第4話 ソッカーの起源

 それからしばらくの間アーサーに会うことはなかったんだけど、意外なところでまた再会することになるんだ。

 僕も昌喜も無事同じ高校に合格して、当然入学式に出たんだけど、なんとそこにアーサーがいたんでびっくり。

 最初はスーツ姿ですぐには彼だとはわからなくて、さすが高校にもなると、外国人の教師がいるんだなと感心したけど、よく見るとアーサーじゃないか。

 僕は、他のクラスの昌喜の姿を探して、きょろきょろするなと先生に注意された。そういえば、英語の仕事がどうのこうのと言ってた。まさかうちの学校とは思わなかったな。


 彼の役目は、アシスタント・ラングウィッジ・ティーチャー、略してALT。つまり英語助手のこと。アーサーは、簡単な挨拶を日本語でしたけど、教頭が、

「この先生は、前の先生と違ってまじめみたいですね」

 と言うと、上級生の間で笑いがおきた。

 ということは、前の先生っておもしろい外人だったってこと。

「前のランスさんは、他校と掛け持ちでしたが、ホワイトさんは当校専任でご指導にあたっていただきます。というのも、みなさんもグローバリゼーションと言う言葉くらい聞いたことがあると思いますが、今日英語の必要性がますます高まって……」

 それから、教頭の退屈な話が続いた。


 その日は、昌喜と一緒に帰った。 

「驚いた。うちの学校に来るとはね」と僕が言うと、

「暴走族と大乱闘したことがばれたら、クビになるよね」

「あれは向こうが悪い」と僕はアーサーをかばった。

「そうだよね。元はといえば、僕らが原因だからね」

 僕らのせいで仕事を失ったアーサーが、無事仕事を見つけることができ、僕も安心した。


 それでも昌喜は、彼の今後が心配みたいで、

「でも、生徒と喧嘩したら、やっぱりクビだな」

「うちの学校、そんなに悪くないよね」

「全員がいい子なんてありえない」

「外国人が日本で仕事見つけるの大変だから、生徒と喧嘩して欲しくないね」

 僕も、昌喜と同じ心配をした。

「そうだな……。だけど、一体、日本に何しに来たんだろう?」

「日本文化研究とか。ほら、この間も時代劇のセリフみたいなこと言ってただろ」

「あれ、もろに昭和の時代劇だよ。ネットで調べたらすぐ見つかった。何とか奉行ってタイトルで、奉行が悪人倒すとき、捕鯨船に乗って銛持って行って、漕ぐのは別に船頭がいて。それで悪人、旗本とか大名なんだけど、その屋敷に捕鯨船が着くと」

 情報を仕入れるのが早い昌喜は、話しているうち興奮しだした。

「ちょうどその時、旗本達が出入りの悪徳商人としゃべってて、しかも、ハハハと笑っているところ。そこへ障子越しに銛が投げ込まれ、何者だ? ってなって。

 障子を開けると、頭巾をかぶった奉行が立ってる。だけど、頭巾かぶってるから誰だかわからない。

 そこで、無礼者、頭巾をとれってなるけど、頭巾をとって困るのはお前達のほうじゃないのか、と奉行があざ笑う。

 頭巾をとると、ついこの間あったばかりの奉行。お互い身分が高いのに、話し合いはなく斬り合いに。しかも奉行が刀を抜くと、葵の御紋」

 葵の御紋ということは、徳川家と関係があるのかも。

「すげえおもしろそう」

 僕は本気でそう思った。

「おもしろいよ。峰打ちじゃなくて本気の斬り合い。相手は十人くらいなのに奉行があっという間、三十秒ぐらいで全員殺しちゃう。向こうだって侍だから、剣道習ってるはずなのに」


 僕はその話で、この間のアーサーの勇姿を思い出した。さすがに十人を一人であっという間とはいかなかったな。

「するとアーサーは、それを見たってことだよね」

「動画サイトにアップされてるから、誰でもみれるよ。しかもタイトルはアルファベット。外人でも調べられないことはない」


 それを見て日本文化に興味を持ち、わざわざやってきたのかもしれない。僕はそう思うと、インターネットのすごさを思い知った。

 昌喜は、僕の考えを知ってか知らずか、

「興味を持ったのは、時代劇じゃなく捕鯨のほうかもしれない。とにかくその時代劇、BGMも勇ましくて、無茶苦茶凄いから」と言う。

「まさか、外国は捕鯨反対だよ」

「捕鯨経験者なんかいないからね。でもイギリスも昔はやってた。鯨の油が欲しかったから。石油が出るといらなくなったけど」

「でも考えてみると、鯨って大きいから、昔の技術じゃ怖いよね」

「昔のイギリスは先進国だよ。江戸時代の日本よりましだよ。ふんどし一丁で銛持って投げつけるんだから」


 僕は昌喜と別れて、家に着いてから考えた。

 旗本の屋敷に都合よく船が乗り上げたとして、帰りはどうするんだろう。人を十人も殺してるんだ。早く逃げる必要があるのに、船が邪魔で困りはしないのか。奉行が戦ってるとき、船頭は何をしているんだろう。悪いのは旗本と商人なのに、なぜ家臣が殺されなくてはいけないんだろうか。

 それ以前に、捕鯨船で行く必要はどこにあるんだろう?


 しばらくして、学校の廊下でアーサーと会った。向こうも当然僕のことを覚えていたが、通訳の昌喜がいないので、カタコトの日本語と中学生レベルの英語が交差する奇妙な会話になった。

 僕がサッカー部に仮入部したことを伝えると、

「リアリー?」

「オフコース」

「ワタシもフットボール、一緒にプレーしたいです」

「ミートゥ、楽しみにしてる」


 廊下ですれ違っただけだから、長く話せなかったけど、一緒の学校だから、いつでも顔を合わせることになる。なんか変な気分。 

「すげえな。速水、お前英語話せるのか」

 同じクラスの河田に言われた。

「まあね」と答えて、以前からの知り合いであることは黙っておいた。


 それから数日して、アーサーはサッカー部の部室にやって来た。遊びに来たわけじゃなく、サッカー経験の浅い顧問の安藤先生を補佐する外人コーチとしてだから驚いた。


 この安藤顧問は、五十歳くらいの英語の先生で、ALTのアーサーとはよく話をするみたいだ。それで彼がサッカーが得意だと聞いて、部のコーチとして呼んだのだろう。ちなみにこの先生、生徒からはアントンと呼ばれている。


 アントンは部室にアーサーを連れてくると、

「こちらみなさんもご存じのホワイトさん。英語の授業では、本場の英語で大変助けてもらってます。まあ、前任者があれだったから」と紹介した。

 アーサーは丁重にお辞儀をした。


「ホワイトさん、英語だけじゃなくサッカーも本場で経験つまれていて、とてもお上手だそうです。ご本人の希望でときどき練習を手伝っていただけるそうです。英会話クラブのほうが本業なので、いつもというわけにはいきませんが、空いた時はできるだけ来ていただけます。


 私みたいにサッカーかじった程度の顧問じゃ、君たちがかわいそうだから、びしびし指導してもらいたいですね。まだ若いし、コーチとしても練習相手としてもいけるから、戦力アップにつながり大歓迎です。ついでに英語も覚えてられるから、素晴らしいなあ。

 でも、君たち、顧問が英語教師でよかったな。ホワイトさん、ラグビーも得意だから、市ノ瀬先生が英語話せたら、ラグビー部にとられたかもしれないぞ」

 市ノ瀬はラグビー部の顧問で、三十代の体育教師だけど、そのときは知らなかった。


「それでは、ホワイトさん。挨拶を」

 アントンに紹介されて、アーサーは軽く頭を下げると、あらかじめ練習したのか、かなりうまい日本語で話し出した。

「みなさん、こんにちは。ホワイトです。前の仕事ではシロと呼ばれてましたが、スペルはWHITEではなくWHYTEです。よろしくお願いします。それとスイマセンガ、フットボールのこと、ソッカーと呼ぶのはやめましょう」


 サッカーのことを、イギリスではフットボールと呼んでいることくらいは、僕でも知っている。それでも今さらフットボールと呼べと言われても、現実的には無理だから、

「フットボールじゃアメフトみたいで使いづらいですよ」

 と、キャプテンが言うと、上級生達は賛同した。

 するとアーサーは、

「アメリカン・フットボールと間違える……のなら、アソシェーション・フットボールと呼べばいいです」といった。

 僕も含め 何のことかわからない部員が大半だったので、二年の相田先輩が解説してくれた。


 相田先輩は、見た目からして知的な感じのする人で、聞くところによると、感情の起伏が少なく、よく本を読むようで、いろんなことに詳しいみたいだ。

「サッカーの正式名称はアソシェーション・フットボール。アソシェーションがなまってサッカーになった。ちなみにラグビーはラグビー・フットボール。アメリで普及したのがアメリカン・フットボール。この三つは元々同じフットボールから別れたもので……」

「相田、長くなるからやめろ」とキャプテンが言うと、アーサーが、

「私は聞きたいです」と話を促した。


「元々フットボールは、イギリスの村々で祭りの行事として楽しまれていたもので、二チームに別れた村人がボールを奪い合ってゴールまで持っていくものだったんだけど、ゴールとゴールの間はかなり離れていて、手も使えるし投げてもいい、というより殺人以外はなにしてもいいというかなり荒っぽいものだった」

「ひえ~」

 と、僕と同じ一年の一樹が言った。

「殺人は禁止されていたけど、実際死人もたくさん出た。専用の武器を使ったりしてたから」

「なんでそんなことするの?」

 と、二年の田中先輩が聞いた。優秀なミッドフィルダーでチームの司令塔。


「祭りの他に利害の対立する集団が、話し合いで解決できない問題を解決するために使った、いわば戦争のようなもの。それがパブリックスクールでもプレーされるようになり、学校ごとにルールが決められた。そのうちスクールごとの交流戦やパブリックスクール卒業生が大学に入学したりで、異なったルールをまとめる必要がでてきた。


 それで話し合った結果、統一ルールが決定。そこで決まったのが手は使用禁止。ところがラグビー校みたいに手を使うスタイルのところはそれに反対。フットボール協会、つまりフットボール・アソシエーションから脱退して、ラグビー・フットボールを声明。もちろんイギリスのことだよ。ちなみに日本は明治維新でそれどころじゃないよ」


 なんで相田先輩がイギリスのことだと付け加えたかというと、話の途中で馬鹿な二年生がラグビー校ってブラジルにあるのか、って隣に聞いてたから。

 それにしても相田先輩、噂に違わず詳しいね。


 相田先輩の話が終わると、アーサーが話を引き継いだ。

 騎士道精神とフットボールの精神がどうとか、勝つことが目的じゃないとか、英語と下手な日本語で延々と説明されて、聞いてるほうが疲れた。

 最初はただの筋肉馬鹿だと思ったけど、きっと頭もいいんだろう。でも、結局何がいいたいのかよくわからなかった。要するにサッカーには、騎士道精神が大切ということかな。


 で、やっと練習なんだけど、さっきまで偉そうな事言ってたのが、指導というより生徒と一緒になって楽しんでる。僕らの実力じゃ真剣に相手するに値しないのはわかるけど。

 ひとつだけいいことは、外国人のアーサーがいることで、先輩後輩の上下関係がフランクというか、あまり気にしなくていいような感じになって、僕ら下級生には居心地がよかったってこと。といっても雑用がなくなったわけじゃないけどね。


 後で相田先輩に聞いたら、昔のイギリスのパブリックスクールの先輩後輩の関係は、日本どころじゃなくて相当に厳しかったという。全員寄宿舎に住むんだから、気を遣うのはわかるけど、生徒が上流階級で教師がそうでないから、ある程度の自治が認められ、上級生が威張り散らしてたらしい。校内暴力もすごくて、軍隊が鎮圧したこともあるという。


 下級生は、料理に靴磨きにサッカーのゴールポスト、その他雑用係。ラグビー校も凄かった。インゴールに下級生百人を立たせて、トライを防がせていたという。

 元々パブリックスクールのフットボールは、スポーツというより、下級生しごきの手段だったみたいで、あまり勝敗にこだわらなかった。サッカーはプロ化が早く、労働者階級に広まったから、勝敗に夢中になるけど、紳士のスポーツラグビーはその名残で、勝者も敗者も健闘を称える。


 アメリカン・フットボールは、1880年代にイギリスから伝わったラグビーが元になっている。これは、パブリックスクールの生徒じゃなくて、エール大学などの秀才たちが考え出したものなんだけど、頭がいい連中が考えた割には、ルールがワイルドで怪我人続出。タックルの制限がラグビーより緩いから仕方がないけど、1937年に防具の着用が義務づけられた。


 ラグビーは密集の時にボールが隠れて、観客から見えにくいけど、アメフトはできるだけ観客が楽しめるように、工夫されている。ハーフタイムショーなんてものがあるくらいだからね。


 多くがイギリス発祥のスポーツというものは、パブリックスクールの生徒の遊びにすぎなくて、体育学者が考案したものじゃない。僕と同じくらいの年頃の子供が適当に決めたものを、現代のいい大人達が絶対的なものとして受け入れ、商業化したり解説したりして馬鹿みたいだ。


 僕もとりあえずサッカー部にいるけど、運動神経良くないし体力もない。何でいるかと言われてもわかんないけど、元々が子供の遊びなんだから、そんなに真剣に考える必要ないと思う。


 サッカーもラグビーも、昔は整備されたグラウンドなんかなく、木や川がある野原だったり、教会の石畳の庭だったり、参加者の年齢も小さな子供もいれば、大人と変わらぬ体格の少年もいたり、人数も少なかったり百人超えてたり、状況に応じて多種多様だった。


 協会ができて統一ルールが決まり、選手の数、ピッチの長さ、ユニフォームのデザインと規格化されてなんだかつまらない。こいつは適性があるとか、効果的な練習はどうとか、強豪校に入らなければダメだとか、絶対に負けられない戦いがここにあるとか、窮屈すぎる。


 野原を駆けめぐり、面白くなければその場でルールを変えた昔の子供達のほうが、ずっと自由で生き生きしてたんじゃないだろうか。

 などと、相田先輩の話を聞いて考えてしまいました。


 余計な話が多かったけど、こんな感じでミスター・ホワイトのソッカーじゃなくて、フットボール指導が始まりました。名称のほうはフットボールが根付かなかったので、サッカーのまま。アーサーだけソッカーと呼ぶんだけど、発音としては間違っていない。

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