第7話 1862年のフットボール

 七月に入ると三年生は引退した。新キャプテンは二年の田中先輩だ。気の強い性格で、痩せている割に、がっちりした体格のMFだ。

 そのキャプテンと見た目も性格もよく似ている一年の一樹が、部室で着替えてるとき、僕に向かってこう言った。


「俺、昨日、アーサーがラグビー部とプレーしてるところ見たよ」

「それ本当?」

「よく考えるとありえないこともない。だってラグビーも得意なんだろ」

「好きだけど、作戦が難しくてあまり得意じゃないって、アーサーは言ってたけど。でも、ラグビー部卑怯だよ。市ノ瀬先生って体育教師だし、高校の時、花園にまで出てるから、指導力に不足ないはずなのに」

 と、僕が不満を漏らすと、一樹は、

「でも、それは本人の自由だから、僕らが口出しすることじゃない」

 と、わかったようにいった。


 そのときの僕らの会話が上級生に聞こえたのか、別ルートの噂なのかわからないけど、それからすぐに田中キャプテンの耳にまで、そのことが届いたみたい。

 それでキャプテン、ラグビー部に夏休みの間は、アーサーはこちらに専念してもらいたいと交渉しに行ったけど、話はうまくまとまらなかった。


 安藤顧問が個人的に頼んだだけで、ALTにとっては正式な活動ではないし、仮に正式に学校から依頼するとしても、サッカー部をとるとは限らない。ALTは部活に関しては あくまで英会話クラブが基本で、スポーツ指導は本人の任意で行うから、強くはいえない。


 その後もアーサーは、ラグビーにちょくちょく顔を出してた。当然、その分だけサッカー部の分は減る。そのことでアーサーに抗議するのも変だけど、うちのほうに力を入れてくださいと、キャプテン達が頼んだ。

 するとアーサーは、ラグビー部は人数が少なくて大変だが、その点サッカー部は恵まれていると言って、頼みを断った。


 現在、高校ラグビーは部員が足りない学校が多くて、県大会に他校と合同で参加するケースが見られる。

 人数不足で練習ができず、廃部の危機にさらされているところもある。うちのラグビー部もご多分にもれず、三年が引退したら、必要人数の十五人に満たないので、他校との協力が検討されている。だから、大学でラグビーをしていたアーサーの参加は、彼らにとっても願ってもないことなのだ。


 この問題がこじれてた頃、サッカー部とラグビー部が練習を終えて部室に戻るとき、ばったり遭遇することがあった。あまり思い出したくないけど、そういうものほどはっきりと覚えてるものだ。


 うちの田中キャプテンが連中を見つけると、片手を上げて挨拶して、近づいていった。そこで向こうのキャプテンらしき人となにか話してたけど、僕らは部室に向かった。そしたら田中キャプテンが大声で、

「同じこと何度も言わすなよ」と、怒鳴る声が聞こえた。


 僕らが振り向くと、向こうがキャプテンの肩をこづいた。キャプテンも感情的になってたから悪いかもしれないけど、先に手を出したのは向こうだから、うちの上級生達は熱くなって抗議した。気の短い一樹も、一緒に怒った。

 それでキャプテンが、向こうの誰かの胸ぐらをつかんだから、それをとめようと集まってるうちに、もみ合いになって。もちろん気弱な僕は、なんとか止めようとしていた。


 そこに、アーサーがやってきた。アーサーは、

「やめてください。やめましょう」

 といって、みんなを引き離そうとした。そういうところは、日本人の先生と変わらない。


 みんなはアーサーが怒ると怖いって知らないから、無視して続けてる。元々原因がアーサーなんだからおかしいけど、目の前の敵に夢中で、アーサーのことなんか忘れてたんだろう。僕は、彼の顔色が変わるのを見逃さなかった。


 紳士的に止めようとしても無駄だと気づいたアーサーは、両手でそれぞれのキャプテンの頭をつかむと、両腕で抱え込んだ。つまり二人の頭を、それぞれの腕でヘッドロックしたってこと。

「これでもやめませんか?」

 と、丁寧な言い方をしているのがかえって不気味だった。

 ラグビー部のキャプテンも、体重が百キロ近くはありそうな人だったのに、その姿勢のまま動けないでいる。それを見て、その場の全員は静かになった。


 今度はアーサーがやめないので、僕らは総掛かりでアーサーの腕を二人のキャプテンから引きはがした。すると、アーサーは冷静になるどころか、またあのセリフをいった。

「インザネームオブゴッドアンドハーマジェスティ」

 それを聞いて、僕は警告した。

「逃げて! みんな逃げて」

「アイルビーチューアップ」

「てめえらキル」が聞こえた時は、全員で校庭のほうに、全速力で駆けていた。あんなに体重があるのに、アーサーの足はとても速く、僕らにとってとてもいい練習になった。

 走り疲れてアーサーも両部員もようやく落ち着いて、紳士的に話し合った。自分が原因だと知ったアーサーは紳士的に反省した。


「ソーリー。すいませんでした。ですが、どちらかにしろといわれても、私には選ぶことができません」

「スポーツで決着つけようにも、ラグビーとサッカーじゃあ対決できないし」

 向こうのキャプテンもいいアイデアが出ない。すると、

「ナインティースセンチュリーではフットボールとラグビーは同じでした。エイティーンシックスティスリーの会議で別れました。だからビフォーエイティーンシックスティスリーのゲームをしましょう」

 とアーサーが提案した。


「?」

 僕には理解不能だが、相田先輩はすぐに理解したようだ。

「そうか。ラグビーとサッカーが別れる前のルールで決めればいいんだ。近代まで各パブリックスクールは独自のフットボールを行っていたんだけど、鉄道網が発達して交流試合が行われるようになると、統一ルールを決めようという動きが起きた。

 何度か会議を重ね、手の使用が禁止になると、ラグビー校を中心とした手を使っているグループが離脱した。それが一八六三年。


 これにはラグビー校とイートン校の対立が深く関わってて、イートン校はヘンリー六世が創立した超名門校で貴族の子供が多かった。ラグビー校も歴史のある学校だけど、商人の子供が多くて、イートン校から生意気に思われていたみたい。


 イートン校自体がイートンウォールゲームといって、手を使うフットボールをしていたくせに、ラグビー校が手を使うことを主張したから、手の使用禁止を強く打ち出した。イートン校につくか、ラグビー校につくか、手がどうのこうのというより、政治的に決まったみたい。

 ちなみにイートン・フィールド・ゲームはサッカーに近くて、壁に沿ってプレーするイートン・ウォール・ゲームはラグビーに近い。というわけで、一八六三年より前で行きましょう」


 先輩は自分の知識に酔いしれているようで、何がいいたいのかわからなかったけど、うちのキャプテンは理解したみたいだ。

「それって結局、手使っていいってことになるよな。ラグビー有利だろ」

「ルールは話し合いしましょう。昔、ブリテンではスクール同士のフットボールゲームでは、試合前にキャプテンが話し合いしてルール決めました」

 アーサーがそう言うと、

「じゃあタックル、スクラムあり、ランニングインOK。ゴールはサッカー式でどう?」

 と、ラグビー部の誰かが提案した。

「それを話し合うんだろ」

 田中キャプテンがいった。


 ラグビー部とサッカー部が一同に集まるなんて機会は滅多にないから、ルールはその場で話し合った。最初は冗談のつもりだったけど、二つの異なる競技のスポーツ部が、校庭に腰を降ろしながら、対抗試合のルールを決めるなんて経験はないから、結構盛り上がった。

 こうして僕らは、時には熱くなり、時には笑いながら、ルールを話し合った。


 僕のような一年生は、ほとんど発言権なかったけど、僕個人は相田先輩の得点ルールが気にいった。


 点を獲得するには、最初ラグビー式にグラウンディングなんだけど、ラグビーのインゴールじゃなくてサッカーゴールの中。もちろんそのときはキーパーはいない。これでトライ。

 今のラグビールールだとこれで五点なんだけど、本来はゴールキック(コンバージョンキック)の権利を得るだけだったそうです。相田ルールも同じく権利だけ。そこからサッカーのPK。ラグビーだとトライの位置で蹴る場所が決まるけど、そこもサッカー方式。ようやくキーパー登場。ゴールにキックして入れば得点。

 普通のサッカーよりおもしろそうだよね。でも、タックルとかあるとラグビー有利だから、うちの部員達が反対してとりやめ。僕も表向きは反対したよ。


 いろいろ話し合ったけど、ラグビーのルールが複雑で、サッカー部員がすぐには理解できなくて、後に持ち越し。後でキャプテンどうしで決めるって。

 それで、最終的にはアーサーの仲介もあって、次のように決まった。

 

 ボール、フィールドはサッカーのものを使う。

 各チームひとりずつゴールキーパーをおく。

 得点を獲得するには、まず手以外の身体を使って、ボールをゴールの中に入れる。そこからゴールを決めた本人による、クロスバーの上に蹴るコンバージョンキックが成功して、点が入る。

 後方へのパスと、ランニングイン、つまりボールを手で持って走るなどのフィールドでの手の使用を認める。

 ボールがフィールドから出た場合の扱いはサッカー方式。

 セットプレーはサッカー方式で、スクラムなどの密集を組むことはない。タックルも禁止。

 タックル禁止のため、手でタッチして敵のランニングインを止める。止められた側はそこでロールボール。足を開いて後ろを覗き、そこからボールを転がす。相手チームは五メートル以上離れる。

 地面にあるボールを手で拾うことは禁止。

 ボールを手で持っている状態からゴールを決めるには、一旦地面に落として、跳ね上がったボールを蹴る(ドロップキック)。

 人数は各チーム十一人ずつ。

 ボールを投げる場合は、自分より前に投げてはいけない。

 オフサイドルールあり。但しサッカー方式。

 延長戦、PK決着はなし。つまり引き分けでもいいということ。

 

 ラグビー側は、タックルや密集を強く主張してたけど、サッカー部員が怪我して問題になった場合、面倒なことになるからと、密集・タックル禁止でこちらが押し通した。それに中間のルールを決めてるのではなく、双方に有利不利が発生しないようルールを制定している。

 サッカーは体育の授業で習うから、ラグビー部員でサッカー経験のない人間はいないけど、サッカー部員でラグビー経験者はひとりもいない。ゲームのルールがサッカー寄りなのは当然なのだ。


 競技名だけどサッカーでもラグビーでもなく、単純にフットボールでもおかしいから、相田先輩が一八六二年以前のフットボールって提案した。あの先輩、頭はいいけど、ネーミングのセンスないみたい。言いにくいので一八六二年のフットボールになった。それでも長いから、そのすぐ後で、イートン校の伝統スポーツ、イートン・フィールド・ゲームをもじってアントン・フィールド・ゲームに変わった。通称アントンボール。


 ルールが決まったけど、そんなのただの遊びみたいなものだから、ラグビー部との試合に向け一度だけ練習した。そのとき手でボールをパスしたのが、安藤顧問に見つかって、

「おまえら何ふざけてるんだ」と大目玉をくらった。

 ふざけていると思われてはしゃくなので、事情を話すとあまりいい顔をしない。でもやるからには勝てと、激励もしてくれた。もちろん、競技名がアントンボールなのは黙っていた。


 そして夏休みが始まってすぐ、試合の日が来た。

 校庭に行くと、人が大勢いるので驚いた。それも学校関係者じゃない人たちのほうが多かった。

 秘密ということだったけど、僕は我慢できずに昌喜に話してしまった。あいつは口が堅く問題ないから、僕以外の人間が漏らしたことになる。みんなも同じだったんだなと納得した。


 だけど、テレビ局のクルーまでいるのは納得できない。見物人の中に昌喜がいるのが見えたので、僕はユニフォームに着替えると、彼のところに行き、問いつめた。


「お前、誰にも話してないよな?」

「学校関係者には話してないよ」

「どういう意味だ?」

「あそこにいるおねえさん」

 昌喜は、銀縁眼鏡をかけた三十歳前後の女性を指した。長い黒髪の女性で、すぐ近くにいるカメラマンと知り合いなのか、メモをとりながら談笑している。


「桜田さんといって、前の部長、森脇さんの知り合いで新聞記者。あのひとから例の事件のくわしい情報を教えてもらうかわりに、このことを話したよ。ついでにうちの野球部がタバコ吸ってることも言ったけど、あの連中じゃ絶対甲子園無理だからどうでもいいって」 

「よりによってマスコミ関係者に話したのか」


 僕が怒っていると、昌喜の隣にいるミス研の高井さんが、人の気持ちも知らないで聞いてきた。

「ねえ。サッカーとラグビーが集まって何やるつもり?」

 二年生の彼女は、身長が僕らより高く、彫りが深い小顔の美人タイプだ。 僕はぶっきらぼうに、

「わかりやすくいうと手を使っていいサッカー」って答えると、

「それってただのラグビーじゃない」って笑われた。

「お前、ちゃんと説明しなかったのか?」と昌喜に聞くと、

「お前、昔のフットボールとしか言ってなかったぞ」

「ちゃんと説明したけどな」

「おまえ、話が下手なんだよ」

 昌喜の見苦しい言い訳に、何も返さずにいると、

「おい、速水。しゃべってないで早く来い」

 と、先輩に呼ばれて、僕は運動場の中央に集合した。


 運動場に集まった観客は、何がおかしいのか皆にやにやしてる。

 言われてみればおかしな光景だった。ラグビー部とサッカー部が、それぞれのユニフォームを着て、総出で向かい合って並んでいる。


 生徒どうしで決めた非公式な試合のはずなのに、サッカー部とラグビー部の顧問の他にも関係ない先生が五人ほどいる。その中に教頭までいる。

 その教頭、関係ないくせに挨拶までしてる。

「最初に市ノ瀬先生からお話を伺ったときは、それは学校としては許可できませんと申し上げましたが、市ノ瀬先生のお話を聞くうちに、これはスポーツ教育のうえで大変価値があるだけでなく、当校の生徒が自主的に英国のスポーツ史を学び、歴史文化に興味を持って勉学に励むきっかけになれば、当校の校訓である文武両道の方針に合うと思いまして、逆に市ノ瀬先生にがんばってくださいと申し上げました。これは単なるスポーツイベントではなく、日本の高校体育教育における画期的な試みであって、当校はスポーツ弱小校どころか、その名を全国に轟かせる第一歩となるはずです」

 いつの間にか学校公認になってるし、試合の目的が歴史文化や親交を深めるって、サッカー部とラグビー部が喧嘩した結果だろ!


 僕の隣に立っている一樹と、そのむこうの吉井の会話が聞こえる。

「誰が漏らしたんだよ」

「ミス研って噂だよ」

「だから誰が、ミス研みたいな関係ない連中に話すんだ?」

 僕は黙っていた。

「くそっ、こんな大事になるんだったら、もっと練習しておけばよかった」

 という、吉井の声が聞こえた。


 両キャプテンどうしが握手をすると、見物人から拍手が起こった。

 審判は、名前をしらない体育の先生。

 両部員ともそれぞれのポジションに散らばった。

 僕? 僕、控え。

 サッカー部は、人数が多いから控えも多いが、ラグビーは控えが一人しかいない。これじゃ十五人制のラグビーはできない。アーサーが必要なのもわかる、と同情してしまった。でも勝負は勝負。負けたくはない。


 コイントスでうちが先攻。キックオフ。

 この間の練習でわかったけど、手を使う癖がないから、どうしてもいつものサッカーと変わらない。練習中はリラックスしてるから、無理に手を使ったけど、試合となると緊張するし、おまけに観客も大勢いて、テレビ局が撮影にきてるから、ますます動きが固くなって、手を使わなくなる。


 僕らのチームは、普通にサッカーでパスをつなぎ、向こうのゴール前まで順調にボールをもっていった。ラグビーのフォワード(ラグビー用語のフォワード。スクラムを組む体の大きいほう)連中が果敢に向かってくるけど、タックル禁止だから恐れることはない。


 沢田先輩がシュートしたけど、キーパーじゃないやつに手でとられて、誰か癖でハンドと言いそうになった。相手はボールを持ったまま走る。

 タッチを使えば相手を止められるんだけど、慣れてないため身体が追いつかない。すぐこちらのゴール前まで来た。だけど、手でゴールできないルールで、近くにラグビー部の味方がいないから、地面にボールを落としてドロップキックを打った。これがしょぼくて、うちのキーパーに簡単にとられた。


 キーパーは、サイドバックの大西先輩に手で投げた。先輩がそれを手で受けとったところで問題発生。


 手で前に投げてはいけないはずだが、それはキーパーにも適用されるのか決めてなかったからだ。

 サッカー的にはいいように思えるけど、キーパーが手で前に投げて、フィールダーが手で受ければ、すごく展開が有利になる。だから、キーパーが手で投げた場合、フィールダーはそれを手で受けることは禁止にすればいい。しかし、キーパーだけ認めると混乱するから、その場は一応禁止として、キーパーが蹴るところからやり直し。


 大西先輩はボールを足でとると、パスをつなぐ。ボールが地上を転がっている間はサッカー部有利だ。


 中盤でボールは一樹に渡った。ドリブルでゴールに迫る。なんか勘違いしてる人が一樹にタッチしてきたけど、それを無視してシュート。

 向こうのキーパーがボールを弾く。こぼれたボールをサッカー部きってのストライカー沢田先輩が、ゴールに押し込んだ。


 ゴール! 


 これでサッカー側は喜んだ。だが、まだ点が入ったわけではない。ここでコンバージョンキックなんだけど、ラグビーみたいにトライした位置の延長線じゃなくて、PKの位置から蹴る。


 沢田先輩は緊張の表情。

「キーパーがいないから楽勝。ちょっと高く蹴ればいいだけじゃん」

 と、野次馬が叫んでいる。

 先輩は助走をつけずに蹴る。

 残念なことにボールはクロスバーに当たった。普通のPKの癖が抜けないのかもしれない。


 危機を乗り越えたラグビー部は、得意のランニングインや手のパスをつないで、ゴール手前まで何度も近づく。だけど、ドロップキックはどうしても一旦止まることになるから、ちっともシュートが決まらない。


 あまり詳しくないくせに、アントンが張り切っている。

「サッカー部、もっと手使え」

 と怒鳴るけど、僕は足でいったほうがいいと思う。他の選手もそう思っているようで、アントンの指示でしばらくは手を使うけど、すぐまた足だけになる。 


 それからしばらくして、ちょっとしたアクシデントも起きた。

 田中キャプテンがサッカー部のくせに、ボールを持って走っていたのを、敵が誤ってタックルしてしまった。これはラグビーでいうところのノーボールタックルやアーリーボールタックルに相当するとして、ペナルティキック。


 まずサッカーのPKを成功させ、続いてコンバージョンキック。これも高めに蹴って成功。

 サッカー部一点先取。

 これで勢いづいたのか、その後もサッカー部が押していった。ラグビー側もボールを持つと、ゴール近くまでいくんだけど、シュートがなかなか決まらない。


 これはゲームルールどうのこうのより、部員の数が倍ほども違うことが原因かもしれない。

 相手チームに失礼な言い方かもしれないが、僕がラグビー部だったら、控えに廻ることもなく試合に参加してたはずだ。アーサーの思いは、部員が少なく弱体化したラグビー部を強くすることだったんだけど、これでは弱いほうが負けるだけの無意味な試合に思えた。


 悪いことは続くもので、さっき誤ってタックルをした選手、またタックルして同じようにPKから一点追加。

 その選手、それで交替。市ノ瀬に帰れと怒られて、本当に帰ってしまった。


 三十分経ったので、前半終了。二対〇でサッカー部優勢。

 十分間の休憩。

 後半が始まる


 サッカーでもラグビーほどではないけど、走っている相手に足をひっかけてしまうなどの接触プレーはある。後半が始まってすぐ、一樹とボールを蹴っているラグビー部員が接触して、二人とも激しく倒れた。

 二人とも足を抱えて痛がっている。一樹はそれで交代。アントンは僕に出ろと指示した。


 問題はラグビー部だ。交替できるメンバーがいない。結局、負傷した選手の替わりに、アーサーが出ることになった。

 アーサーをどちらがとるか決める試合のはずなのに、当の本人が出るなんておかしいけど、部外者はそんな事情知らないし、誰が出てもサッカー部優勢の状況が覆えるとは思えないので、特に文句はなく、それで決まった。


 試合が再開。

 僕は中盤で、アーサーはセンターバック。

 まずはサッカー部が、華麗なパスサッカーで敵を翻弄する。

 僕も一樹の代わりにがんばって、沢田先輩につないだ。アーサーが前にいるのでオフサイドじゃない。先輩のシュート。


 アーサーが横に飛び跳ねて、ボールを手でとった。さすがはキーパー経験者。考えてみればこのアントンボール、キーパーがフィールドに出たようなものだ。前には投げられないけど。


 それから、あの重い体がこっちに向かって走ってきた。

 僕は彼にタッチしようとしたが、気づいたときには後ろ姿を見ていた。だが、うちのデフェンスは優秀だ。ゴール前には二人もつめている。

 ハンドボールみたいにゴールに直接シュートすることは禁止のはずだが、アーサーはボールを持った右手に左手を添えて構えると、高く飛び上がった。


「反則!」

 僕は叫んだ。

 キーパーもデフェンダーの二人も、驚いて身構えた。

 だけどそれ、フェイントだった。アーサーは飛び上がった状態で、後ろ向きに投げた。そこにラグビー選手がいた。

 彼はパスを受け取ると、その場で地面に叩き付けて、跳ね上がったボールをゴールのほうに高く蹴った。

 ゴール前でアーサーを含め、三人がヘッディング合戦だ。高さで有利なアーサーに軍配が上がった。


 ラグビー部初ゴール。そして、アーサーのコンバージョンキック成功。

 これで二対一と点差が縮まったが、これからはアーサーを重点的にマークするので、気落ちすることはない。


 キックオフの後、サッカー部は慎重にパスをつなぐ。

 アーサーは、ゴール前から動く気配がない。体重がある分だけ、無駄な動きは控えているのだろう。ということはスタミナが弱点なのかもしれない。

 サッカー部の飯山君がドリブルで進むと、キャプテンは僕に上がるよう合図した。

 キャプテンは飯山君からパスを受けると、リフティングの要領で上に上げ、手でつかむと前に走った。アーサーの手前に来ると、すぐ後ろにいる僕にボールを投げた。

 僕は手で受け取ると、左足のドロップキックから右サイドにいた沢田先輩にパスした。先輩は身体を使ってゴールに押し入れた。


 しかし、コンバージョンキック失敗。

 高さは問題ないが、右ゴールポストの延長線上より右側と判断されてしまった。どうもPK名人の沢田先輩は、コンバージョンキックが苦手のようだ。


 敵キーパーのゴールキック。

 中盤まで飛んで来たボールを、ラグビー部が手で受けて、後ろにいたアーサーにパス。

 アーサーの前にサッカー部が二人来たけど、彼は横から抜けるようにランニングイン。それを追う二人。まるで鬼ごっこ。

 なんとか僕がタッチして、彼を止めた。ここでロールボール。


 サッカーチームは、全員五メートル以上下がらなくてはいけない。

 アーサーは足を開いて前屈みになり、後ろにボールを転がす。敵味方がそのボールを追う。手で拾えないのでサッカー有利だ。

 キャプテンがボールを奪うと、沢田先輩にパス。沢田先輩はシュートを打たず、後ろにいた僕につないだ。僕はロングシュートを放った。相手キーパーに止められた。


 ボールはまたアーサーへ。今度はドリブルで来る。一旦サッカーに奪われたが、空中を飛んでいるところを手で奪い取る。

 それからランニングイン。後ろにいたラグビー部に手でパス。そいつはボールを前にこぼしたので、足でアーサーに返す。アーサーのシュート。キーパーが弾く。飯山君が蹴って中盤に。


 僕らがアーサーに注意を集中していたので、隙をついてラグビーのキャプテンがボールを奪いドリブル。ゴールに迫る。

 サッカー側がそれを奪いに行くと、敵キャプテンは足で後ろに転がす。後ろにいた仲間は高く蹴り上げる。

 敵キャプテンが手で受けてから、ランニングイン。ゴールに近づく。


 ドロップキック。

 空中を行かず、ボールはゴールにむけて転がった。サッカー部員が横からスライディングで妨害。ボールは横に転がる。

 敵キャプテンはそれを追いシュート。ボールの勢いは弱いが、キーパーが前に出ていて、隙をついた形になりゴール。コンバージョンも成功させ、ラグビー二点目。これで同点。

 だが、まだ十分以上残ってるから、勝利のチャンスは十分ある。


 ここで、僕の予想通りアーサーのスタミナが切れたのか、アーサーがキーパーにチェンジ。ラグビー側に控えの選手がいないから認められた。

 だが、スタミナが切れたと思ったのは、僕の早とちりで、彼のすごさはここからだった。

 アーサーの抜けたラグビー側フィールダーをものともせず、サッカー側は何度もシュートを打った。しかし、ことごとくアーサーに止められた。


 後二分で試合が終了というときに、それは起こった。

 田中キャプテンのシュートが外れて、アーサーのゴールキック。


 風の向きもあったんだろう。すごく遠く飛んでいく。気がついたときは、こちらのゴールネットに入っていた。


 これには、サッカー部全員があっけにとられた。僕も驚いたけど、昌喜なんか放心したようになって、しばらくゴールに見入っていた。

 アーサーは、キーパーのくせに、自分のところのゴールを離れて、敵チームのゴールの前まで、ゆっくりと歩いていく。

 まだ点が入ったわけじゃないけど、拍手が鳴りやまない。

 相手キーパーからボールを受け取ると、地面に置く。少林寺の僧侶が挨拶するときみたいに両手を合わせた姿勢のまま体を回転させ、コンバージョンキック。

 高い!

 しかも、ほぼ中央。


 これでラグビー部は、抱き合って大喜び。

 もう巻き返す時間もなく、試合終了。

 三対二でラグビー部の勝利。

 

 試合時間は短いけど、サッカー部は慣れない試合にくたくたで、それはむこうも同じだったみたい。

 キャプテン同士が握手をかわすと、場内から盛大な拍手がおきた。僕もそうだけど、いがみあって試合になったことが嘘みたいに、みんな友情を感じてるみたいだ。

 これがラグビーのいうところのノーサイドってやつなのか。試合が終われば、敵も味方もないんだ。

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