千年古都の「えくすとら」

綾部 響

高台寺 秋

 ―――秋、本番……。

 

 穏やかな陽気に優しい日射し。長い夏が終わり、火照った大地を癒すような優しい気候に誘われて、そこかしこで紅葉がこれでもかと色付いている。

 

「うわーっ!マー君、秋だよー、紅葉だよーっ!」

 

 山門の入り口から既に見える紅葉一色に、アイシュは目を輝かせて言った。

 

「ほんとだーっ!ねぇねぇ、お兄ちゃん!すっごく綺麗だねーっ!」

 

 圧倒されて声もでないマサトの前に進み出たノイエの声もまた楽しそうだ。

 

「うむ。これ程の紅葉は、到底他ではお目にかかれぬ。流石は千年皇都、その代表たる高台寺じゃの」

 

 ユファは一人、ウンウンと頷いて感じ入っている。皇女たる彼女もこの場所に色付く紅葉には御満悦のようだ。

 

「いや、ほんと。来てよかったよねー。な、マー坊?」

 

 美しい金髪に輝く緋色の瞳をこちらに向けて、リョーマが柔らかく微笑んだ。

 

「……こんな所で立ち話もないと思う……早く進もう」

 

 後ろからシズカが、努めて冷静な声でそう提案した。しかしその物言いとは裏腹に、彼女は先に進みたくて仕方ないと言った表情を輝かせていた。

 

「よし、行くか!」

 

 そう声に出したマサトが歩を進める。苔むした石段をゆっくりと昇ると、周囲からは一際温度の低い冷気と、それに伴ってフワリと緑の濃い匂いが漂ってくる。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。ここってホントに京都市内なの……?」

 

 ノイエが疑問に思うのも仕方がない。この山門から少し下れば、すぐに交通量の少なくない道路が走っているのだ。だが今彼等のいる場所では車が発する騒音は勿論、排気ガスの臭いも、街の喧騒すら無縁だったのだ。

 

 「……ほんと……ここに居たら、まるで自分が千年前にタイムスリップしたみたい……」

 

 ノイエの言葉に、アイシュも共感の言葉を漏らした。

 

「この京都は、府と言わず国をあげてその景観を維持しておるからの。区画整理一つ取っても、非常に慎重な検討がなされておるのじゃ」

 

 ユファの言葉で、アイシュとノイエは感嘆の声を漏らした。由緒ある古き神社仏閣の建ち並ぶ京都では、それも当然だろうと妙に納得が行く話だったのだ。

 

「……でも、それだけじゃないんだよ……」

 

 またもや後方から、周囲に目を遣りながらシズカが声を掛けた。

 

「……この京都は歴史が長すぎて……何処かを掘り起こせば、かなりの確率で遺跡が出てくるんだって……」

 

「なるほどね。それじゃあ簡単に道路を掘り起こす何て事も出来ないって訳だ」

 

 彼女の言葉をリョーマが感心したように話を続けた。

 そう言った努力と理由から、古き良き風景が千年変わらず保たれているのだ。

 彼等は周囲の風景に見とれながら、石段を昇り、いよいよ目的の場所へと到達した。

 

「うっっっわ―――っ!」

 

 御堂と御堂を結ぶ欄干の上。決して絶景と言う程の景色ではない。しかしそこから垣間見せる町並みと、それと重なるようにして彩る赤のコントラストは、絶景ならぬ美景であることに間違いはなかった。

 

「……なんとも……これは……」

 

「……なんか……見とれちゃうねー……」

 

 ノイエの絶叫に続き、ユファとアイシュも感嘆の声をあげた。シズカに至っては言葉もなく、景色を見たまま佇んでいた。

 

「確かにこれは凄いね……京都には紅葉の名勝が沢山あるけど、ここはそのどれにも負けない素晴らしさがあるよ」

 

 マサトの隣に並んだリョーマも、その景色から目が離せないでいた。

 

「あーあ……でも夜になったらライトアップがあるんだよねー……あたし、ライトアップされた紅葉も見たかったなー……」

 

 景色を見たまま、ノイエは残念そうにそう呟いた。今日の夕方には予約してある列車で帰らなければならないのだ。

 

「ほんとー、残念だよねー……また来たいなー……」

 

 アイシュがポツリと呟いた。その寂しげな言葉は、深まる秋を更に物悲しいものへと変えて、一行にシンミリとした空気が流れる。

 

「……じゃあさ、アーちゃんはマー坊とまた来れば良いよ。新婚旅行でさ」

 

 ここでリョーマの爆弾発言が飛び出した。

 

「うむ。リョーマ殿、それはなかなか良い考えではないかな?古来より今に至るまで、この京都は新婚旅行で人気のある場所でもあるからの」

 

 ユファがリョーマの言葉に頷く。

 

「……いいな……私も新婚旅行で来たいな……」

 

 言葉少なげにシズカも同意を示した。感情表現に乏しい彼女だが、今は何処かを夢見る少女の様な表情が見てとれた。

 

「えーっ!それじゃあ、私も来るーっ!」

 

 ガシッとマサトの腕を取り、ノイエが唇を尖らせて抗議した。なんとも微笑ましい光景に映るが、ノイエの場合は冗談に映らないのが怖いところだ。

 

「ちょっ……みんな、な……何言ってるのよっ!?」

 

 顔を紅葉よりも真っ赤に赤らめて、アイシュが動揺しながら反論しようとする。しかし周囲の生暖かい視線に晒されて、次の言葉が出せないでいた。

 

「マ、マー君も何か言いなさいよっ!」

 

 矛先を向けられたマサトにも、何か良い言葉は浮かばない。

 

「な……何か腹へったな……とりあえず、何か食いにいこう」

 

 そう言ってマサトは、右手にノイエをぶら下げながら歩き出した。

 

 賑やかな彼等に、秋の日射しが柔らかく降り注いでいた。

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千年古都の「えくすとら」 綾部 響 @Kyousan

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