語らず

 戦後すぐのことだった。

 顔に幾つものシワをみせ、かつては好青年であった面影は消え失せていた。

 幾多のも瓦礫の山の前に座り込み、老人は勝ち誇った笑みを漏らす。

 周囲のモノは気味悪そうにまた、不謹慎な老人を疎むように冷たい視線を送っていた。

 

 老人は大阪に住んでいたが、空襲によって疎開を余儀なくされた。家族は孫を残して皆焼けた。

 孫も今やどこかに飛ばされ、鉄砲片手に走り回っているのだろう。毎日のように送られていた文もいつの間にか来なくなった。

 老人もまた、どこに飛ばされるのかわかっらない。

 将来を有望とされた子供たちから先に遠方へと送られた。

 数日経って、老人に疎開先があてられた。

 老い先短いモノの面倒など誰が好き好んで引き受けるだろう。老人は病院に軟禁された。そこで、いかな仕打ちを受けたのかは記録されていないが彼の憔悴した心を狂わせるには充分だった。

 病院に軟禁され数ヶ月、終戦を迎えた。

 病床は傷病者で一杯になり、老人は有無を言えずに追い出された。


 老人は低く呻きに近い声を上げる。

 瓦礫に手を入れ、抜いた手には布切れが握られていた。

 老人は泣き笑う。繰り返す。

 彼を怪訝に見ていた通行人の一人が悲鳴を上げた。次々と彼を見たモノたちは悲鳴を上げた。


 周囲を余所に老人は立ち上がり、ふらりと千鳥足で歩く。

 歩く彼の周りには幾つもの足跡がついていた。

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