第5話 密室の謎
高校に入ってから、昌喜と一緒に帰ることはほとんど無くなったけど、ゴールデンウィーク明けの日の帰り道でばったり会った。そこで、以前僕らの街で起きた殺人事件の話になった。
推理小説研究会(通称ミス研)では、小説の他に実際の事件も研究するって前に聞いていたけど、昌喜によると、その事件を検証してるということだ。
事件は二年前の六月に起きたんだけど、まだ未解決で犯人が捕まってない。場所はうちの高校の近く。ミス研の研究にはもってこいの場所。それ以外にもミス研が取り扱いたい理由があって、そのとき昌喜に初めて聞かされたんだけど、どうも状況が通常じゃありえない状況だったらしい。
死体の見つかった部屋は鍵がかかっていたのに、中に加害者の姿がなかった。要するに密室殺人ってやつ。
ドラマや小説の中のことだと思ってたけど、実際にあるとは驚いた。で、なんでそんなこと高校のミス研が知ってるかっていうと、当時のミス研の部長が、知り合いの新聞社のおねえさんに頼んで、記者の振りしてそのおねえさんに同行取材してわかったということ。もちろん興味本位のため、バイト代は出なかった。
昌喜の話をまとめると、次のようになる。
その家の家族構成は、両親と長女、次女の四人暮らし。
その日の夕方、父親と長女が喧嘩して、長女が怒って物置に閉じこもってしまった。
物置は家の中の一部屋で、扉が二つ、窓がひとつ。外に通じる扉はドアノブが錆びていて使えなかったうえ、内側に開く構造で、扉の前にはテーブル等が積まれていた。台所に通じていているもうひとつの扉は引き戸で、長女がつっかい棒かなんかで塞いでしまった。サッシ窓は二重ロックされていた。
夜になっても長女は出てこないので、家族はあきらめて寝ることにした。朝になって中を覗くと様子がおかしいと感じ、窓を破って中に入ると、長女はうつぶせに倒れ、床には血が流れていた。腹部と胸部を鋭利なもので刺されていたが、凶器は見つかっていない。
被害者の長女は当時高校二年。うちの高校じゃないけど、次女が当時僕と同じ中学の三年生(つまり僕より一学年上)だったので結構話題になった。
僕は昌喜の話を聞きながら、その当時のことを思い出して怖くなった。それなのに昌喜は、加害者がどうやって中に出入りしたかについて冷静に分析している。どうせ誰かの受け売りで、しかも冷静な割には答えが出ないのが笑えるけど、それがミステリなんだろう。
「二カ所深く刺されて、凶器がないと言うことは自殺じゃない」
そのくらい僕でもわかるさ。
「で、誠はどう思う?」
「ミステリ研でもわからないぐらいだから、僕じゃわからないよ」
そう答えておいたけど、本当はもうわかったんだ。簡単なことだよ。幽霊の仕業に決まってるだろ。
「詳しい資料はうちの部で保管してあるから。部外者厳禁だけど、誠は口が堅いから、特別に一度だけなら見せてやってもいいよ」
そう昌喜が言ったが、一年の分際でそこまで言えるということは、どうせ大した資料じゃないんだろう。でも、興味を持った僕は、次の日の昼休みにミス研の部室を訪れることにした。
ミス研の部室は、教室の半分ほどの広さの部屋で、普段は会議なんかに使っているようで、大きなテーブルの周りに椅子が並んでいた。昌喜と一緒に入った時には誰もいなくて、気兼ねしなくてすんだ。
「資料ってなんだよ?」
そのときの僕は、この事件のことがかなり気になっていた。
「事件解決のための重要なヒント」
昌喜は、部屋の角においてあるキャビネットの引き出しを開けて、ファイルを取り出した。
そこに綴じてあったのは、当時の新聞記事だが、扱いは小さくて特に目新しい情報はなかった。おそらく、僕も当時その記事を目にしていたと思う。
夕食後の外出を父親にとがめられ、携帯を取り上げられた長女は、物置に籠城。朝になって血を流しているのを発見される。父親が外から窓を割って中に入ると、息はすでに無く、搬送先の病院で死亡が確認された事などは、なんとなく記憶に残っている。
ほかに、ドアや窓など問題の家を外側から撮った写真が数枚あったが、さすがに中までは入れなかったようだ。
僕は写真にひととおり目を通し、ページをめくった。
被害現場となった物置と、そこにあった家具などの配置図と手書きの注釈。東西南北はわからないが、やや縦長の長方形の右辺中央に外に続く扉があり、下の壁の中央に窓、左側の壁中央よりやや上に台所に続く引き戸がある。
部屋の右上隅、上の壁に沿って子供用二段ベッドが置いてあり、それを背に幅がちょうどベッドの長さと同じ程度の大きな棚があった。棚のすぐ前、扉を塞ぐ位置にはテーブルが二台、上側を逆さにして積んであり、さらに椅子が三脚その上に載せてあった。右下にはコタツ、オイルヒーター、ホットカー ペットなど暖房器具が置いてある。ベッドの左側に×印があるけど注釈はない。
部屋の左側は台所に近いだけあって、図の上のほうには食器棚、漬け物の入った壺や食材、大型の土鍋などが置かれ、左下隅から窓の横まで漫画や雑誌、その他小物の入ったダンボール箱がたくさん積んであった。
左側の引き戸の前には、台所から土間を踏まずに食器棚にあるものをとるためスノコ板が置いてあったが、被害者がつっかい棒のように引き戸の横に置いて、台所側から戸が開かないようにしていた。被害者は引き戸に頭を向けて、うつぶせに倒れていた。
二枚目の資料は手書きの文章のみで、一枚目と同じ筆跡だ。
死亡推定時刻は午前二時から四時の間。
二段ベッドの上の段には、被害者の財布があり、中身は現金2,356円とドラッグストアの会員カード。
建物は築三十年の木造二階建て。
被害者は、家族に物置に入られないように、引き戸を閉めて敷居の上に簀の子を置いたが、引き戸と柱までの長さより簀の子のほうが数センチ短いため、戸は少しだけ開き、家族は中の様子を覗き見することができた。父親がその隙間から被害者が倒れているのを見つけ、外に出て窓を割って入った。窓は二重 に施錠されていた。
ひとつ奇妙な点がある。ベッドの傍の床にジュースが少量こぼれていた。成分分析の結果、種類が特定され、自販機のアルミ缶でのみ販売されていることがわかった。近所のパン屋の自販機に同種のものがあり、母親の証言によると、当日家の冷蔵庫に同じものは入ってなかったことから、被害者自身がそこで購入したか、第三者が持ち込んだと思われる。被害者宅からその空き缶は見つかっていない。何者かがその空き缶を持ち去ったようだ。
理由として、ジュースを飲んだのは加害者で、唾液や指紋などの証拠が残ることを恐れ、空き缶ごと持ち去ったと考えられる。殺人を犯した後で呑気にジュースを飲んだりはしまい。その場で缶ジュースを飲んだということは、被害者の知人の可能性が高い。被害者は携帯電話を取り上げられていたが、玄関と居間に固定電話があり、家人に気づかれないように、知人と連絡をとった可能性もある。
外に通じる扉のドアノブは鍵付インテグラル錠、つまり外側ノブ中央に鍵穴、内側ノブ中央にサムターンがあり、デッドボルトで施錠するタイプだが、中が錆び付いていて、ラッチボルトが受け金にはまったまま動かなかった。そのため、常に鍵がかけっぱなしの状態だった。
あらかじめ簀の子を立てておいて、引き戸を開けて、加害者が台所側に出た後、引き戸を閉めて、紐などを使って、簀の子を倒すことはできない。なぜなら、簀の子の中央には漬け物石が二つ、積み上がっていたからだ。
なんかくどくど書いてあるので、
「空き缶がどうしたって?」と昌喜に聞くと、
「当時の部長がまとめたものだから、あくまで彼の意見だけど、顔見知りの犯行の可能性が高いってこと。被害者が飲んだジュースとしたら、その空き缶なんか持って帰る必要ない」
「変質者の仕業かもしれないし」
「空き缶に被害者の唾液が着いているから? 当人すぐ傍で死んでるんだよ」
「ホームレスが換金目的で持って帰ったかも」
「財布持ち帰ったほうが、いいと思うけど」
「ベッドの上で気づかなかったんだよ」
資料は、図の他に文章を綴ったものが一枚あるだけだったので、
「これだけ?」と僕は聞いた。
「そうだけど、前の森脇さんって部長、これらの資料でほぼ事件の概要はわかったって宣言したって話してたって聞いてる」
「だったら、無駄な議論なんかしなくて、その部長に教えてもらったらいいだろ」
「それが海外に出てるんで、連絡がつかないんだって」
「でも、その話なんだか嘘っぽい。部長だから格好つけただけかも」
「かもね」
昌喜は、さりげなく驚ろくべき提案をしてきた。
「今日、部活休みだったよな。帰りにでもこの家に寄ってみようか」
「家に行くって、空き家なの?」
「家族が引っ越して貸し屋になってるけど、訳あり物件で借りる人いないって」
「中に入れないのに、行ってどうする気? この写真見るのと何が違うの?」
「現場に行くことでしか得られない情報だってあるさ」
乗り気はしなかったが、昌喜の案に従うことにした。学校を出て二人で目的地まで歩いている途中、後ろから僕らを呼ぶ声がした。
「マサキ、マコト。こんにちは」
「あれ、アーサー。帰りはこっちの方角」
「近くです」
それで、僕ら三人は一緒に歩いていった。
僕らの住む市は、東西に列車が走り、南北に大きな川が流れている。北側は住宅地、中央に駅があり、南側は工場や畑が多い。僕の通う高校も北のほうにある。問題の家は、学校から十分ほどの距離で、学校を挟んで、僕の家とは逆方向にある。
「アーサーの家はこの辺り?」
僕が聞くと、
「もうすぐです。ハシル」
と彼は答えて、足を速めた。
アーサーはハシルと言ったけど、早歩きより遅いペースだった。それでも、僕らよりは先に進んで行った。それで僕は、「シーユーレーター」と別れの挨拶を告げておいた。
彼は、後ろを振り向くことなく、右手を上げただけだった。
僕がアーサーの後ろ姿を見ていたとき、
「あのパン屋の角を右に曲がって、次の角の家」
と、昌喜は行き先を声に出した。ちょうど偶然にも、アーサーはパン屋のところの角を右に曲がっていった。
僕らがその角を曲がると、アーサーは四十メートルほど先にある次の角辺りまで進んでいた。
「あ!」
昌喜が驚いたのも無理はない。アーサーは次の角に着く前に、右側の家のほうに曲がったからだ。
「まさか」
昌喜が走っていったので僕も続いた。僕らが到着した頃には彼の姿はなかった。
「中に入ったよな」
昌喜は、自信がないのか僕に聞いてくる。
「人が住んでないって話じゃなかった? そうか、アーサーが最近借りたんだ」
「でも、一軒屋借りるほど収入があるかな」
そう言った昌喜はすぐに、
「そうか。訳あり物件で借り手がつかないから、格安だったんだ」と納得した。
僕も新しい現実を受け入れようと、
「それに一人で借りたとは限らない。シェアハウスってやつかもしれない」と理由を付け加えた。
そのとき、僕の脳裏に突然、水泳の飛び込み競技の映像がフラッシュバックのように浮かんだ。普通なら飛び込み台は、同時に飛び込んでも選手がぶつからないように、高さごとに位置をずらしてある。それが、その飛び込み台では同じ位置で、地上五メートルと十メートルのところにそれぞれ選手がいて、先に五メートルの選手が飛び込み、続いて十メートルの選手が飛び込んだ。
水の深さもすごく浅く、中では、先に飛び込んだ選手が、後から飛び込んだ選手の下敷きになっている。これはきっと、密室トリックを暗示しているに違いない。漬け物石が二つ、スノコの上で重なるように、犯人は仕掛けたんだ。だから、昌喜に言ってやった。
「残念だな。ワトソン君。もう、謎は解けたよ」
昌喜は、僕の言葉など聞いていないように、
「入れてくれるかな」と淡々といった。
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