海と島と風を抜けて

ゆきお たがしら

第1話 島と海と風を抜けて

 私は尾道市立第一中学校二年、神木真緒。今日は、予てから友達四人と夏休みに行こうと計画していた「しまなみ海道(本州と四国を結ぶ連絡橋の一つで全長約六十キロ、十の橋で結んでいる)」サイクリングの日。

 どこまで行けるか分かりませんが、水筒は少し大きめのものを、お昼は自分でおにぎり二個とおかずを少々作って準備万端です。

「水筒、オッケイ。お昼、オッケイ。」

七時半、浄土寺下に集合なので、急いで家を出ます。

「母さん、行ってくるね。」

「車には気をつけるのよ。」

 尾道は坂の町で映画「転校生や、時をかける少女」で有名ですが、私の家も千光寺の近くにあって本当に坂道ばかりでした。家を出た途端、隣のネコ「マイケル冗談」が朝早くから坂道に座っていて、ドングリ眼で見送ります。

「おっはよー。」

「ミャア。」

 集合場所の浄土寺は十一面観音が本尊で聖徳太子の寺、そして足利尊氏や源氏物語ゆかりの寺と言われ、それなりに立派なお寺でした。私が着くと、ユッコ、ナオミ、レイナ、カナは、もう来ています。

「遅いよ、遅い。さあ、行こう。」

「どうやって行くの?」

「渡船で渡るの。」

 サイクリングと言っても、みんな通学用の自転車でなのでツーリングするようなわけにはいかず、無理は出来ません。渡船に乗って料金を払っていると、おじさんが自転車を見ながら、

「あんたら、どこまで行くんだ?」

と聞くので、今治までと言ったら笑っていました。

 五分ほどで向島の兼吉に着き、おじさんに手を振り桟橋を出ると、映画「あした」で使われたロケセットがそのまま残る木造の待合室がありました。今はバスの待合室で、壁に塗られた白いペンキが夏の日差しに輝いています。

 昔ながらの商店街を抜け、畑や山を見ながらしばらく走ると、因島大橋が見えてきました。大きな船を通すためなのか橋桁は高く二層になっていて、上を車が、下を自転車や人が通るようになっています。

 目が回るような高さの中、渡っていると頭の上からガタン、ゴトンと車が通るたびに大きな音が降ってきました。うるさいなぁと思いながら、ふと足下に目をやると、幸運にも巨大な客船が通っています。乗客は見えませんが、水が張られたプールが見えていました。半端ない速さの中で汽笛を一回鳴らすと、橋桁にぶつかると思った瞬間、目の下を通り過ぎて行きます。

 因島大橋を下りて、どうしようかということになったのですが、時間がないので生口大橋を目指しました。走っていると、年齢も国も違う人たちがツーリング用なのか軽い自転車に乗って、次から次に追い越して行きます。

「ああ、やんなっちゃう。」

「自転車、間違ったね。」

などと私たちは言いながらも、いつの間にか生口大橋の取り付け道路に来ていました。生口大橋は尾道大橋と同じように狭い水路に造られている橋で、斜張橋と言うのでしょうか、鶴が二羽、羽根を広げたような美しい姿をしていました。

 思うほど長くはなく、みんなヤレヤレです。下りて海沿いを走っていると、追い越したツーリングの人たちが一休みしていました。なぜって思って見ると、「ドルチェ」と書いてます。

「私、知ってる、知ってる!」

「ここのアイス、有名だよね。」

「でも、人がいっぱいだよ。」

 初老の人が外国の人と、手振り身振りで話をしていました。言葉は分からないと言います。私たちは人が多くて諦めると、多々羅大橋を目指しました。少し走ると、風景が変わります。海側では椰子の木が風になびき、道の反対にはレモン畑がどこまでも続いていました。

 真夏の空と緑のレモン畑を見ながら風を抜けて進んでいくと、砂浜が目に飛び込んできました。サンセットビーチです。カラフルな浮き輪や水着の人に混じって、外国の人も海水浴を楽しんでいます。サンセットビーチは、その名のとおり夕日が美しいことで評判で、泊まりながら海を楽しむのでしょうか、テントが見えていました。沖には、「ひょっこりひょたん島」のモデルとなった小さな島が見えます。

 サンセットビーチを過ぎてすぐに、多々羅大橋に上がる道が見えてきました。因島大橋ほど高くは見えないのですが、やはり目が回るようです。主塔までやって来ると、小さな看板が目に止まりました。多々羅鳴き龍と書いてあります。

「ねえ、ねえ。鳴き龍って、あの鳴き龍かしら?」

「うん。日光東照宮なんかと、同じじゃないの。」

「じゃあ、やってみる。」

 備え付けのバチがあったのでたたくと、バババババババンといった感じで音が駆け上がっていきました。

「アッハッハ、面白いね。」

「私も、やってみよ。」

 多々羅大橋を下りると、もう二時を回っています。

「ねえ、どうする?!」

「そろそろ引っ返す?」

「でも、せっかく来たんだから大山祇神社まで行ってみようよ。」

 少し遠いのですが、大山祇神社まで行くことにしました。海岸から川沿いのなだらかな坂道を登っていくと、途中からかなりきつい坂になっています。でも、それはほんの少しで、後は下り坂でした。三時前というのに、マイカーで来ている大勢の参拝の人がいました。私たちは刀や鎧甲も見たかったのですが、時間がなく早めに切り上げます。

 神社の向かいに、お昼時は長い行列ができる海鮮丼で評判のお食事処「大漁」がありました。各々お弁当は持っていましたが、海鮮丼が四百八十円なので行ってみようということになったのですが・・・。残念、二時半でオーダー打ち切りです。というより予約なしでは、どうも食べられないみたいでした。

 持参した弁当を食べると、慌てて帰ることにします。来た道を、今度は寄り道せずにまっしぐらです。やっと向島まで帰ると、渡船はやめて旧尾道大橋を通って帰ることにしました。橋からの夜景は黒い壁紙を背にオレンジ色の宝石をちりばめたようで、住んでいる私たちでさえ「きれいだ」と思ってしまいます。

 家まで帰ると、暗いのに「マイケル冗談」が座っていました。

「ただいま。」

「ミャア。」






























 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海と島と風を抜けて ゆきお たがしら @butachin5516

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ