第24話天照命と祝詞
右から左から後ろから時折、大きな音がした。そんな音のたびに体が震えた。街路樹の近くは避けて通りの真ん中を走った。あとどれだけ漕げばいいのか、もう体の限界だと思った矢先、眼前に防風林が見えた。
体力はとうに底をつき、気力だけでペダルを漕ぐ。ぺんぎんは意識を集中しているのか、真っ黒な空を見上げたまま動かなかった。
ようやく海と街の堺である防風林まで辿り着いた。もうすぐゴールだと安堵する。
防風林の中を自転車で進むわけにもいかず、ここからは先は徒歩で行く必要があった。体が言うことをきかず、ゆったりと自転車を止めているとぺんぎんが怒鳴った。
「もうすぐ後ろまで迫ってきてるぞ。急がないと」
力を振り絞り、ぺんぎんを抱えて走る。後ろでドカンと激しい音がする。振り返ってみると自転車が煙を上げて倒れていた。
暗雲は僕の方へ集まってきている。風は唸り声のように聞こえた。
雨の影響で、林の中はぬかるんでいた。走っては地面に足を取られて転んだ。ぺんぎんが手から放り出され泥の中に転がる。
そんな僕に対してぺんぎんは文句を言うことはなく、反対にもう少しだと励ましてくれる。木々が密集して僕らが見えないせいなのか、防風林の中には雷は落ちてこなかった。
林を抜けたとき、僕もぺんぎんも泥だらけだった。そんな僕らの目の前には海が広がっていた。
強風と豪雨のせいか、海は荒れている。晴天の日は素晴らしい景色の砂丘も今は見る影もない。海にあまり近づきすぎると波に呑まれてしまう。細心の注意を払ってぺんぎんを砂浜に下ろした。
「ここから先は私の役割だ」
僕の膝ほどの身長しかない小さなぺんぎんが威光を放っている。力強い言葉は僕を大いに安心させた。
「僕にも何か手伝えることはありませんか」
ここまで一緒に来たのだ、最後まで関わっていたかった。
「ここまでよくやってくれたがここから先は私、神の領域だ。私も日本に八百万いる神の一人、人間の真剣な願いを無に帰することは出来まいて」
口調が柔らかく出会ってから今までで最も優しい瞬間だった。
「八幡は安全な場所で私に祝詞を捧げていればよい。人間の信仰は神の力になる」
ぺんぎんはすうっと大きく息を吸い込んで空を見上げた。釣られて僕も見上げる。陸から海に向けて風が吹いていた。上空の黒い雲は我先にと僕らの真上へ集まってきている。僕らの上にある雲は強風に流されることなくそのまま留まっている。日頃流されるだけの雲が今日に限っては不気味に意思を持った生物に思えた。
よしっとぺんぎんが意気込む。いつもなら現れる好奇心も今はすっかりなりを潜め、ただただぺんぎんが心配だった。
淡い光がぺんぎんを包み込む。神々しいという言葉を初めて理解する。光がどんどんと強くなり目を開けていられなくなる。
「私は
包み込むような柔らかい声が耳に残った。はっとして目を開けると眼前にぺんぎんの姿はなく、上空を舞う光の中に美しい羽衣と長い髪を靡かせる姿が見えた。光塊は天高くへ舞いあがり黒い雲の中へ消えた。
光の消えた所を起点として雲が脈打つ。時折雷とは違う強い光が雲の隙間から覗ける。姿は見えずとも彼女の頑張りが窺えた。
僕は僕にできることを全力で。暗雲を見つめながらぺんぎんの無事を祈った。
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