第12話童話とメルヘン

「ようやく見つけましたよ」

 声がして振り返って見るとそこには岩水寺がいた。咄嗟に球をカバンの中へ放り込む。

「こんな所でぼうっとして何をしていたんですか」怪訝な顔でそう尋ねられ弁解しようと周囲を見渡すと少年はおろか美しい池も無くなっていた。

「いや確かにここに」そこまで言って少年との約束を思い出す。

「確かにここでうんこしたはずなんだ。なのに跡形もなく消えてしまったんだ」一瞬のこととは言え嘘が下手すぎる。

 無表情の岩水寺が全てを物語っている。

「山には微生物が多いと聞いたことありましたが糞を即座に分解するほどいるとは驚きました」

 真顔でそう言い僕の足元や尻元を確認する彼の姿に救われつつも呆れた。信じているにしてもいないにしてもこの対応はありがたい。

 来た道を戻る途中で振り返るがやはり池はない。もしかして幻覚でも見ていたのかと一抹の不安を覚えたが、リュックの中で玉がごろんと転がったのを感じた。

 トイレに行くと別れた場所に戻ると他のメンバーが全員待っていた。

「よく生きてたわね」

「山に食べられたんじゃないかと冷や冷やしたよ」

「トイレのためにどれだけ遠くまで行っていたの」

 三者三様に心配してくれている、のだろうか。ずっとこの場所で僕を待っていてくれたことを思うと頭が上がらない。申し訳ないと繰り返すばかりだ。

「さっき下ってきた人に聞いたのだけれどどうやらこの先に幻の池があるらしいよ」

 僕を元気づけるためか芝本さんは明るく振舞う。少し変な人との評価をいい人に改める必要がある。少年から聞いていた情報だけれど初めて知った振りをした。

 また一列になって歩き出す。数十分歩いただろうか、先頭の芝本さんが奇声に近い歓声を上げて走り出した。他の面々にそこまでの元気は残ってないのかゆったりとした足取りで後を追う。

 幻の池は確かに美しかった、しかし少年と共に見た池と比べると何か物足りなく思ってしまう。

 僕らは池のほとりで三十分ほど過ごした。初めは感嘆の声を漏らしていた者も時間と共に飽きはじめた。どんなに綺麗な景色であってもずっと同じものを見せられると退屈に感じてしまう。人間に関しても同じなのだろうか。横で惚けている岩水寺に目をやる。彼の視線の先には美園さんや西ヶ崎がいた。美人は三日で飽きると聞いたことがあるが彼は一向に飽きる気配がない。僕は肥えた目をダイエットさせようと左右にギョロギョロと動かすけれど西ヶ崎に冷たい視線を浴びせられるだけで目は肥えたままだ。

 池の周りを忙しなく歩き回っていた芝本さんの足が止まった所で下山することになった。帰りの道中では芝本さんや美園さんの口数が少なかったせいか後輩の僕らも口を開かない。

 玉の事を他の人に相談したい衝動に駆られたけれど少年との約束が頭に浮かんだ。そこからさらに子供の頃に読んだ童話が思い出す。鶴の恩返しではふすまを開け、浦島太郎では玉手箱を開け、と約束を破ったせいで悲しい結末を迎えていた。浦島太郎の二の舞になっては後世に話を残した彼が浮かばれないと固く口を閉じた。


 大学近くまで戻ってきたときにはすっかり日も沈んでいた。芝本さんは一人一人を家の近くまで送迎してくれる。僕と美園さんはアパートの近くにある比較的大きな通りで下ろしてもらった。

「綺麗だったけど幻ってほどでもなかったわよね」

 アパートへの道すがら美園さんが同意を求めるように話す。

「数年に一度しか現れないから幻なのでは」

「それはそうなんだけど、もっと神秘的で圧倒されるようなことが起こると思っていたの」

 意外とメルヘンチックな人だ。美園さんの意見を聞きながら昼間の出来事を思い出す。昔ながらの服装をした少年と人気のないもう一つの幻の池で過ごして玉を渡される。童話の主人公にでもなった気分だ。結末が悲劇的でなく喜劇的であることを願うばかりだ。

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