第14話無邪気と無知

 祭り当日。僕らはまた懲りずに大学の正門前に集合していた。話は聞かせてもらったわよと美園さんに起こされたのが今朝だ。これからは耳栓をつけて寝ようと固く決意する。

 芝本さんの説明では地方の小規模な祭りらしく花火がドーンと上がるようなものではないらしい。

 動きやすい恰好で来るように。山を登る時と同じ注意をされ、不安を抱く。半被はこっちで用意しておくから。

「はっぴってなんですか」

 僕からの質問に芝本さんはどう答えたらよいか悩んでいる。他の人は知っているのか、もしかしたら僕だけ仲間はずれなのではと周囲を見る。

「半被を着たらハッピー」岩水寺の発した声は宙を舞って消える。

「広袖か筒袖で、膝丈または腰丈の単衣の上着」西ヶ崎が携帯電話の画面を見ながら読み上げる。

「簡易な上着だと考えてくれればいいよ」芝本さんが述べる。

 幻の池へ行った時と同じ白いボックスカーが正門前で止まる。運転席には紺色の羽織を着た芝本さんが座っている。あれが半被かと納得する。

「さあ乗ってくれ」祭りに惑わされたせいかいつも以上に元気だ。

 これを着ないと参加できないからね、芝本さんから半被を手渡される。背中には三匹のおたまじゃくしが円になって泳いでいるような模様が描かれていた。

「中々いいですね」思わず感想が口に出る。ルームミラーに映る芝本さんは微笑んでいる。

「半被だからハッピーってね」助手席の美園さんかららしくないギャグが聞こえる。

「それ岩水寺も言っていましたよ」そう報告するとあららとしょげた。

 祭りが行われる神社の近くに車を止める。車外に出るとラッパの軽快な音楽と大きな掛け声が聞こえる。目で確認しなくとも楽しそうな様子が伝わってくる。僕らは音のする方へ向かった。

 境内は多くの人で賑わっていた。神社の入り口には数十件の屋台が立ち並び香ばしい匂いを漂わせている。周囲から伝わってくる楽しさにのみこまれる。

「どれだけくだらないことでも楽しくしてくれる、それがお祭り効果ですよ」僕の横で岩水寺が言う。

 これは楽しまなくては損だ、本能がそう命令してくる。僕が圧倒されている間に岩水寺と西ヶ崎それに芝本さんは消えていた。どうやら出遅れてしまったようだ。焦る僕に残った美園さんが指を差して示してくれる。

 トロピカルジュースと書かれた屋台の列の最後尾に三人はいた。いつの間に並んだのかと首を傾げる。

「私たちの分は買って来てくれるって言うから他の屋台を見てまわろうか」

 さあと手首を掴まれ引っ張られる。僕は転びそうになりながら美園さんについて行った。

 本殿近くには十数台の大きな山車が並んでいた。地区の名前の入った提灯が綺麗な列を作り飾り付けられている。数人の子供が上に乗って太鼓を叩いている。

「あれこそ無邪気というのよね」隣に立つ美園さんが溜息を吐く様に言う。その溜息は慈愛ではなく羨望から生まれたように思えた。

「若さですか。若さがほしいんですか」

 あの純真無垢な子供たちから吸い取ろうとしているのですか。言うが早いか掴まれたままの手首をぐるりとひねられる。

「いたたたたたたたたたたたたたたた」

 逃れようと手首、肩、体と動かす。奮闘するほどに痛みが増した。

「それは私が老けているってことかしら」

 心外、そう言って手の握力を強める。三回転しているんじゃないかと心配する。痛みの中、三回転なら不便にはならないかもしれないと考える。願わくば三回転半で止まらないことだ。手の甲と平の位置が逆転しまう。

「じゃあなんで溜息なんてついたんですか」

 幸せが逃げますよとさらに一言付け加えそうになった。美園さんがようやく解放してくれる。腕を見て一回転もしていないことに安堵する。

「羨ましいのよ」

 若さがですか、同じ轍を踏みそうになりギリギリ留まる。

「トトロは子供にしか見えないし、ネバーランドは子供しか入れない。そういう人知を超えた何かに会うために必要なのは無邪気さかなと考えてね」

 お祭りの気に当てられたのかそれとも隠していたのか美園さんがらしくもないメルヘンチックな言葉を口にする。

「あなたもある意味では無邪気よね」なぜか美園さんから羨望の目を向けられる。目を逸らし子供達を見てああと思いつく。

「本来のお話ではネバーランドへ行って大きくなった子供はピーターパンに殺されてしまうんですよ」

 神への生贄とか人柱とかそういうものに選ばれるのは疑うことを知らない無知な子供が多いような気がします。そう考えると無邪気で居続けるということは決して良いことばかりではないですね。

 美園さんは何か言いたそうに口を開いたがまた閉じる。周囲との温度差を感じる。沈んだ空気を打破すべく奮い立つ。

「無知は嫌ですけど、ムチムチは好きですよ。無知な子ほど可愛いと言うかムチムチなほど可愛いと言うか」

 そう言っておちゃらけて見せた。美園さんは手で体を隠して変態と笑った。

 僕らはたこ焼きを買って芝本さんたちと合流した。岩水寺からトロピカルジュースなるものを受け取る。綺麗な青色をしたその飲み物はただの炭酸飲料だったがとても美味しく感じられた。これもお祭り効果なのだろう。

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