第8話 WGグレース最後の事件
それから両キャプテンと顧問、それに大活躍のアーサーが、マスコミの取材を受けていた。
サッカー部とラグビー部は、部室に向かう途中、和気藹々と一緒に歩いていた。そこで、
「これから一緒にてっちゃんにいこうぜ」
って話になった。てっちゃんとは駅近くの焼きそば屋で、電車通学の連中はよく行くみたいだ。
僕もみんなと一緒にいたけど、昌喜が近づいてきて、
「ちょっと、桜田さんが話があるそうだけど」
と、桜田さんを紹介された。
「焼きそばやさん行くんだよね。代金うちが払うから、そこで取材させてくれない?」
と桜田さんに言われて、喜んで引き受けた。みんなに伝えると大賛成だった。
着替えを終えて、みんなで駅に向かったけど、あそこの店結構広いけど二チームは入りきれないと、僕は心配してた。おまけに桜田さんと昌喜までついて来てる。
予想通り全員分の席はなかったけど、僕ら下級生が立っていればいいことで片がついた。
店のほうも気を遣って貸し切りということで、新しくやって来るお客さんを断ってくれたけど、高井さんや先生達など関係者が次々に来るから、ますます狭くなり、店の調理が追いつかなくて遅れて、僕ら下級生が手伝った。
その場は大いに盛り上がった。上級生達は楽しそうに、
「今度やるときは、前半ランニングインなしで、後半タッチにしよう。それで平等だ」
などと、次の試合の話をしてる。なんかラグビーとサッカーという別々の部というより、全体でひとつの部みたいだ。
そう、元々僕らは同じフットボールから別れた兄弟なんだ。そのことが今回の試合で証明された。
店の中がうちの学校関係者で一杯になったので、一般のお客さん達は早々に帰っていって、詰めれば下級生も座れるようになった。
桜田さんとミス研の二人は、隅のほうに座って何か話をしている。
近づいてみると、例の事件の話だった。
「今あの家にさっきの外人さんが住んでいるの? へえ、それで中に入れたわけね。事件解決にまた一歩前進ってところね」
そう言いながらも、桜田さんはもう古い事件には興味がないのか、タバコを吸いながら雑誌を読んでいる。
「残念ながらドアが改装されてますからね」
昌喜は本当に残念そうで、
「僕は、やっぱりあのドアがポイントだと思う」としつこい。
高井さんは今二年生だ。去年そこに行ったことがあるそうで、
「私が行った時は、引っ越し前でドアは古いままだったから、思い切って家の中に入れてもらえばよかったな」
「それより、高井さんってモデルみたいな美人じゃない。ねえ、こういう服どう思う?」
桜田さんは、高井さんにファッション誌を開いて見せた。
「ちょっと私には派手かな」
「マサキ君。男の子の目から見てどう?」
僕は思わず吹いた。聞く相手が悪い。
「え~と、そうですね。なんかこう……」
「あ! 主役が来た」
桜田さんは、立ち上がって入り口のほうに向かった。遅れてアーサーがやってきたのだ。
ランスも一緒だ。ヒーロー登場なんだけど、でかい外人が二人も狭い中に入ってくると、もう勘弁してくれという気分だ。みんなも、
「ランスは帰れ」と大合唱。
するとランスは、
「いいのかい? 僕にそんなこと言って」
と強気だ。上級生達は、
「いいよ。ランスはもう関係ないから」「そうだ。途中で放棄したくせに」
と非難する。
ランスは余裕の表情で、
「せっかくこのスーパースター様がサインしてあげるというのに」と気取る。
「おめえのサインなんかいるか」
「でも、最近タレントに転向したんでしょ。全然無名だけど」
「最近じゃなくて、前から学校に黙ってモデル活動してた」
そんな悪口にめげずにランスは、
「いいか。よく聞きたまえ。今僕はかの有名なシャーロック・ホームズ役で業界の注目を浴びているところだ。君たち一般人が僕の名前を聞くのは、もう少し先になるが、まあ楽しみにしているんだな」と自慢する。
高井さんは、ランスの出演した番組を観たことがあるらしく、
「あれ、『ナゼナゼおしえて?』という子供番組。ホームズの格好してふざけてるだけ」
と小声で教えてくれた。僕も昌喜もランスがかわいそうだから、みんなには内緒にしておいた。
ランスはあらたまって、
「実はこの僕が、この庶民が通う小汚い店に来たのには理由がある。アーサーホワイトが君たちに言いたいことがあるけど、日本語下手だから、この僕が通訳をすることになったんだ」
なんかみんな最初の目的を忘れていたようだ。ひとつ言えることは、今日の試合でアーサーのアスリートとしての実力は、僕たちの想像以上だったことがはっきりした。これはお互い絶対に譲れない。
アーサーは英語で、ランスは日本語で話しだした。
「ラグビー部勝利おめでとう。サッカー部もよく戦った。試合前に決めた約束では、僕はこれでサッカーのコーチをやめ、ラグビーのコーチになるわけだが、僕自身がラグビーチームに加わったうえ、三点のうち二点を入れたので、サッカー部は納得いかないと思う。
それなら僕自身がどちらか選べばすむのだが、ラグビーとサッカーどちらかと言われても、僕には難しい。欲をいえば両方に携わりたいが、体はひとつしかない。それに学校との契約上、英会話クラブからの要請を断ることはできない。
そこで次のアイデアは可能かどうか、君たちに検討していただきたい。
今日の試合でわかったように、サッカーもラグビーももともとは同じスポーツだった。十九世紀後半にいろいろもめて、今のようになったが、どちらも同じフットボールだ。ときどき今回のように統一ルールで交流試合をするのもいいが、 いっそのこと両方の部をひとつにまとめてはどうか」
「ラグビー&サッカー部ってこと?」
と田中キャプテンが聞いた。
「合同フットボール部とでもよべばいい。その下部組織として、アソシェーション・ディビジョンとラグビー・ディビジョンがある。他校との試合など対外的にはサッカー部とラグビー部だが、内部では大きくひとつにまとまる。
もちろんソッカー、ラグビーそれぞれの専門はしっかりと練習する。しかし、基礎練習、オリジナルフットボールなどを共有し、メンバーの移動を流動的にする。ソッカー側にいるが、ラグビーに適性がある者はラグビー・ディビジョンに移動」
ランスはサッカーと発音できるくせに、途中からアーサーの真似をしてソッカーと言いだした。
田中キャプテンは乗り気でない。
「ラグビー部が人足りてないのは同情するけど、サッカーからラグビーのため、一時的に移動って難しいよ。逆は可能かもしれないけど、別にうちは人大勢いるから必要ないし。それに、アーサーから見れば、両方面倒見るから、多少楽になるにせよ、あまり変わらないんじゃないかな。英会話もあるし」
ランスはアーサーに通訳すると、彼の返事を伝える。
「もちろん、サッカー部全員にラグビーを体験させようとは思わない。適性のあるメンバーを二、三人選んで、時間をかけて教え込む。
英会話クラブの件は、このミスター・ランスの偉大な力をお借りすることになる。彼の天才的な語学力は、英会話クラブのほうでも大歓迎するはずだ。なにしろ、彼の任期中に英会話クラブのメンバーはネイティブと変わらない英語力を身につけただけでなく、生活態度、学業成績全てにおいて大きな成果をあげ……」
「てめえ、俺達が英語わからないと思って、嘘の通訳はやめろ」
と野次がおき、ランスの通訳は中断した。
「要するに英会話のほうは、帰国もしないくせに、任期途中で放棄したランスが受け持つということ。もちろん無料で」
と、相田先輩が要約した。
アーサーとランスは続ける。
「仮に当校がスポーツ強豪校で、はっきりとした目標があるなら、これらのアイデアは活動の妨げになるかもしれないが、幸運なことにそうではない。デメリットよりメリットのほうが、大きいのではないだろうか」
はっきりと弱小校って言えばいいのに。でも、ラグビーとサッカーはましなほう。野球部なんか練習してるところみたことない。不良の集まりだって聞いてるけど、確かにガラ悪そう。
「さあ、君たち。賛成or反対?」
と、ランスが聞く。
「人とられるけど、仕方ないな」
と、サッカー部田中キャプテンが賛成に回ると、生徒達の多くは、その場の雰囲気で賛成に回った。だけど、
「ちょっとそれは考え物だな」と、市ノ瀬は難色を示した。
人員不足のラグビーとしては悪い話ではないが、教員としては認めるわけにはいかないようだ。
「正式には無理だ」
「正式じゃなければいいじゃないですか」
向こうのキャプテンがそう言うと、
「まあ、先生達の目につかないようにやるんだな。俺も今日のことは聞いていないにことにする」
と、なんとか折れてくれた。
結論が出ると、テーブル毎に会話が別れた。先生達は夏休みの予定。サッカー集団はプロ選手の話題。ラグビー部は、どうやったらラグビーの人気が出るかで話がまとまるんだけど、僕らのテーブルは、ミス研二人とアーサー、ランス、僕、桜田さんの六人なので、会話がまとまらない。
昌喜が、ランスにホームズについて嫌みをいった。
「ホームズって身長がランスくらいあるんだけど、よく老婆に変装できたよね。イギリスのおばあさんってみんな背が高いの?」
「そう、おばあさんはみんな二メートルくらいある。だけどおじいさんは小さいよ」
とランスがふざけるので、アーサーは笑ってた。
「ホワイトさんってラグビーもサッカーも両方得意なの?」
と桜田さんが聞く。
「得意というほどではありません」
と、アーサーが謙遜すると、横からランスが口を出した。
「彼が本当に得意なのはクリケット。二十一世紀のWGと呼ばれている」
「何、WGって?」と高井さんが聞く。
「WGグレースのこと。クリケット史上最高の選手と呼ばれている」
とランスが答える。
「ふう~ん」
と、昌喜が関心なさそうなので、ランスが付け加える。
「日本人が聞いたことがないだけで、イギリスではすごく有名。推理小説の探偵にまでされちゃってる」
「探偵って、スポーツ選手がホームズみたいに推理するの?」
「スポーツ選手といっても、本職は医者だからインテリだよ。時代もちょうどホームズの頃。滝から落ちた後で本人は出てこないけど、ワトソン、モリアーティ、レストレードが活躍する」
「パロディ? パスティシュ?」
昌喜は興味を覚えたようだ。
「ユーモアサスペンスみたいだね。他に作家のオスカーワイルド、ディケンズ、HGウェルズとか、ジキルとハイド、紳士泥棒ラッフルズ、西部のガンマンのバッファロービルなど、当時の有名人がわんさか出てくるしね」
「ウェルズか……タイムマシンの……で、どんな内容なの?」
「レビューしか見てないから詳しくはいえないけど、クリケットの試合中に選手が矢で殺されて……それからは知りません」
「それなんてタイトル?」
「WGグレース最後の事件だけど、日本語訳出てないから、WGグレースズラストケースで注文するしかないよ」
「昌喜君、英語出来るから、買っても大丈夫よね」
と高井さんが言うと、
「いや、別に聞いただけ」
といって、昌喜は急に関心が失せたようにお好み焼きに戻った。
お開きになると、
「ところで人数増えたみたいだけど、支払いのほうどうするの?」
と、桜田さんが聞いた。
彼女は、最初に行く予定だったメンバー以外の分は支払わないとのことでした。
帰り道で昌喜は、僕にくだらない事を聞いてきた。
「もし、タイムマシンがあったらどの時代に行きたい?」
「そうだな……」
相田先輩の話が頭に残っていたので、
「十九世紀に行って、サッカーの歴史を変えたい」と僕は答えた。
「イートン校にでも行く気?」
「そう。一チーム二十人制を提案する。そしたら僕でもレギュラーになれるから。それからラグビー校に行ってラグビーを十人制にする。それでうちのラグビー部も助かる。昌喜は?」
「僕は未来に行きたい」
「未来って?」
「遥か遠い未来。人類はどう進化してるか知りたい」
「ふうん。そんなどうでもいいことに興味あるんだ」
「どうでもいいって? サッカーより大事だぞ」
家に着くともうかなり遅かった。
夕方のニュースに僕らの試合がとりあげられていたのを、家族が録画してくれてたから、それを見ながら遅い夕食をとった。
時間はほんの数分で、それも試合の部分より、教頭や顧問のインタビューが多い。
さらに最悪なのは、このラグビーとサッカーをミックスしたアントンフィールドゲームのアイデアを、体育教師の市ノ瀬が考案したことになってることだ。名前もイッチイ・フィールド・ゲームに変わっていたけど、誰も市ノ瀬のこ とをイッチイなんて呼んでねえよ。
あいつ、相田先輩の受け売りの知識を披露し、十九世紀における英国のイートン校やラグビー校がどうとか、体を動かすだけがスポーツじゃない、その文化的背景がどうとか、偉そうに話してた。
アーサーも映ってたけど、試合の部分だけ。しかも内容が間違ってる。
「普段ラグビー部のコーチをしているイギリス人英語助手も生徒に混じって大活躍。試合終了間際、サッカー選手顔負けのスーパーゴールキックで同点に。なんとボールは直接、相手ゴールに!」
残念ながら僕は映っていなかったけど、後半だけであまり活躍してないからそれも当然だ。
それを観た後、レコーダーでランスの番組を録画予約しておいた。けど、録画したこと自体忘れてしまい、まだ観ていない。
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