第6話 代筆屋

「履歴書の代筆お願いできるか?」


「ええ、おまかせください」


代筆屋にやって来た男に、店主は愛想よく答えた。


「それじゃお名前を」

「サイトウ・ユウキ」


「漢字は?」

「あんたに任せるよ」


「生年月日は?」

「さあ、どうだったかなぁ……」


男のいい加減な物言いに、店主も筆を投げたくなったが

ここはぐっとこらえて履歴書を書き進める。


生年月日と名前は何度も質問を繰り返して

なんとか記入することができたが

次に待っているのは見るからに時間かかりそうな項目。


「職歴……と聞いても、

 あなたはどうせフワフワした答えしか返さないから

 これまでやってきた仕事を教えてください」


「友達が今川焼きの道具使わないかって、借りたんだ。

 それで駅前の屋台で……」


「今川焼き、ね」


そこで代筆屋の手が止まる。

職歴に『今川焼き』と書くわけにもいかないし、

こういう場合はなんて職業としてかけばいいのか。


「ああ、そうだ思いついた。

 『まんじゅう屋を営む』で決まり。

 それで、いつからいつまでやっていたんです?」


「やろうと思ってたけど、場所代高かったからあきらめた」



「……一行抹消します」


代筆屋は訂正線を入れた。



「お客さん、お願いですからやっとことだけ言ってください」


「ああ、だったら、去年の12月に靴磨きをしてた」


「はい、『露店営業商』と。

 それで、いつまでやってたんです?」


「12月で寒い日だったんだよなぁ、風も強いし。

 もうアホらしくて2時間で辞めた」


「……一行抹消します」


代筆屋はふたたび訂正を入れた。



「お客さん、いい加減にしてください!

 これじゃ何を書けばいいのかわからないですよ!」


「ああ、それならいいのがある。

 去年の5月5日に大阪に行ったんだ」


「なにをしたんです?」


「風俗に行った」


「あんたバカか!! いったいどこの国で

 履歴書にそんなこと書く人がいるんですか!」


「でも、これくらい書かないと読む人が楽しくないだろ?」


「あーあーーもういいです!

 全部こっちで書きますから、文句はないですね!?」


代筆屋はすべての項目を書き終えて、

最後に履歴書を男の前につき返す。


「最後に署名だけお願いします。

 こればかりは本人じゃないとダメなんです」


「あのな、それが書けたら金を出して代筆なんて頼まない。

 名前と文面で文字が一致しなかったら、印象悪いだろ」


「むぅーー……もう、わかりましたよ」


代筆屋はこれまでの八つ当たりも兼ねて、

履歴書の端っこに『本人が自署不能なので代筆』と

恨みたっぷり、皮肉マシマシで書いてやった。


「はい、終わりです。

 もうお金払ってさっさと帰ってください」


迷惑な男を蹴りだすように返した後、

今度は半身マヒの老人がやってきた。


「すみませんねぇ、代筆お願いできますか?」


「お任せください。完璧に代筆してみせますよ」


「ところで、店の看板はあなたが書いたんですかぃ?」


「ええ、そうです」


「……そうですかぃ、あまり上手とは言えませんなぁ。

 申し訳ありませんが、また別の機械にお願いします」


老人は店をそのまま出ていった。


「なんだあの迷惑な客は。

 まったく……冷やかしならやめてほしいものだ」


代筆屋は皮肉たっぷりに愚痴ると、

老人と入れ替わりに今度は若い女が入って来た。


「ああ、先ほどはすみません。

 こちらはご迷惑をおかけしたお詫びです。お納めください」


女の取り出した封筒には大金が詰まっていた。

代筆屋はさっきの老人のことなど忘れて大喜び。


「ああ、でも、これもお金ですからね。

 すみませんが、領収書にお名前をお願いできますか?」


「はいはい、書きます。書きますとも。

 名前くらいササッと書いちゃいますよ♪」


「いえ、ササッとではなく丁寧にお願いします。

 実はさきほどの方は文字にはちょっとうるさくって……」


女の言葉に代筆屋はさっきの老人を思い浮かべる。


「ああ、そうでしょうね。わかります。

 ほんと、文字ごときにうるさい老人って大変です」


「あの方は、一流の書道家なんです。

 今でこそマヒで書けなくなりましたが

 個展を開くほどの有名な方なんですよ」


「そそそそっ、そうなんですかかかかか……」


代筆屋は急に恐れ多くなって手が震え始めた。

筆の先が定まらなくなって、領収書に自分の名前が書けない。


「あの、大丈夫ですか……?」


「すすすっ、すみません……。

 自分の名前も品定めされるかと思うと怖くって」


「でしたら、私が書いておきますね」


女は領収書に代筆屋の名前を書いた。


「はい、できましたよ。

 お名前、こちらであっていますか?」


そこには、代筆屋の名前の横に小さな文字が書き添えていた。




『本人が自署不能なので代筆』

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