秋
第13話清廉潔白と祭り
夏休みも終わり後期の講義が開始される。大学内の人口密度は倍々に膨れ上がる。向上心よりも親への罪悪感から今日も足しげく講義室へ向かう。
休み明けは課題もあまりなく講義が終わると自然にサークル棟へと足が向かった。棟は新入生歓迎の垂れ幕がなくなり落ち着いた雰囲気となっている。サークル棟へ半年も通えば他のサークルの様子がおおよそ分かってくる。麻雀確率論と大々的に広告しておきながら実情はひたすら麻雀するのみであったり、人を乗せる飛行機を作り琵琶湖で飛ばしたりと種々雑多なものだ。しかし、半年たった今でも二階の階段に最も近い部屋だけはまるで様子が分からない。男性や女性それなりの人数がいることは分かっているが何の活動をしているかの情報が全く入ってこない。芝本さんや美園さんに聞いてみたけれど何も知らないようだった。未来尋問党、謎多きサークルである。
地域文化研究会のサークル室の扉を開けるとすぐに芝本さんと目があった。他には誰もいない。
「おめでとう八幡君、君が一番だ」
一等賞だと言って備え着いた小型冷蔵庫の中から缶の清涼飲料水を手渡してくれる。
「芝本さんは順位に入っていないんですね」
「僕が入るといつも一位になってしまうからね。自由な時間の多い大学生の中でも三年生は最も暇な学年なんじゃないのかな」
ほら乾杯、冷蔵庫から取り出した別の缶を僕につきだす。缶がぶつかり小気味よい音を奏でる。
「一年二年の間に真面目に単位を取得しておくことをおすすめするよ」
柄にもない真面目な意見だ。思いもよらないことだったために表情に出てしまったらしく芝本さんが不服そうにする。
「意外かもしれないけれど本当の所は真面目人間なのさ。巷では清廉潔白の士で通ってるしね」
巷とはどこの世界の巷なのだろうか。
「清廉潔白の士ってどこかで聞いたことあるような、ロベスピエール?」
意を得たりという様子で芝本さんが興奮する。
「そうそうよく知っているじゃないか。ちなみに美園君と西ヶ崎君の二名花というのも僕がつけたんだよ。江東の二名花から取ったのだけれど中々のセンスだろう」
あの恥ずかしい通り名をつけたのはあなただったのか。怒りでワナワナ震える西ヶ崎の様子を思い出す。
「二名花とかふざけた名前つけた人に罰を与えないと気が済まない」
髪を風になびかせ、全てを凍りつくすような目をした西ヶ崎は言った。ほうほう具体的には、他人事である僕は怒りを煽るように聞く。
「体中のありとあらゆる関節を逆に曲げてやるわ」女子大生の発想とは思えない嗜虐的な罰である。表情から本気か冗談か分からないため一層恐ろしい。
敵は身近にいるぞ、西ヶ崎に心の中で告げ口をした。
僕から十分ほど遅れて岩水寺、さらに遅れて西ヶ崎が入室する。西ヶ崎の到着を待っていたのか芝本さんが手を叩いて注意を引く。
「美園君はまだ講義があって来られないらしいから先に君たちに説明しよう」
嫌な予感。芝本さんは立ち上がり演説するかのように話す。
「僕の住んでいる地区では今週末に祭りがあるのだけれど」
言葉を区切り僕らを見渡す。誰しもが話の終着点を予測できたが何も言わず、芝本さんの次の言葉を待った。
「君たち祭りに参加しようじゃないか」
イエーイ、となるはずもない。また芝本さんが意味の分からないこと言っているぞ、そう目でコンタクトを取ろうと岩水寺に顔を向ける。
「ぜひ行きましょう」彼は力強く同意していた。岩水寺は既にこのサークルに毒されているようだ、頼みの綱の西ヶ崎に視線を向けると彼女も満更ではない顔をしている。
普段の何気ない態度から忘れそうになるけれど彼女は岩水寺のことが好きなのだ。好きな人と祭りに行く機会を逃すはずもなく。三人の視線が僕に集まる。
イエーイ、僕は弱弱しく右手を挙げた。
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