第12話 火焔太鼓

「店主、そこのタンスをもらおうか」


「はい、ありがとうございます。

 まーこのタンスなかなか売れなくって

 ここ6年放置しっぱなしで引き出しも開かなくって、あはは」


「えっ……じゃ、じゃあいいです!」


店主の滑らした言葉に驚いて、客は逃げだした。

また店主の失言でまた店は大赤字だった。


「あなた、本当にあなたって商売下手よねぇ」


「あはは……いやぁ、ウソはつけないんだよな」


店主はばつが悪そうに頭をかいた。

この妻あってこそ何とか店を続けられているようなものだ。


「このままじゃ店の経営も危ないから

 なんか……売れるものを仕入れてくるよ」


「ええ、お願いね」


しばらくして、店主が戻ってくると

その手には見るからにダメそうな古い太鼓を持っていた。


「え、ええーー……何その汚い太鼓……」


「いや、ついそこで買ってきたんだ。

 えっと……本来は100万円するものなんだけど

 今回に限って10万円で売ってもらえて……」


「…………あなた、また騙されたのね」

「はい……」


店主は商売下手にとどまらず、買い物下手だった。

10万というのもぼったくりだろう。


「買ってきたものは仕方ないわね。

 一応、商品として陳列するしかないわ」


「まあ、商品として見れるくらいにはキレイにしておくか」


店主はハタキを持ってきて、

太鼓に降り積もっているほこりを落としていた。



ドン。



ハタキが太鼓の音を鳴らしてしまった。

店主は気にせず掃除を続けていると……


「邪魔するぞ」


店に侍が入って来た。

身なりから見ても大名行列に並ぶほどの高貴な人だとわかる。


「いいいい、いらっしゃいませぇ!

 あの、あの、このような店になにか御用でも……」


「あなた、もしかしてさっきの太鼓の音が気にさわったんじゃ……」


「ええええ!? 斬り捨てられるの!?

 俺、もしかして斬り捨てられるの!?」


「先ほど、太鼓を鳴らしたな?」


「ひええええ!!」


店主は今にもちびりそうになって顔を青ざめた。

答えの言葉を選んでいる店主を見かねて、侍は話をつづけた。


「先ほどの音色、私の殿が気に入られてな。

 ぜひ、実物の太鼓を見たいとおっしゃっている。

 明日、太鼓を城まで持ってきてくれないか?」



侍が帰ると、夫婦はへたりこんだ。


「ど、どうするのよ……」


「どうするって……持っていくしかないだろ」


「値段聞かれたらどうするのよ。

 まさか10万円って言うんじゃないわよね」


「いや、偉い人に売るんだから失礼はできない。

 1万円っていうことにするよ」


誰が見てもボロい太鼓。

実物を見たら殿様が怒るんじゃなかろうか。


そんな不安を抱えながら翌日、男は城に持って行った。


「ほほお、ずいぶんと年季の入った太鼓じゃな」


「あは、あはは……そうですね」


店主は自分の商売下手を知っているので、

ただ黙っていることにした。


「わしはこれでも結構な目利きなんじゃよ。

 だからこそ、この太鼓の真の価値がわかる」


殿様は太鼓をまじまじと見つめる。


「ふむ、これは国宝『火焔太鼓』じゃな!

 これはすばらしい! そうじゃろ!」


「そそそそっ、そうです! さすが殿様!」


「こんなところで見つかるとは!

 ようし、買った! 300万円で買おう!」


「300万円!?」


店主は驚きのあまりひっくり返った。


「なんじゃ不満か?

 だったら1000万円で……」


「いえいえ! 300万円でお売りさせていただきますぅ!」




家に帰った店主は、妻に300万円を見せた。


「あなた、すごいじゃない! 今日はお祝いね!」


初めての商売大成功に二人は豪華な食事を並べた。

お酒も飲んですっかり気を良くした店主は語った。


「いやぁ、音色の良し悪しなんて誰にもわからない。

 これならまた別の音の鳴るものを仕入れようか」


店主はあまり知られていなさそうな物に思いを巡らす。

そして……。


「そうだ、今度はシンバルでも仕入れようか」


「あなた、それはいけないわ」


「なぜだ? あんな音の違い、誰にもわからないだろう」




「シンバルはダメよ、おジャーンになるでしょ」

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