冬
第20話縁起物とプレゼント
木々の葉も枯れ落ち、本格的に季節が変わることを告げる。一人暮らしで初めて体験する冬の到来だった。先輩方に聞くとこの地方は滅多に雪が降らないらしく雪に対する準備は必要ないそうだ。雪よりも強い風に注意した方がいいとアドバイスを頂戴したりした。
部屋の中にいても寒さを感じるようになり炬燵テーブルの本領を発揮してもらう必要があった。天板と足の間に布団を挟み、テーブルとコンセントを繋げばすぐにでも暖かくなる。
完成した途端に僕よりも先に炬燵に入るぺんぎんの姿を見て本当にらしくないぺんぎんだと呆れた。
どれだけ寒かろうと講義は行われる。小中高校生の頃は寒い日は学校に行きたくないと考えていたが結局、大学生となってもそれは変わらなかった。おそらく就職しても変わらないだろうなと肩を落とす。ここから子供でここから大人なんて区切りなんて存在しないとようやく実感した。
サークル棟全体では春夏秋とだんだんに大人しくなる傾向にあり、冬の今は来年の春に向けて冬眠にでも入ったのかと疑うほど静かで落ち着いたものだった。
前日から現れた黒い雲のせいで日が遮られ寒さも一段と厳しくなる。それでも講義が終了すると帰巣本能に従うごとくサークル室へと急いだ。雨にも負けず風にも負けずにだ。
サークル室の中は暖房が効いて暖かい。汗をかかないうちに上着を脱いだ。室内には僕の他に西ヶ崎がいるだけだった。
パイプいすに着席してすぐに西ヶ崎が紙袋を渡してくる。高級そうな紙袋に不安が募る。
「クリスマスにはまだ少し早いだろう」
士気を上げる為にもそんな軽口を叩いた。中身のおおよその見当はついていた。西ヶ崎は少しムッとした表情を見せたけれど取り合わないことにしたようだ。
「またもらったわ」
受けっとった紙袋は案の定ずっしりとして重い。机の上に置くとゴンッと良い音をたてた。渋々ながら包装を破き中身を確認するとピクルスが詰まった瓶が出てきた。
「先月もらったばかりじゃないか」
そう嘆かずにはいられなかった。
「それは先月のとは違う人からもらったの」
そこで僕と西ヶ崎は揃って溜息をついた。
西ヶ崎がピクルス好きというデマ情報は人から人へ伝わり西ヶ崎の元へは定期的にピクルスが献上され続けた。女性にピクルスを送ってお近づきになろうとする短絡的思考の持ち主の多さと西ヶ崎が必要以上に恋慕されている事の両方に驚く。
「八幡のせいなのだから最後までしっかり責任持って頂戴」
「最初の一個は確かに僕のせいかもしれないけれどそれ以降は知らないよ。だいたいピクルスは嫌いですってはっきり言えばいいじゃないか」
弱い所を突かれたからか西ヶ崎は何も言わずに睨むだけだった。さすがの西ヶ崎でも好意でくれた人にこれ嫌いですとは言えないようだ。そこに彼女のほんのちょっとの優しさが垣間見える。
何と言い訳しようとこの件に関しては僕に非があるのは明白だった。
「人の口に戸は立てられず、さらに僕の口が災いのもとだ」
結局はリュックの中に瓶だけ詰め込んだ。夏までの僕なら大量のピクルスをどうしようかと右往左往していた所だけれど今は違う。秋に強力な後衛を手に入れていた。
先月、家にピクルスを持ち帰るとぺんぎんが強い興味を示した。一本取って食べさせてやると、どうにも美味しかったらしく瞬時に食べきってしまい終いには僕の指を噛んだ。それから瓶に頭を突っ込み中身が無くなるまでむしゃむしゃと食べきった。
「虎には竹、龍には雲、梅には鶯、兎には波、鶴には亀、猫には小判と動物は何かとペアで縁起物とされていが、私にはピクルスだな、私を絵に書くなら横にピクルスを添えておけ」
食べ終えるとそんなことまで言った。ぺんぎんとピクルスが描かれた絵を想像すると関連性が見当たらない上に神秘性を欠けらも感じられなかった。
「要件は済んだからもう帰る」机の上に置かれた鞄を取って西ヶ崎が立ち上がる。
「先輩方と岩水寺は今日は来ないのか」
「芝本先輩と美園先輩はテスト前で忙しいみたい。岩水寺は知らないわ」
それだけ言うととっととサークル室を出ようとする。
「それなら一緒に」と言い掛け急いで上着を取る。目線を戻すと既に西ヶ崎の姿はなくサークル室の扉が閉まる所だった。
嫌われてるなあと少し落ち込みゆっくりと帰り支度をした。上着を羽織り暖房の電源を切る。落ち込んだ気分のままに扉を開けるとそこには壁にもたれる西ヶ崎がいた。
「急いで出てこようとしたわりに遅いじゃない」
こちらに目線を向けずに外の景色を見ながら言う西ヶ崎の様は中々絵になるものだ。
「先に行ったかと思った。まさか外で待っていてくれるとは」
「まあピクルス処理してもらっているからちょっとはね」
照れたように頬を掻く仕草をする。普通の男ならそれだけで恋に落ちただろう。
僕と西ヶ崎は並んで歩く。まだ講義を行っている時間のせいか人もまばらだ。
「岩水寺とは何か進展あったの」
さりげなく、日常会話の続きのように聞く。一呼吸あってから西ヶ崎は口を開く。
「ちょっと前に二人きりで出かけたわ」
ほうほう、顔が綻びながらも決して声色は変えない。岩水寺が相談してくれなかったことに一抹の寂しさを感じる。
「それはデートじゃないか」
まあそうねとまた頬を赤くしている。どこに行って来たんだ、あまり品のないことではあるけれど聞かずにはいられない。一年近くに及ぶ恋にようやく終止符が打たれるのかと感慨深い。
「二人でご飯を食べに」その後に僕もよく知る定食屋の名前を述べた。そこは大学から一番近くてリーズナブルと評判の店で、平日の夜となれば大学生でごった返すそんな店だ。
「まさかそこだけじゃないよね」
どうか違うと言ってくれ。部屋でゴロゴロしているだろう神に今だけ願った。
「そこでご飯を一緒に食べただけ」西ヶ崎は淡々と言う。
こいつはそれだけで何を照れているのだろうか。ふつふつと言い得もない感情が湧き上がる。
「それをデートと呼ぶのなら僕と美園先輩はもう十回以上デートしてることになるよ」
言い放ってから西ヶ崎を見ると露骨に落ち込んでいた。頑張ったのに言い過ぎたなと少なからず反省して会話の舵を取り直す。
「でもクリスマスには何かプレゼントするつもりなんだろう」
一層のこと西ヶ崎の肩が落ちていき下を向いて首を振った。どうやら地雷を踏んでしまったようだ。
「だって岩水寺の好きなものなんて知らないもの」
西ヶ崎の悲痛な叫びになんとかしてやろうと記憶を探る。クリスマスにもらって嬉しい岩水寺の好きなもの。一つだけ記憶に引っかかるものがあった。
「そういえばちょっと前にあるぺんぎんの写真集がほしいって言っていたな」
下を向いていた西ヶ崎の顔がぐるりと回転し僕を見上げる。これは有象無象が熱を上げて彼女に向かっていくわけだ。できるだけ西ヶ崎に目を向けないようにした。それから岩水寺から聞いた写真集の詳細を西ヶ崎に伝えた。
「ありがとう」小さな声だったけれど心の籠ったものだ。
「御礼を言うにはまだ早いだろう」
どうやら西ヶ崎の照れが移ってしまったらしい。彼女の顔を直視することが出来ない。彼らの恋がうまくいってほしいと願わずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます