第9話 野球部以外はスポーツの秋

 夏休みの間は、秋の県大会に向けて、練習にがんばらなきゃいけないんだけど、うちの学校は伝統的にそういうのがないみたい。それでも今年は新生合同フットボール部は、それなりに練習している。

 もちろん、ラグビー、サッカーそれぞれの練習がメインだけど、時々アントン・フィールド・ゲームを楽しんだ。ルールはその都度変わるけど、それがまたおもしろいからやめられない。


 ああいう楽しみがあると、普段の練習の励みになる。いっそのことアントンボールだけやろうぜ、とかみんな話してるけど、一校だけのオリジナルスポーツは難しいとあきらめるしかない。


 相田先輩は、イートン校でもラグビー校でも学校独自のスポーツをしてたといった後、十五世紀に創立された超名門校と、うちみたいな創立十年ぐらいのスポーツ(実は勉強も)弱小校を一緒にしちゃいけないとまとめてた。

 相田先輩の話を昌喜にしたら、とても興味を持って、英語の得意な彼は、自分でいろいろと調べ始めた。例えばシャーロックホームズの作者の母校も、トラップ、キャットといったオリジナル球技があったって、僕に教えてくれた。


 スポーツだけじゃなく遊びも充実させなきゃと、八月の頭に僕ら合同フットボール部の一、二年数人で海に遊びに行くことになった。

 サッカー部のマネージャー吉田先輩の親戚の漁師さんが、毎年夏の間だけ海の家をやるんで、その手伝いをするから、君たち安くしてあげると誘われたのがきっかけ。

 アーサーを誘ったんだけど、レポートをまとめる必要があるからと断られた。

「レポートって何?」と聞くと「日本のカルチャーに関するもので、帰国後に提出しないといけない。それが目的でここに来た」と言われた。

 それで、アーサーの代わりにランスが行くことになった。

「ランスはいいよ」と断ろうとしたら、最近買ったワゴン車に乗せてくれるって。このごろ仕事が増えて、ギャラも上がってるそうだ。


 吉田さんのいとこが、僕らと同じ高一なんだけど海の家を手伝っている。麻衣ちゃんって言って、顔と口が小さくて、二重まぶたの目がやたら大きいキュートな子。

 それで僕らは、ビーチよりも海の家にこもりきり。

 びっくりしたのは、ランスにサインをねだる人がいたことだ。それも子供じゃなくて大人。

 聞くところによると最近ランス、全国区の民放のクイズ番組の外タレ枠で出演し、わざと馬鹿な解答をして人気上昇中だって。


 ランスは夜に仕事が入っているので、僕らはあまり長くいられなかった。一年生だけ帰りに地元のゲームセンターで降ろしてもらった。中に入ると、うちの野球部の連中が、何人かたむろしてた。


「関わらないほうがいいな」

 僕も一樹の意見に賛成で、彼らから離れた台でプレーした。それでも気づかれてしまった。相手は三年が二人と二年が三人。僕らと同じ高校とは思えない服装で、タバコも吸っている。


「おい、サッカー部」

 金髪を立てた幽霊みたいな顔の三年が話しかけてきた。

「はい」と返事すると、

「ちょっとテレビにでたからって、調子に乗ってるんじゃねえぞ」

 気の強い一樹が、

「別に調子に乗ってないですよ」

 と逆らうから、表に出ろということになった。


 向こうは僕らより一人多くて、喧嘩慣れしてる。まずい。またあのときのようにアーサーが来てくれたらと思ったけど、そう何度も偶然は通じない。


「上級生に刃向かうとは、サッカー部は一年にどういう教育してんだ、おい」

 僕らは、下を向いて並んでいた。

「野球部はしっかりしてるよな」

 三年生が二生年に聞いた。

「はい」

「まず、こいつからだな」

 と、一樹に顔を近づけて睨むと、いきなり腹を蹴った。

「何するんですか?」

 その三年は、一樹の文句を無視して、

「次はお前か」といって、僕の前に立った。

 そのとき、「そこまでだ」という声がした。


 誰かが救いの手をさしのべてくれたのか。

 僕は声のほうを見た。

 爆走野蛮族の人たちだった。でも、なぜ?


「てめえら、一般市民に迷惑かけてんじゃねえぞ」

 族の一人で見たことのある奴が、大声でそう言うと、

「バ~カ、こいつらうちの学校の下級生だ。学校行ってねえおまえらには関係ねえけど、指導ってやつだ」

 といって、野球部の三年も負けてはいない。するとその族は、

「俺は学校やめたけど、こいつはまだ行ってるぜ」

 と一人を紹介した。最初アーサーに助けてもらったときにいた奴だ。そいつが、

「俺、お前らと同じで、学校行って糞して寝てるだけ。アッハ」

 と、からかうから小突きあいが始まった。

「逃げろ!」

 僕らは、全速力でそこから去った。


 追われる気配がないとわかると、一樹は、

「野球部と野蛮族って仲悪かったんだ。このまま共倒れしてくれ」

 と毒づいた。

 僕は僕で、「野蛮族に助けられるとは、なんか格好悪いな」と気落ちした。「それと野球部廃部になったほうがいい」


 その野球部だけど、最初からこうだったわけではない。学校ができた当時は、他校と同じで人気の部活だった。最初のうちは指導できる教員がいないので、外部の監督に任せていたが、三年前にその監督がやめてから急に悪くなった。

 かなり立派な監督だったみたいで、甲子園を目標に県大会でも上位にくいこめるまでになったけど、それがだめになって、野球部員にはショックだったみたい。

 サッカー部みたいに、最初からダメなところは問題ないけど、そこそこ実力があったから、悔しい思いをしたんだろう。

 評判を落とした野球部でも、新入生の入部希望者はいるから、部は続いていく。

 何も知らずに入った彼らがやめようとしても、ヤクザの世界と同じで、一旦入ったらやめられない。そのうち上級生の影響で、同じような不良のできあがり。しかも年ごとにひどくなっているという話だ。


 もしかしたら野球部の連中は、自分達を立ち直らせてくれる、強い指導者を求めて彷徨っているのかもしれない。

 ヘラクレスの如くたくましく、白衣の騎士の如く気高いヒーローを(昌喜風表現)。

 なんて、TVドラマじゃあるまいし、野球で不良が更生するわけがない。



 夏休みの後半に、高校サッカー県大会の組み合わせ抽選会があった。

 抽選結果にうちのキャプテンは、くじ運がないと嘆いていたけど、組み合わせがどうなろうが、一次予選リーグで敗退するから関係ない。

 それでもめげずに練習してるのは、アーサーの影響かもしれない。ラグビー部のほうは他校と合同だけど、同じように忙しいから、しばらくはアントンボールはおあずけ。


 ラグビー、サッカーとも、県大会決勝トーナメント出場を目標に練習に励んだ。

 弱小校だから無理だとわかっていたけど、あまり気負わない風潮が生まれてて、練習量も自然と増えていた。

 練習の甲斐あってか両チームとも順調に勝ち進み、二次予選リーグにすすめた。

 そのおかげで、九月下旬の秋の運動会は活気に満ちていた。


 学校公認オリジナル競技アントン・フィールド・ゲームがテレビに取り上げられたことで、運動会にもオリジナル種目を入れようと、教員生徒を問わずアイデアが募集された。

 選考の結果、サッカー部の相田先輩の案「玉転がしボウリング」に決まった。ネーミングセンスないけど、聞いただけで内容が想像つくのでわかりやすい。


 ボウリング同様十本のピンを並べる。

 ピンは工事現場でおなじみのカラーコーンを使う。ボールは玉転がし用の大きな玉。

 玉は紅白二色あるから、二チームが同時に争う。

 幅三メートル、長さ二十五メートルのレーンが二本あって、赤白それぞれ二人ずつの選手が、大玉を転がして、レーンの終端で玉を強く押しだし、そこからさらに数メートル先にあるピンを倒す。

 選手はもちろんレーンから出てはいけない。玉がレーンの横から外に出たら、ガターと見なされ、スタート地点まで戻らなければいけない。

 十本のピンの後ろには、赤白二名ずつのキーパーが控え、ピンが倒れた後、玉をすばやくレーンの端で待つ選手まで戻し、それから倒れたピンをどける。全部のピンが倒れれば、十本並べ直す。

 キーパーから玉を受け取った選手は、それを転がしてスタート地点に戻る。次のペアと交替。制限時間を設けて、たくさんピンを倒したチームが勝ち。結構盛り上がった。


 それ以外にも一波乱あって、もう大変だった。

 野蛮族の連中が父兄に混じって潜入していたらしく、それが徒競走のタイミングで轟音をあげながら、バイク十台ほどで乱入してきた。


 やつらはグラウンドを周回した後、中央に陣取ると叫んだ。

「野球部の馬鹿ども出てこい」

 そしたら、野球部が売られた喧嘩に挑んでいった。正確には野蛮族に気づいた時点で、何人かは向かっていった。馬鹿と言われて出ていくようじゃ、本当の馬鹿だと僕は思った。

 そこで当然のように乱闘。


「君たち、出て行きなさい。警察を呼ぶぞ」

 と、教頭がメガホンで叫んでも、どっちも興奮しているから手がつけられない。生徒も父兄も大騒ぎで避難しようとするから、地獄の様相。

 もちろん、アーサーや市ノ瀬みたいな体力自慢は、直接止めに入った。それにラグビー部のキャプテンや柔道部も何人か加わったけど、どっちが敵か味方かわからなくなってるみたいで、野球部と喧嘩になってたりしてた。

 僕? 僕はおもしろそうだから近くで見てた。


 刺又の講習会を受けた自称達人の先生が、それを持ってきて使おうとしたけど、混乱状態だと効果がない。

 いくら野球部と野蛮族を引き離しても、また取っ組み合うから、ついにアーサーがきれた。

 刺又を借りると、それを両手で持ち、大声を張り上げいつものセリフ。本人は格好つけてやってるんじゃなくて、戦国時代の合戦劇の名乗りのシーンでもみたらしく、日本では戦いの前にはなにか言わなければいけないと思いこんでるみたい。

「神と女王陛下の名にかけて、天にかわっててめえらキル」

 と、無理に日本語で言おうとするから、文章としておかしくなってる。だけど、日本語の発音うまくなってきてた。

 見てて笑えたのは、あの二メートル近い長さの刺す又でフェンシングを始めたことだ。しかも、バランスがよくて不思議と似合っている。誰かアーサーに正式な使い方教えてやれよ。


 それから敵味方関係なく、ものすごい勢いで刺又を振り回すものだから、野球部も野蛮族も走って逃げ出した。

 そのまま逃がせばいいのに、刺す又を逃げる相手の背中に向かって、槍投げのように力強くなげた。槍投げというより、江戸時代の捕鯨の銛打ちと言ったほうがいい。昌喜ならポセイドンの三つ又の槍とでも言いいそうだ。刺す又は二又だけど。


 二、三人はそれで動けなくなった。

 警察が来たときには、事態は収拾してた。

「またあいつらですか」

 警官がそう話してたけど、あいつらとは野蛮族なのか野球部なのか不明。


 その後競技は再開されたけど、帰宅した父兄もいるみたいで、見物人は明らかに減ってた。だけど、生徒も減ってたのはおかしい。

 運動会に桜田さんも来てた。取材に来たのか、ただの見物なのかわからないけど、結構インパクトのある見せ物に遭遇できたはずだ。


 僕は後片づけの時、彼女に話しかけられた。

「あれ、この間の。昌喜君のお友達」

「はい、速水です」

「楽しい運動会だね。あれも余興のひとつなんでしょ」

 彼女が本気で言っているのか、嫌みなのかわからない。

「ええ、族達にはギャラが出ます。あと警察にも協力してもらったから、ギャラ払わなくちゃ」

 と、僕は冗談で返した。

「野球部がどうとか叫んでたけど、おたくの野球部と彼らって仲悪いの?」

「夏休みに喧嘩してるの見たことあるけど」


「そうそう」

 彼女は大切なことを思い出したかのように、

「さっき暴れてた外人さん」

「アーサーの事? 取材するんですか?」

「彼じゃなくて同居してるほう」

「ああ、ランスか」

「彼取材できないかな?」

「タレントだから?」

「まあ、そうね。そういうことにしとくか」

「それなら喜んで応じると思います。なんなら僕のほうからアーサーに言っておくけど」

「お願いできる? じゃあ、これ渡しておいて」

 彼女は僕に名詞を渡した。

「この前、おごってくれたお礼ですよ」

 といって、僕は彼女から離れた。それから歩きながら考えた。そういうことにしとくかって、他に取材する理由なんかないだろう。

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