第8話 初天神

お正月の三が日、親父は神社に行こうとした。


「あなた、息子も連れていってよ」


「ええ!? 嫌だよ。

 連れて行ったが最後、あれが欲しいとかこれが欲しいとか

 いろいろねだられるに決まってる!」


親父はさっさと家を出ようとしたところで、

タイミング悪く息子とばったり遭遇してしまう。


「おとーさん、どこ行くん?」


「え、えぇっと……神社に……」


しまった。

親父はうっかり口を滑らせてしまった。


「えーー! 僕も行きたい!

 神社に行きたい! 連れてって! 連れてってーー!」


「ダメだ! ぜーーったい、ダメ!」


「むぅ……わかったよ」


息子は不満たらたらで家を出ると、

その足で隣の家のインターホンを鳴らした。


「ねぇ、隣のおじちゃん。

 面白い話聞きたくない?

 昨日の夜、おとーさんとおかーさんが布団で……」


「あああああああ!! 連れてく! 連れてくから!」


下手なことをしゃべられては近所中に恥をさらす。

親父はしょうがなく息子を神社に連れて行った。


もちろん、その道中で「なにも買わないからな」と

何度も何度も念を押してみたものの……。



「おとーさん! わたあめ! わたあめ買って!」


やっぱり無駄だった。


神社のさまざま並ぶ出店を前に約束なんて吹っ飛んだ。

店を覗いてはあれが欲しいこれが欲しいとねだりまくる。


「ねーわたあめ、わたあめ買ってよぉ!」


「体に毒だから! わたあめは体に毒なんだよ!」


むちゃくちゃな理屈をでっちあげて、

何とか息子を引きはがすも今度はまた別のものを欲しがる。


「ねーーおとーさん、焼きそば買ってー」


「ああ、もうこれでも食べてろ!」


親父は耐え兼ねて、近くにあったアメを買い与えた。

息子はアメを食べているのでしゃべれなくなった。


「ふぅ……これでひとまず安心だ」


神社で参拝もすませて二人が帰ろうとしたら、

ちょうど息子のアメがなめ終わったところだった。


「ねーーおとーさん、凧、凧買ってぇー」


「またかぃ! もう帰るぞ!」


「ぼうや、買ってくれなきゃ

 水たまりに飛び込んで服を泥だらけにするっていいな」


「変な入れ知恵するんじゃねぇって!」


人質ならぬ服質に取られてはたまらない。

親父は結局、息子に凧を買い与えることにした。


その帰り、空き地で凧を飛ばすことに。


「まあ、いきなりやってもできないだろうからな。

 父ちゃんが先に飛ばしてみせてやる。

 これでも昔は凧あげで近所じゃ有名だったんだ」


親父は手際よく凧を上げた。

空に高く上がった凧に息子は歓喜した。


「すごい! おとーさん!

 僕にもやらせて! ねぇやらせーてー!」


「ちょっと待て、ここが難しいんだ!」




「おとーさん、そろそろ代わってよぉー」


「ダメだダメだ。今、この風に乗らなくちゃ……」




「おとーさん……もう3時間経つよ、そろそろ代わって……」


「うるせぇ! こんなもの、子供がやることじゃねぇ!!」


まるで譲らない親父に、息子はついに諦めた。



「やれやれ、こんなことなら

 おとーさんなんて連れてくるんじゃなかった」

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