第19話ぺんぎんと共同生活
その日からペンギンと僕の不思議な共同生活がスタートした。朝の七時、ペンギンの地団太で起こされる。目を開けると腹の上でペンギンが仁王立ちしている。ベットにどうやって上がってきたのかと周囲を見るとマンガや雑誌が階段状に積み上げられていた。
大学の授業が午後からの時も休日も関係なく毎朝起こされるため生活習慣は規則正しいものに無理矢理修正された。ペンギンと自分、一人と一匹分の飯を作る。魚しか食べないかと思えば意外にも何でもぺろりと平らげた。外見はペンギンだが中身はやはり全く違うものらしい。それが不幸中の幸いで僕のいつも食べているものを一人と半人前作るだけでよかった。
「それにしてもその箸どうやって持ってるんですか」
ペンギンの右羽の先にある箸を見る。羽で包んで持っているのではなく磁石で引き寄せられているかのようにピタッと付いている。
「あの猫型ロボットと同じようなものだ」
もしかしてこのペンギンも未来から僕を救いに来たペンギン型ロボットなのか。
「ロボットなのに人間の料理を食べるんですか」
茶化すつもりで言う。ペンギンが目玉焼きを食べる羽を止めた。嘴の周りがきみで黄色くなっている。
「風呂と一緒で食事も取らなくていいのだがな。美味しいのだから仕方ない」
そして本当に美味しそうについばむ。料理が褒められてちょっと嬉しかったからか、僕もそれ以上何も言わなかった。
大学に行っている間家にペンギンを一匹残していくのは色々な意味で心配だったけれどそれも杞憂に終わった。冷蔵庫の中の肉や野菜が少し減っている程度でそれ以外の被害はなかった。
毎晩風呂に入れてやり一緒に酒も呑む。寝る時は座布団を押しながらベッドの下へ消えていく。ペットと呼ばれる動物より賢いおかげもあり一緒にいて不快感はなく、数週間もするとそんな生活にも慣れた。
このペンギンと暮らすことで得られた最も大きな恩恵は夜一人で暇しなくなったことだ。
「八幡は神の最大の過ちを知っているか」
深夜零時をまわりそろそろ寝ようかと伸びをした所で問いかけられる。ペンギンはベッドの下からひょっこりと顔を出している。
「過ちがないから神なんじゃないですか」
ほうほうとペンギンが頷く。どうやら僕の答えははずれたらしい。「中々優秀な答えじゃないか。一昔前なら正解だったろう」
褒められたのは嬉しいがはてと頭を傾げた。ペンギンが僕の答えを褒めることなど滅多になかった。ペンギンはえっへんと咳払いして恭しい素振りを見せてから口を開いた。
「神の最大の過ちは人間に見つかったことだ」
また一つ賢くなったなと嘴を鳴らして高笑いした所で違和感に気が付いた。
「その答え誰かからの受け売りでしょう」
名探偵のようにペンギンを指差して指摘する。さてどうだろうなと否定でなくはぐらかされたことで確信する。
「そして僕の言った答えが本来のあなたの答えだ」
そろそろ寝るかとベットの下に頭を隠す。小さくガッツポーズして僕もベットに潜り込む。
やることもなくボーっとするだけの夜は会話をするだけで時間が過ぎた。
ペンギンが現れた後、何か起こるのかと大学に行ってみれば肩すかしを食らった。家の中だけがおかしくなり外は何も変わっていない。
美園さんには祭りの夜のことを聞かれ家に帰るまでのことをありのまま話した。神を降臨させんとする奇怪な大人たちがいたこと、彼らの服装と儀式が本格的であったこと。美園さんは興味深そうに聞いて次回は私も参加しようかしらと意気込んでいた。
結局喋るペンギンについては話せなかった。自分がおかしくなっているという可能性が多分にある以上口を閉ざすほかない。
喋るということと家で飼っているということを伏せて岩水寺にペンギンの特徴を話してみると。
「それは多分フンボルトペンギンですよ」
外見の特徴だけで岩水寺は言い当てる。さすがあだ名がペンギンなだけはある。
「南アメリカの沿岸に生息し、比較的暑さに強いとされるペンギンです。日本の動物園にもいっぱいいますよ」
僕がペンギン愛に目覚めたと勘違いしたのか今度一緒に見に行きましょうと誘ってくる。毎日見ているから結構だと断ったらどうなるのだろうか。興味はあるがやめておく。適当にはぐらかしてから単純な疑問を口にした。
「暑さに強いってことは風呂とかも入れたりするのか」
とんでもない、と岩水寺が目を見開いて僕を凝視する。こいつ何を言っているんだと目で訴えている。
「お湯に浸かるなんてまさしく自殺行為ですよ」
「例えばの話だよ、例えば」
ならいいのですが。まだ疑いの目で向けてくる岩水寺から逃げるように僕はその場を後にした。毎日のように一緒に風呂に入っているということは胸に秘めておく。
そして今日もベッドの下のぺんぎんと話しながら眠りについた。
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