第3話 アーサーとの出会い

 斉藤昌喜は、僕と同じクラスで家も近所だから、帰りは一緒のことが多い。身長も百六十六センチと僕と同じくらいで、なんと高校も同じところを目指しているんだ。

 中学校より近い高校だから、また帰りが一緒になるかといえば、僕はサッカー部に入る予定で、昌喜はミステリ研究会っていうなんか得体の知れないところに入るそうだから、帰りは別々になりそうだ。


 まだ受かってもいないのに入学後の話をするなって? 定員割れ寸前の二流校だから大丈夫だよ。勉強ができないくせにスポーツが盛んかというと違って、サッカー部なんか僕でもレギュラーになれるらしい。

 とりあえず苦手な英語勉強しなきゃ。その点、昌喜は、お父さんの仕事の関係で、小学校時代は外国で過ごしたから英語ペラペラ。発音も外人みたいで、英語の先生より上手なんだ。


 僕? あれ、紹介が遅れてごめんなさい。

 僕は速水誠。東日本のとある街に暮らしていて、もうすぐ中学を卒業する予定。とある街と具体的な名前を避けたのは、関係者に迷惑かけたくないからだけど、昌喜も僕も本名だから、どこかで同じ名前の人間にあったら、僕らかもしれないよ。


 この間、いつもより帰るのが遅くなって、怖い目にあったんだ。家の近所のことだったんだけど、暴走族に囲まれてね。相手は四人で、こちらは僕と昌喜の二人。暴走族も昔に比べて人数が減っているって話だけど、それでもいいがかりつけられるとやっぱり怖いよ。


 僕らが並んで歩いていると、後ろのほうでバイクが走っているのがわかった。それが近づいてくるとスピードを緩めたから、僕は思わず振り返った。四台のバイクが、僕たちのすぐ後ろで停まった。


「ねえ、君たち邪魔なんだけど」と一人が言うと、

「道が狭いのに横に並んだら通れねえだろ」

 と、隣の奴が強く文句を言ってきた。それで、

「そっち だってバイクで並んで走ってるだろ」

 と、昌喜が反抗したから相手を怒らせてしまった。


 帰国子女だから自分の意見をはっきり主張するのはわかるけど、状況を考えろよ。住宅街だけど、周りは塀ばかりで通行人もいないし、誰も助けてくれない。

「なんだと」

「俺達が悪いって言うのか」

 四人はバイクから降りると、僕らを塀に追いつめた。

「すいません。やめてください」

 と、僕があいつらにこづかれながら謝ってるのに、昌喜は、

「後で警察に言うからな」と、相変わらずだから顔を殴られた。


 そのとき、街灯の明かりしかなかったけど、道の向こうに人の姿が見えた。その人は僕らに気づいて、ものすごい勢いで走ってきた。体の大きな白人男性で、僕らと族の間に割って入る。


 青っぽいトレーニングウェアの下には、鍛え抜かれた筋肉が盛り上がっている。肩幅が広くて、若いけど口ひげをはやし、西部劇の保安官みたいだ。

彼は、ひるむことなく暴走族の前に立ちはだかる。

「なんだ? この外人」

 四人が睨んでも、その人は全然ひるまずにラフィアンズがどうのこうのと言い返した。昌喜に聞いたら「悪党、ごろつき」って意味だって。族の関心は、僕らからその人に向けられたから、急いで走れば逃げられたけど、心配だからその場にいた。


 四人のほうも意味の通じない口げんかはしてたけど、相手が強そうだから手を出さない。そのうち外人のほうが、鞄から何か取り出したんだけど、それがボクシングのグラブでかなり薄いもの。

 自分ひとりでは紐が結べないので、最初から拳が入るくらいに緩めてあって、紐の端を中に入れて、着け終えた。素人相手なら、それで十分なのだろう。  

 敵の四人は顔を見合わせて、

「やるんだってよ」「四人同時にかかれば勝てるな」「地面に倒して乗っかかれば勝てる」

 とか言い出して、勝負が始まった。僕らも当然「やめなよ」と止めたけど、どちらも火が着いた状態でどうにもならない。


 戦う前に外人のほうが英語でなんか言ったけど、ゴッドとネームしか聞き取れなくて、後で昌喜に聞いたら、「In the name of God and Her Majesty, I will beat you up 」だそうで、

「神と女王陛下の名にかけて、貴様らぶっ倒す」って意味らしい。


 族のほうも意味がわかんないから、

「え? 何言ってるかわかりません」「日本語 でプリーズ」とからかってた。そしたらそれから外人が大声で「テンニカワッテ テメエラ キル」って言うから、族達は大笑い。

「時代劇かよ」「この外人、馬 鹿じゃねえの」と受けてた。


 それで勝負が始まったんだけど、族が四人同時にかかっても、外人のパンチ四発で終わってしまって。なんだかあっけなくて、喧嘩って感じがしなかった。

 四人が倒れてたけどほうっておいて、僕と昌喜が先にお礼を言うと、相手の外人が自己紹介をしてくれた。

 名前はアーサー・ホワイト。去年、イギリスから来て、今は近くの工事現場で働いている。日本語も少しは話せるようになってきたから、今英語関係の仕事を探しているところだそうだ。


「彼らは暴走族だから、他に仲間がいて復讐されるかもしれない」

 と昌喜が警告しても、アーサーはちっとも気にしていなくて、その時はまたボクシングが出来ると、ジョークで返してきた。

 ボクシングの他にラグビーやサッカーも大好きだけど、建築現場の人たちは相手にしてくれないと不満も言ってた。

「ヤキュウなら喜んでやるよ」って言われるんだって。


 そうやって僕らが話していると、倒された四人のうち二人が復活してきて、気づかれないように後ろからこっそりアーサーを襲撃してきた。だけど二人同時にタックルしても、アーサーは倒れなくて、体の向きを返ると二人を押し返してしまった。

 それでも意地になって向かってきたんで、アーサーは一人を肩にかつぎあげると、両腕でそのまま上に持ち上げたから、もう一人はびっくりして動きがとまった。持ち上げたほうをそいつに投げつけたから、二人同時に倒されて、それを見てた残りの二人は、すぐバイクに乗って逃げていった。


 それから僕らは、また丁寧にお礼を言って、アーサーと別れた。

 倒れてる二人は放っておいたけど、アーサーがお医者さんみたいに二人のそばでかがみこんで大丈夫と保証してくれたから問題ないよね。

 倒れてる族の特攻服の背中には、「爆走野蛮族」って刺繍してあった。ダサい名前だけど、本人達はカッコいいつもりなんだろう。家に帰って父にその出来事を話すと、菓子折持ってきちんとお礼に行きなさいと言われた。

 次の日、昌喜と学校の帰りにケーキ屋に寄って、彼の働いている建築現場に向かった。


 建物は五階建てのビルで、まだ骨組みだけだった。建物の前の敷地が結構広かったんで、僕らはそこで見てた。アーサーの他にも東南アジアや南米の外人がいて、監督が英語まじりで指示してた。

 監督は僕たちを見つけると、「なんか用?」と聞いてきた。

 ホワイトさんに用がありますと答えると、「シロね。 ちょっと待ってて」といって、アーサーを呼びに行った。ホワイトだからシロって、犬じゃあるまいし。


 アーサーはちょうどそのとき、下に置いてある鋼材を肩にかついで、建物のほうに向かっているところで、監督が近づいて声をかけると、鋼材をかついだまま後ろを振り向いたんだ。それで、鋼材が監督の頭に当たりそうになって、

「馬鹿やろ!。気をつけろ」と監督が怒った。

 コントみたいなんで僕らは笑ったけど、アーサーは神妙に、

「ソーリー、すいません」と謝った。監督はすぐに機嫌を取り戻し、僕らのことを伝えた。


 僕らは「昨日はどうも」「サンキューフォーユアカインドネス」とお礼を言って、紙袋に入ったケーキを渡した。アーサーはお礼を言って受け取ると、すぐに他の作業員達を呼び出した。

 ちょうどその日の仕事も終わりに近かったようで、十人ほどいた作業員のみなさんとケーキタイム。

 だけど、そんな幸せな時間も長くは続かなかった。


 この間の野蛮族、あいつらの一人が僕らのことを見つけ、後をつけてきたらしく、そいつが仲間を呼んできたから一大事。気がついたら十人以上集まってた。しかも鉄パイプなんか持ってて、やる気十分。監督が責任者らしく抗議した。


「迷惑だから帰ってくれないか。さもないと警察呼ぶよ」

「あんたには用はないよ。あの外人に話がある」

「おい、シロ。またお客さんだ」

 アーサーは話し合いで解決しようと試みたけど、気の荒い作業員もいて、話をややこしくするから、一触即発の空気になった。

「ガキ。怪我しないうちに帰れ」

「うるせー、おっさん」

「カームダウン オチツイテください」

 アーサーがそう言って止めようとするけど、もうおさまらない。


 先に四十歳くらいの日本人作業員が相手の首をつかむと、族側が一斉に暴れ出した。それで作業員側も応戦するんだけど、アーサーと僕らは喧嘩を止めようとしてるから、どうしても形勢不利の状態。それで、骨組みだけの建物の下に逃げこむと、族の奴らは囲い込むように迫ってくる。


「あの、今暴走族みたいな連中に襲われて……」

 と、監督が警察を呼ぼうとすると、相手の一人が監督の腰のあたりを鉄パイプで殴った。監督は腰を押さえて倒れこんだ。

「カントク」

 アーサーは、監督の上にかがみこんで様子を見ていた。そこへ別の奴がアーサーの背中を叩いた。

 そしたらアーサーは凄い表情で振り返った。叩いた奴はちょっとびびってた。アーサーは立ち上がると、そいつから鉄パイプを取り上げて返り討ちにした。

 族の奴らが、それを見て身構えるものだから、こちらもその辺にあるものを武器にして同じように身構えた。お互いに向かい合ったまま、身動きできない状態。


「かかってこいよ」

 向こうが挑発してくる。

「武器は捨てろ」

 さっきの日本人の人がいった。

「そっちから捨てろよ」

 膠着状態を破ったのはアーサーだった。ワンオンワンどうのこうのって言ってて、昌喜が、「一対一で勝負したいって」と通訳した。


「こいつとタイマン?」

 向こうは顔を見合わせ、「ヒロなら勝てる」と一人を名指した。前に出てきたのはやたらひょろ長い奴で、あんまり強そうに見えない。

「こいつキックボクシングやってるから、パンチだけの奴ならローキックで勝てる」

 と、鶏みたいな髪型の族が言った。周りの態度からすると、彼がリーダーみたいだ。


 アーサーは、落ち着いて鞄の中からグラブを取り出し装着した。

「一人前にグローブなんかつけやがって」

 と、ヒロは不適にいった。

 身長が高くリーチが長いから、キックボクシングやっていれば強いんだろう。


 ワンオンワンの勝負が始まった。

 アーサーがジャブを繰り出すと、ヒロは両腕でガード。隙を見てローキックを打ってくる。これにはアーサーは嫌な顔をした。相手の作戦を見抜いたアーサーは、グラブをつけたまま、いきなり正面からタックルにいった。ヒロは倒れて起きなくなった。

「汚ねえ、反則だ」

 と相手側は怒ったけど、誰もキックボクシングやるなんて言っていない。だけどそんな道理が通じる連中じゃない。


 それで乱闘になった。相手の鉄パイプ攻撃はアーサー一人に集中した。さすがのアーサーもこれには勝てなくて、うつぶせになってうめいている。

「もういいだろ? お前達の目的はその外人だけよな」

 と、最初に手をだした作業員の人が言うと、リーダー格は、

「図体がでかいだけで大したことなかったな、こいつ」と吐き捨てた。


 もう負ける心配がないので相手は余裕だ。

「そうだな、他の連中には恨みはないから、あとあんただけだな」

 それで、その人の周りを族達が取り囲んだ。

「ちょっ、ちょっと待って」と、最初の勢いは失せた。

 そのとき、「待て!」とアーサーの声がした。倒れていたアーサーが体を起こしてきた。

「こいつ、まだやる気みたいだぜ」

 一人がそう言うと、族達はあざ笑った。「ハハハ」


 弱ってるはずなのにアーサーは無理して、またあのセリフを言うんだ。インザネームオブゴッドアンハーマジェスティ……。

 前回もいた奴は「また言ってる。それ何? おまじない?」とからかう。 そしてまた時代劇の決めぜりふ、「天に代わっててめえらキル」

 キルはきっと斬るなんだろうけど、「る」の発音がRじゃなくてLだからキルにしておく。


 そのときは族達の目がアーサーに注目してるので、僕らからすれば反撃のチャンスだった。だから目配せして、あいつらが油断してるところを、後ろから攻撃した。それでアーサーも勇気づけられたのか、よろよろしながらも何人か殴り倒した。

「覚えてろよ」

 リーダーがそう言い残し、族達は、痛む体をバイクに乗せて去っていった。


 そのころには監督も起きあがって、冷静になっていた。

「あいつらも何人か怪我してたな。面倒なことになりそうだから、警察には言えない。だけど、シロ。責任はとってもらうよ」

 アーサーがクビ? 

 もとはといえば僕らを助けたことが原因なのに。昌喜が英語でアーサーに謝罪してるけど、どうにもならない。僕も「ソーリー」くらいしか言えなかった。

 でも、アーサーは、「ダイジョウブです。今英語の仕事探してます」と微笑んでくれた。

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