第7話 粗忽長屋(そこつながや)
その日、町には人だかりができていた。
男はヤジウマ根性で人だかりに近づいていると
その人垣の中央に死体が寝転がっていた。
「これは何をしてるんです?」
「行き倒れだよ行き倒れ。
でも、身分を証明するものを何も持ってないから
誰か知り合いがいないのかこうして確認いるんだ」
死体の顔を見るなり、男は驚いた。
「あ、こいつは知っている。
同じアパートに住んでいる熊五郎だ!
今朝、具合が悪いといっていたから……まさか死ぬなんて!」
「いや……それはないだろう。
この死体は昨日の夜に見つかったんだ。
今朝に生きているわけないだろう」
「いやいやいや!!
本当だって! この顔は熊五郎だ!」
「だ・か・ら!
死体が動き出すわけないだろう!?」
「あーーもう!
だったら、ここに連れてくるよ!
そしたら熊五郎本人だってわかるだろうよ!」
男は人をかき分けてアパートへと走った。
どんどんどん!
「熊五郎! 熊五郎いるんだろ!
ここを開けてくれ! 熊五郎!」
「なんだぁ? うるさいなぁ……。
おいどん、寝ていたところだす……」
「熊五郎、それどころじゃないんだ!
今朝、お前の死体が町に転がっていたんだ!」
「え……それはないんじゃないかなぁ。
だって、おいどん、こうして生きているじゃないかぁ」
「俺が見間違えしたって言いたいのか?
そんなわけない! あれはお前だった!」
男はぽんと手をたたいた。
「あーーわかったぞ。
お前はどうも抜けているところがあるだろ?
死んでいることにも気づかなかったんじゃないか?」
「そうなのかなぁ……」
「そうに違いないって!
お前よりしっかり者の俺が間違っているとでも?」
「うーーん……。
そうなのかなぁ……」
男が一歩も譲らない物言いに、
熊五郎もなんだか信じ始めてしまった。
「とにかく、町へ行ってみよう。
そこに間違いなくお前の死体があるんだ」
「あぁ、うんー。
おいどん、やっぱり死んじゃったのかなぁ」
町へ向かう道中でも男は熊五郎に
いかに自分の主張が正しいかを伝え続けていたので
到着するころにはすっかり自分の死を信じていた。
「道を開けてくれ!
ほら、熊五郎本人を連れて来たぞ!」
熊五郎も付き添われて死体の顔を見てみる。
すると、顔は自分そっくりだった。
「ああ、これは間違いなくおいどんだす。
やっぱりおいどん死んじゃったのかぁー」
「だろ!? だろ!?
やっぱり俺は正しかったんだ!」
「そうだすねぇー、おいどん死んじゃってたんだすねー」
「いやぁ、よかったよかった。
やはり俺の目に狂いはなかったなぁ」
熊五郎はじっと死体を見て、ひとり呟いた。
「この死体は間違いなくおいどんだすが……。
それじゃあ、死体を見ているおいどんは誰だすか?」
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