第23話可能性と死
雨にも負けず風にも負けず着実に自転車を進めてようやく海まで半分ほどの地点まで辿り着いた。異常な状況のせいか体力と精神がごりごりと削られる。
「急げ八幡、龍にばれたぞ」
ここまで黙り続けていたぺんぎんが唐突に声を挙げた。何のことだと疑問符を浮かべる前に突風が煽られる。危うく倒れそうになりペダルから足を離して自転車を止めた。
「何を止まっている。龍に追いつかれるぞ」
ぺんぎんの口調から状況がどれだけ緊迫しているかが窺えた。風の吹いてくる方向に目を向ける。普通上から下へ落ちる雨粒が重力を無視して、顔面めがけて飛んできた。カッパで守られていない顔面には雨粒が打ち付けられ、とてもじゃないが目を開いていられなかった。空を見ると黒い雲が生き物の様にうねうねと動いている。
異常な状況であることを初めて実感した。ペダルに掛けた足が震えている。全体重を掛けて思い切り踏み込んだ。
自転車のスピードはぐんぐんと上がる。スポーツカーにも引けを取らない速度で進む。人も自転車も自動車も誰もいない状況だからできる危険運転である。本物の鳥のようにピーピーと喚くぺんぎんの声はだんだんと聞こえなくなる。急に視野が開け、体が軽くなる。足が回る、ぐるぐる回る。驚異的な速さにも関わらず転倒する気がしない。
頭上でゴロゴロと大きな音が鳴ったかと思うと、白い光が眼前を覆い、顔の横を何か大きな塊が通り過ぎた。
通りに植えられた樹の一本が一瞬のうちに真っ二つに割れていた。あちこちに木の破片が飛び散っている。おそらく顔の横を通た塊もそのうちの一つだろう。
あまりの出来事に自転車を止めて立ち尽くしてしまう。
「死にたくなければ足を止めるな」ぺんぎんが叫んだ。
「でも目の前に雷が」
「仮にも龍に存在がばれたんだぞ。これくらいやって来るのは当然だろうが」
「こんなの事前に説明があって然るべきじゃないか」
雷が人を狙って落ちてくるなんて聞いたことがない。
「もしかしたら死ぬかもしれないなんて言ったら、八幡は手伝ってくれたか。街を残して一人逃げ出す可能性もあっただろう」
ぺんぎんの言葉に一瞬ドキリとしてしまった。
「今のが直撃していたら、僕は何も知らずに死んでいたんですよ」
「直撃だけは絶対にさせない。それは保証する。だが、今のような周囲を狙った攻撃からは守ってやることは出来ん。私の力にも限界がある」
ぺんぎんは捲し立てる。そんなと呟く間もなく、大きな音がなった。視覚的に見ることは出来なかったがかなり近いところに雷が落ちたようだ。
「まだ狙いが定まっていないようだが、近づいて来たらどうなるか分らんぞ」
本当に死ぬ気で漕がなければ、ペダルを踏んで自転車を進めるが、先ほどのような体が軽くなり、視界が広がる感覚はない。ただ足が重く、体からは汗が噴き出していた。
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