は味方というやつ。気をよくした彼らは、アーサーと仲直り。今度一緒に遊ぼうぜという始末。

 その遊ぼうぜを、アーサーは本気にしていた。

 

 十一月の下旬で肌寒い日のこと。その日久しぶりに昌喜と一緒に帰った。昌喜と二人でいて、かなり遅くなっていたので、僕は最初に野蛮族に囲まれた時のことを思い出した。

「あれからもう二年近くだぜ。最近、野蛮族に絡まれることないな」

「誠に手を出すと、アーサーに言いつけられると思ってるんだよ」

「それがさ、最近アーサーと野蛮族、仲良くなったって」

「ぷっ」

 昌喜は思わず吹いた。


 その時、後ろから何台かのバイクが近づいてくる音がした。僕はあの時のことを思い出し、後ろを振り向いた。すると、

 先頭のバイクに乗っているのはアーサーだった。でかい外人がヘルメットもつけず、数台のバイクを率いている光景は、知らない人が見れば相当怖いと思う。

「何やってるんだ」

 僕は叫んだ。アーサーは僕の近くで停まると、

「このバイク借りました」と言う。

「俺が貸した」

 二人乗りの後ろに乗ってるやつが叫んだ。「それ俺のだからな」


 族達がいなければ注意するところだけど、ここは、

「免許持ってたんだ?」と、彼に普通に聞いた。

 するとアーサーは、

「日本では免許所持者が同伴していれば、免許なしで乗れると聞きました」

 と、無茶苦茶なことを言う。

「それ違うよ」

 と反論したけど、族達がエンジンをふかし、アーサーには聞こえなかったみたい。


「これからモーターレースします。駅前スタートです。見に来てください」

 と、彼は言い残し、走り去っていった。

「レースってこれやばいよ。止めなきゃ」

 僕と昌喜は、急いで駅前に向かった。


 僕らが、息を切らし駅前に近づいたときには、レースはもう始まっていた。僕らの横を五台のバイクがものすごい勢いで通り過ぎていく。

 駅前で待っているレースに参加しない残りの二人に、

「どこいったの?」と聞くと、一人が、

「おまえらの高校まで行って戻ってくる。それを四往復する。すぐ終わるさ」と気楽に答えた。

 もう一人が、「あの外人、完全レース狂だな」といった。

「レース狂というよりスポーツ狂」と、僕は訂正した。

 警察につかまらなければいいけど、と心配したけど、アーサーが先頭で戻ってきたときは応援したくなった。

 二往復目も先頭で、「がんばれ」と応援していた。

 三往復目は二位で、「どうしたんだよ」と非難した。


 そしてレース終了間際、アーサーとさっきの一位がほとんど同時に先頭で来た。

「アーサー!」

 会社帰りの人達も何事かと、何人か見物している。

 二台はほぼ同時にゴールした。ぱらぱらと拍手が起こる。アーサーと先頭を争った族は、握手してお互いをたたえ合った。

「もう帰ろう」

 僕と昌喜は、遅くなった時間をとりもどそうと、急いで帰った。

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